四十六話 『収集家』⑰
夢幻兵は移動した傍からどんどん増えていき、既に百を超えていた。
その兵に紛れ、収集家も双剣を振るって俺へと駆けてくる。
俺は杖を構え、魔法陣を展開する。
「শিখা এই হাত」
杖先に生じさせた炎を増幅させ、結界で覆って圧縮、増幅、圧縮を繰り返す。
収集家のアムリタのストックも、あと一杯分は残っている。
怪我の回復くらいならば一口で足りるそうだし、死にはしないだろう。
「なんだ、その魔術は?」
収集家が足を止め、俺の魔術を警戒する。
収集家の横を夢幻の虚兵達が駆け抜けて行く。
俺の杖先に、眩いばかりに輝く白の光球が完成した。
「なんと、美しい……」
収集家はしばし呆然と眺めていたが、ふと我に返ったように片足を引き、大剣を俺のいる方向へと向けた。
「だが、我にそんな直接的な魔術は通用せんぞ! 出でよ、『錬金王の黄金鏡』!」
収集家の目前に、巨大な円形の鏡が現れる。
縁は黄金色であり、何体もの悪魔が彫られている。
「フハハハハハ! 残念であったな! 退くがいい! そんな決着は興醒めが過ぎ、る……?」
収集家が、ぶるりと背を震わせ、身をわずかに縮めた。
「なんだ、この悪寒は?」
言うなり、続けて『グジャルナ悪鬼の顔石』を手元に出現させて、『錬金王の黄金鏡』の背後に聳えさせる。
一度圧死させられかけた割には、随分と『グジャルナ悪鬼の顔石』に頼っているようだ。
確かに、あれは堅い。かなり堅い。他の宝具がほとんどすぐ壊れている割に、あれだけは何度使われても平然としてる辺り、防御面においては信頼がおけるのだろう。
「行くぞ収集家!」
俺は杖を、収集家目掛けて振るった。
白く輝く光弾――アベル球が、一直線に収集家目掛けて飛んでいく。
間に立つ何十もの夢幻虚兵が砕け散り、バラバラになった身体の残骸が宙に跳ね上げられ、消滅していく。
アベル球が、『錬金王の黄金鏡』の鏡面に当たり、動きを止めた。
次の瞬間、縁に彫られていた複数の悪魔の表情が、薄気味悪い笑みから、大口を開けての絶望の表情へ変貌した。
中央に罅が入り、粉微塵に破裂した。
「馬鹿なァッ!?」
続けて『グジャルナ悪鬼の顔石』に描かれている恐ろしい悪鬼の顔も、アベル球の熱で歪んで変形し、情けない表情へと変貌し、光の中で朽ち果てて行った。
収集家が身を屈め、『打ち砕く右の王』と、『斬り刻む左の王』を交差させて身体を守る。
収集家の身体が白い光に覆われる。
俺は眩しさに目を瞑り、しばし時間を置いてから擦りながら目を開く。
黒焦げになった剣の破片が辺りに散らばっているが、肝心な収集家の姿は見当たらない。
「あ……あれ? しゅ、収集家さん? 生きてますか?」
ふと、黒焦げになった何かが蠢いているのが目についた。
何だと思えば、左手と両足を失った収集家であった。
とはいえ残った右手も、指が三本しかなく、手の甲も半分以上千切れている。
口から煙を吐きながらも、芋虫の様に這って移動している。
『暴食竜の道具袋』の効果は確かなようで、収集家は全身触れれば風化しそうなほどボロボロだというのに、心臓周辺だけはしっかりと形が残っている。
こ、ここまで悲惨なことになるとは……。
「な、なんか、すいません……。あの、アムリタ、使わないんですか?」
俺が声を掛けても、収集家からの返答はない。
その代わり収集家は不気味な笑い声を上げながら、半壊した右腕を地面に立てて強引に身体を起こした。
いつの間にか手には、一本の剣が握られていた。
双剣王の大剣の様な大きさや奇抜さはなく、大きさやデザインだけでいえば、至って普通の剣である。
全体が同じ素材から造られているらしく、均一な青い輝きを放ってる。
『巨人王ハイラスの魔闘鎧』と同様、精霊の塊らしいと想像がついた。
しかしあれとは違い、不気味な邪気を感じる。
「フ、フフフ……。不思議なものだな。あれほど苦心して集めた、お気に入りの宝具が壊されようと……何も感じぬ。いや、それどころか……どこか、興奮している自分がいることに驚く。この戦いと比べれば、あれほど欲した宝具も霞んでしまう。当然か、我が真に求めていたのは、宝具ではなく、それ得る達成感であったのだろう。今となっては無価値も同然よ。貴様は、どこまで我を楽しませてくれるというのか」
いや、普通に勿体ねぇよ。
「完全にコレクションのつもりだったが……我が、『自戒剣クゥドラルグ』を使うことになるとはな」
収集家は手にした剣を地面に突き立て、代わりに手中に大きな杯を出現させる。
アムリタだろうか……と考えていると、収集家はそれを、一気に飲み干した。
「えっ……?」
確かアムリタは、一杯呑めば若返るらしいが……日に二杯以上呑むような真似をすれば、過剰な生命力が身体を化け物へと変貌させてしまう、と聞いたことがある。
収集家の身体が再生していく。
腕が伸び始めたかと思えば、あっという間に元通りになる。
「……自戒剣クゥドラルグは、手にした者に大神クゥドルの力の片鱗を与える代わりに……その者の肉体を破壊し尽す剣である。この力を利用し、アムリタの異常な生命力を打ち消す。これにより我は、本来ならば数秒と人の身には持たぬ神の力を身に宿し、存分に扱うことができる」
自戒剣と呼ばれていた青白い剣を天井へ掲げる。
剣から黒い光が漏れ始め、意思のある蔦のように収集家の周りを暴れ回り、一度拡散した痕は、収集家の身体へと纏わりついていく。
収集家の身体中に術式が浮かび上がる。
術式は、鮮血の様な真っ赤な光を放っていた。
「う……嘘でしょ!? そこまでやるんですか!? そこまでやっちゃうんですか!?」
ついにアムリタをすべて使い切ってしまった。三百年掛けて一杯のペースだったアムリタを、たった数分で二杯共飲み干してしまった。
いや、そればかりか……あんな剣を使えば、アムリタを呑んだとしても身体がどうなるか、わかったものではない。
この勝負にどこまで賭けているのか。
宝具を失ったのに惜しくないと言っていたが、同時に失い過ぎて感覚が麻痺しているだけではなかろうか。
冷静になってから後悔するぞ。
「感じる……感じるぞ、無限のマナを! 神の力を! さぁ、延長戦を始めようではないか! 我が身に宿した大神の力と、貴様の魔術、どちらか上か!」
収集家が一歩踏み込む。
足元のクリスタルに大きな罅が入ると同時に、大きな破壊音が響いた。
「こ、これ、さすがにまずいんじゃ……」
収集家を纏う黒い光の中、赤く輝く術式の光と自戒剣の刃の輝きだけが、いやにはっきりと見えた。
明らかに、先程までとは魔力も威圧感も桁違いだ。




