四十五話 『収集家』⑯
収集家が左の大剣で大振りを放つ。
それを悠々と回避したラピデス・ソードへと右の大剣の柄を押し当てて弾き、続けて左の大剣で刺突を放つ。
ラピデス・ソードが大きく退いた。
「ラピデス・ソードが、圧され始めてる……?」
「速度も威力も、確かに我が敵にしてきた中でも随一である……だが、単調に過ぎるわ! 今までは、それで充分であったのだろうがな!」
確かに、ラピデス・ソードの攻撃パターンには、数手先を考慮したような動きはない。
元々投げて斬りつけるための武器で、後はおまけなのだ。
斬り合いを想定した武器ではなかった。
簡単に剣術指南書を読んで対応動作に組み込んではみたが、俺は剣士ではない。
「見せてくれるわ! 魔術と剣術の極致! 我が遺跡で見つけ出した石板に彫られておった、神話時代の英雄の絶技を!」
収集家が腰を落とし、両の大剣を掲げて交差させる。
二つの剣を高密度な魔力が覆っていき、紫の光を放った。
「『王神竜の咆哮』!」
収集家が跳び上がり、そのまま交差させた大剣で宙に弧を描いた。
それに応じたラピデス・ソードの刃が砕け散り、柄が地面に叩きつけられた。
「なっ……!?」
そのまま、収集家の剣撃の延長線上を紫の炎が走り、足場のクリスタルが、綺麗に両断された。
熱を伴った衝撃波が剣に込められていた魔力を引き継いで威力を増幅させ、地面を駆け抜けたのだ。
切断面が黒焦げになっている。
「フハハハハ! 久々に使ったが、全然問題ないようだな! むしろ冴えわたっておるわ! 反動も、以前よりも感じぬ! これがアムリタの力か!」
速度に対応されたばかりか、強度負けするとは思わなかった。
またどうにか改善せねばならない。
「ようやく、貴様にも焦りが出て来たか。貴様も我が宝具を散々壊してくれたからな……フフ、まずはいい意趣返しになったわい」
収集家が両の大剣の刃を床に下げて、口端を吊り上げて笑う。
「んっ……?」
俺が顔を顰めると、収集家は不審げに目を細めた。
その後、俺の表情から間違いを悟ったらしく、慌てて身を翻す。
自身の背へと迫ってくるラピデス・ソードに対し、地面を蹴って距離を取る。
「なぜだ!? 確かに、我が絶技でへし折ってくれたはずだというのに……!」
ラピデス・ソードの刃は、元よりラピデスタトアの魔鉱石を造り出す能力を転用し、その場その場で生成する使い捨てである。
折れた場合には、余った魔力で勝手に自己修復する機能もついている。
まさかへし折られるとは思っていなかったが、そういった場合の対策を取っていなかったわけでもない。
「ク、クソッ!」
収集家はラピデス・ソードの斬撃を右の大剣で防ぐが、受け切れず、右手が大きく後ろへ下がる。
気づくのが遅れたため、半端な体勢で受け止めることになってしまい、力が思うように入らなかったのだろう。
隙を見せた収集家へ、容赦なくラピデス・ソードの二振り目が襲い掛かる。
「ぐ……」
収集家が背後に退きながら、左手に握っていた大剣を地面へと投げ捨て、ラピデス・ソードへと手を翳す。
「『グジャルナ悪鬼の顔石』!」
顔の描かれた巨大な石の円盤が現れ、ラピデス・ソードを防いだ。
そのまま空いた左手で自身に凭れ掛かってくる顔石を受け止める。
『グジャルナ悪鬼の顔石』は絶対的な防御性能を誇る代わりに、盾として用いると弾き飛ばされて所有者に襲い掛かってくるという恐ろしいデメリットがあるようだったが、収集家は手で押さえることでそれを回避したのだ。
素早い動きだった。
一度押しつぶされたのがトラウマになっていたのかもしれない。
収集家は手を振って『グジャルナ悪鬼の顔石』を消して、投げ捨てた大剣の片割れを手元へと戻す。
素早く地面を蹴ってラピデス・ソードから距離を取って、二つの大剣を構え直した。
「……貴様は、見ておるだけか」
収集家が俺を睨む。
「いえ、そろそろ仕掛けさせてもらいますよ」
半端なダメージを与えれば、収集家は宝具を浪費して復活する。
尽きるまで潰せばいいだけなので戦闘としては問題ないのだが、それはあまりに勿体ない。
どうするべきか、考えていたのである。
せっかくアルタミアがこんな場所を用意してくれたのだ。
一発大きいのをぶちかまして収集家から降参を取るのが、やはり一番だろう。
俺の宣言に対し、収集家がぴくりと肩を動かす。
それから呆れた様に溜め息を吐き、腕の筋肉を僅かに弛緩させる。
「ようやく本腰を入れる気になったか。しかし、軽く言ってくれたものよ。不思議でならんかったが、貴様のオーラがなぜほとんど見えぬのか、遅れて理解できたわ」
オーラ……?
