三十九話 『収集家』⑩
収集家の掲げた巨大な剣の刀身が輝く。
「見よ、アベル! そして驚愕せよ! これぞ剣の王! 『打ち砕く右の王』! 八百年前、剣の国ベーランドナ王国において、あらゆる魔法技術と国力を注ぎ込み、新しい王のために作られた剣である! 一振りで敵対する大隊一つ潰したとされるその伝説の威力を味わうがいい!」
俺は素早く、俺と収集家の間へと向けて杖を振るう。
「তুরপুন」
空気中の成分、精霊、己の魔力を組み合わせ、ヒディム・マギメタル――魔力で強引に造り上げた即席魔金属――を組成する。
ヒディム・マギメタルは込められた魔力を消化しきれば元の物質に戻ってしまうため長持ちはしないが、魔法陣一つで手軽に性質を大きく変えることができるため、俺のお気に入りの魔術の一つである。
「アベルブロック!」
俺と収集家の間に、高さ十メートルある巨大な、白銀色の魔金属塊が現れる。
収集家の振り下ろした大剣の斬撃が、俺のアベルブロックを地面へと叩きつける。
アベルブロックが地面にめり込み、収集家に近い上面の方に、浅い窪みが生じた。
窪んだ部分からは青色と灰色の混ざった煙を噴出している。
恐らく、主な材料である高密度な精霊と魔力が分散しているのだ。
「ヤベ、あれ結構威力あるな……」
俺はブロックの天面を眺めながら呟いた。
まさか、ああも容易く変形するとは思わなかった。
結構魔力を強めに込めておいたつもりだったのだが……。
収集家は腕をだらんと下に垂らし、刀身を床に着けて驚愕の目で俺の生成したブロックを睨んでいた。
ぶるりと背を震わせたかと思うと、声を荒げて笑い出した。
「フ、フフフ……フハハハハハ! 『打ち砕く右の王』の一撃を受けて、砕け散らぬとは! 面白い、面白くなってきたわ! 貴様には興味が尽きぬわアベル!」
再び大剣を持ち上げて構える。
「…………」
俺はアルタミアとメアの姿を探す。
アルタミアはメアを抱えて、遠くへと着地するところだった。
俺は心の中で感謝しつつ、収集家へと向き直る。
近接戦闘は避けた方がいいかもしれない。
魔術師である俺にとって、近くで戦うメリットはあまりない。
相手が近接戦闘重視ながらば尚更だ。
「বহন」
俺が呪文を唱え、後方へと杖を振るう。
遥か後ろの方で魔法陣が輝き、同時に俺の身体を光が包む。
転移の魔術である。
俺が地面を蹴ると、ぐわんと景色が歪む。
着地したころには浮かべた魔法陣の元へと身体が移動していた。
俺は口許を押さえる。
「うぷ……おえぇ……」
胃液の中がシャッフルされた感覚に、俺はその場に蹲る。
やはり、あまり頼りたい魔術ではない。
この浮遊感にはどうしても慣れない。
「何を逃げておる? ここからであろうが! 距離を取れば安全だとでも思ったか? フハハハハ!」
俺が片膝を突いていると、収集家が剣を空に掲げる。
「『帝竜グリムロームの息吹』を見せてやるわい! こいつは殺すのに苦労したぞ! その分我の中でもお気に入りだったが……これを使うときが来ないのが惜しくて惜しくてたまらんかった! 感謝するぞアベル!」
剣先の遥か上が光り、空間の歪む精霊と魔力の動きがあった。
巨大な竜の頭部が宙に浮かび上がった。
威嚇する様な、荒々しい先の分岐した巨大な角と、紫の尊大な印象の髭。
鱗はエメラルド色に輝いており、目が左右二つずつ、合計四つあった。
しかし見開かれた竜の四つの瞳に光はなく、既に死んでいることは明らかだった。
帝竜グリムローム――この世界にはほとんど人の訪れず、魔獣と瘴気の蔓延っている大陸があるのだが……その大陸には、三大魔王がいるとされていた。
その内の一体が、帝竜グリムロームである。
十の巨竜と、その万倍の魔獣を配下にする、正に魔獣の王と称すべき竜だ。