ああ、確か、収集家は最初にそんなことを口にしていた。
何か話すつもりなのかと思ってラピデス・ソードを止めてみたが、収集家はそれ以上、オーラについては喋らなかった。
「このまま戦っていては、貴様に近づくことすら容易ではないな。こんなもので勝ってもつまらんと思っておったが……拘りは捨てるとしよう」
収集家が右手を天井へと上げる。
収集家の背後に、全長二メートル程度の姿見が現れる。
鏡のフレームには女神を思わせる、目を閉じた穏やかな表情の、翼のある女性が彫られていた。
「それは……」
「『アンゲルの魔鏡』……名前だけでも、聞いたことがあるであろう?」
『アンゲルの魔鏡』は、本で読んだことがあるため、知っている。
有名な話である。
だが、とっくに大昔の戦争で壊されたものだと思っていた。
まさか、現存しており、収集家の手に渡っていたとは思わなかった。
「この兵器は、賢者アンゲルの負の遺産であり、本人が命を賭して壊そうとしたのにも関わらず、戦争で散々悪用されることとなった。百年前……何の因果か、小国の馬鹿女王エリザベーラの手に渡っておってな。エリザベーラは大した魔術の才も何もない、ただの性悪ババアであったが……家臣を含む国民全員から憎まれながらも、この魔法具の力のみで国を支配し続けてきたのだ」
そしてその王女エリザベーラから、収集家が力づくで奪った、ということだろう。
話が本当ならば相当な暴君であったようだし、さして悪いことだとは思わない。
「現れよ、夢幻の虚兵!」
収集家が叫ぶと、姿見に、青白く輝く、半透明の鎧剣士の姿が映り込んだ。
一人ではない。鏡の中の世界を、覆い尽さんがばかりの数である。
俺がそう認識したのと同時に、収集家の周囲が、鏡の中と同じように、半透明の鎧剣士の姿で埋め尽くされていく。
『アンゲルの魔鏡』――それは、所有者の魔力に比例した強さの兵を、無限に造り出す魔法具である。
エリザベーラにどれほどの魔力があったのかは知らないが、収集家の口振りからして、さほど魔術師として優れていたわけではないようだった。
だというのに、エリザベーラですら一国を支配し続ける力を得たのである。
エリザベーラを討伐して鏡を奪った収集家が扱えば、更なる力を発揮することだろう。
一応弱点はあり、鏡から半径1,000メートル以上のところでは夢幻兵は存在できないと語られているが、範囲の限られているクリスタル塊の上で戦っている今では、意味のない話である。
「さぁ、幕引きと行こうぞアベル!」
収集家が俺へと剣先を向ける。
青く輝く夢幻兵が、剣を構えて一斉に俺へと押しかけてくる。
 