俺も、その容姿はおとぎ話でしか聞いたことがないが……確かに、一致する。
「マ、マジで……? 本物……?」
さすがにこんな化け物の生首を気軽に出してくるとは思わなかった。
しかし、あんなもので何をするつもりなのか……。
「例の剣も、宝典も、木偶人形も奴の手許にはない……。破壊の杖の在り処も、石無しに聞けばよい。消しクズになっても、構わんな」
言うなり収集家は、大剣を空に掲げ、頭上に浮かぶ帝竜グリムロームの頭部へと魔力を注ぐ。
ガタリと帝竜グリムロームの口許が開き、目に魔力の光が灯る。
次の瞬間、紫紺の光線が俺目掛けて放たれる。
「তুরপুন」
俺は魔法陣を、ヒディム・マギメタルにエネルギー体を反射する性質を持たせるように組み、それに合わせて構成物質も変化させる。
それからヒディム・マギメタル球状に展開し、自分を覆い隠す。
一片の隙もない、魔力反射装甲である。
次の瞬間、大きな音と地響きが鳴り、思わず耳を塞いだ。
ヒディム・マギメタル内が大きく揺れた。
「た、耐えたけど、どうなったことか……」
球状に展開したヒディム・マギメタルを解除する。
急いで即席で魔法陣を組んだこともあり、帝竜の息吹を真っ直ぐに跳ね返すことはできなかったようだ。
床は、帝竜の息吹の残した傷跡が広がっていた。
床には大きく抉られたような窪みが、いくつもある。
分散した帝竜の息吹が、あちらこちらを引っ掻き回しまくったらしい。
メアとアルタミアは……俺より更に後方だったから、無事か。
後ろから見ると、メアを抱えたアルタミアが、目を見開いたまま俺と収集家の戦いを見ていた。
「に、人間の戦いじゃない……」
前方を再確認すると、宙に浮かんでいる帝竜グリムロームの角がへし折れ、立派な髭の一部が禿げ上がっていた。
鱗にも、やや罅が入っている。
「あ……」
威厳あるグリムロームの顔が、なんとも情けないものへと変化していた。
鱗の根本からごっそり剝がれ、疎らに残る髭が痛ましい。
「わ、我の……我の宝具……馬鹿な、帝竜グリムロームの頭部が……こんな、こんな惨めな姿に……!」
収集家がギリリと、口許の包帯を噛み締める。
ボロボロの暗色の唇が、包帯の隙間からわずかに露呈した。
とっておきの剥製が台無しになったのだ。
修復はできないことはないだろうが、間違いなく価値は大きく下がるだろう。
悲しむ気持ちはもっともだが……。
「貴様如きが、我のコレクションに傷をつけるなど……! この剥製が、どれだけ価値のあるものか! このために我がどれだけ苦心したか! 最早死以外の決着はなくなったと思え!」
収集家が雄たけびを上げながら剣を握る力を強める。
まだ原型を留めているし、殺されかけたのはこっちの方である。
最早正当防衛どころの話ではない。
「そんな簡単に壊れるもの持ち出しといて、俺に怒られても……」
自慢したいだけなら家にでも飾っておけばよかったのに、わざわざ戦場に持ち出しておいて壊れたと騒がれても、そっちが悪いとしか言えない。
「すぐ、壊れるだと……?」
俺がその場凌ぎで造ったヒディム・マギメタルでも弾けたのだ。
その断片が掠っただけでああなるのだ。戦いの場に出していいものではまずない。
何かコーティングするなり術式を掛けておくなり、なんでもできたはずだ。
俺からしてみれば、あれ、そんな大事じゃなかったんじゃね? と言いたくなる。
「馬鹿にし腐った目をしよって……。この我をそんな目で見たのは、貴様が初めてだ。光栄に思うがいい! 貴様は、貴様は! この我を、本気で怒らせたぞ!」
収集家が怒声を上げると、彼の目前に小さな短剣が浮かんだ。
収集家は大剣を片手持ちに変えて、空いた手で短剣を掴んだ。




