三十八話 『収集家』⑨
収集家の意図が掴めない。
あまりにも急に素振りが変わりすぎている。
俺は不穏に感じて、一歩退いた。
「いやはや……これは、我が本気で戦おうとも、貴様に敵うかどうかは怪しいところよ。まさか、世にこんな者が存在しておるとは、我も己の見識の狭さを嘆くとともに、とうに飽いたと思っていた現世に、一筋の光脈を見た思いである」
「は、はぁ……?」
俺が戸惑っていると、アルタミアが前に出た。
「……しつこいわよ。往生際が悪いんじゃないの。伝説の冒険者ともあろう人物が」
どうやらアルタミアは収集家の意図が掴めているようだった。
俺は説明を求めてアルタミアの方へと視線を投げる。
「いや、我は、気が変わったのだ。アベル、マーレンの魔術師アベルよ。貴様の偉大な魔力に敬意を示し、この我の『暴食竜の道具袋』に関する錬金実験……協力してやっても構わぬ」
「ほ、本当ですかぁッ!?」
俺は前を遮るアルタミアを押し退け、収集家へと顔を近づける。
収集家は一瞬俺に気圧されたように身を退いたが、すぐ前のめり出て俺と顔を突き合わせた。
「うむ、うむ、そうだ! だが、貴様が本当にそれに足る人物なのかどうか、今一度、試させてもらいたい。そう……こんなつまらぬ枷を抜きにして、一度対等に戦ってもらいたい」
言うなり収集家は手を振るい、折れた『地響きの剣』を手元に取り出し、それを左右に揺らした。
「もしも我の期待に添わぬようであれば……そうだな、そんな者には大神宝典は預けておけんから返してもらうし、あの木偶人形と破壊の杖も当初の約束通り我がいただく。そして貴様の取り出したあの変幻自在の剣も、我のものにする。この我、収集家の一番の宝を賭けるのだから、それくらいはもらわんとな……」
「大神宝典と、世界樹のオーテムと、破壊の杖と、ラピデス・ソードを……」
こ、この四つを、オールベットか……。
いや、そもそも、三つめは持っていないどころか、見たこともないのだが。
「いや、そう重く考えることはない! 貴様の魔力ならば、我が何をどう用いようが、意味のないことであろう。これは我の、やがて伝説に名を残すであろう魔術師へのささやかなプレゼント……その代わりに、ほんの少し、この我の我が儘に付き合ってほしいというだけのことである。言うならば、我が自分を納得させるための、通過儀礼のようなもの!」
収集家は目に優し気な笑みを浮かべつつ、折れた『地響きの剣』を手の中で遊ばせつつ、逆の手をこねこねと動かしている。
「そ、そんな……大袈裟ですよ……」
伝説に名を残す魔術師と言われ、つい照れ笑いが出て、俺は頭を掻いて誤魔化す。
ここまで言ってくれているのだ、断る理由はない。
それにさっきの勝負で、収集家の限界は見えた。
事実、収集家が何をどう使おうが、さほど危機に陥るとは思えない。
「過分な評価だとは思いますが、もちろんそのお話には乗りましょう! 収集家さんを失望させないよう、精一杯尽力させてもらいま……」
「おっ、抑えて! アベル、抑えてください!」
メアが荷物を投げ出して、俺の両腕を背後から肘で押さえる。
投げ出された大神宝典が、荷物袋の上で軽くバウンドした。
収集家の眼光が鋭くそれを咎めたが、俺が収集家の顔を見ると、すぐさま目つきを元に戻した。
「罠だから! これ、誰がどう考えても罠だから!」
アルタミアも、必死の形相で俺を引き留める。
「……了承してもらえたようで、嬉しいぞアベル」
言うなり収集家は、手の中で遊ばせていた『地響きの剣』の柄を、握り潰した。
残骸が辺りに舞う。
収集家は失った『地響きの剣』の代わりに、いつの間にか握られていた巨大な剣を天井へと掲げる。
「と、取り消しときなさい! アンタがさっきまで戦ってた相手が人間なら、ここから先は神話級の魔法具自体を相手取る必要があるのよ! 全然違うの! それくらいわかるでしょ!?」
「いや、俺を試すだけって……」
「大嘘に決まってるでしょそんなの!? 宝典の惜しさに喰らい付いてきただけよ! 手数も手札も掴む余地がないのに、こんなもの、勝負でもなんでもな……」
「貴様……先ほどから煩いぞ。とうに身体を失くした亡霊如きが!」
収集家が腕を大きく振るい、アルタミアを弾き飛ばす。
アルタミアの身体が容易く跳び、数メートル離れた地面に背から勢いよく叩きつけられた。
「キャァッ!」
「アルタミアさん!? ちょ、ちょっと、何やって……」
「せっかくの機会だ、宝具を派手に試し打ちさせてもらうとしようか! 今日は素晴らしい日である! コレクションが三つも増えた上に、手応えのある的で、我が宝具の素晴らしさを実感することができるのだからな! 集めるばかりの日々に、飽いていたところよ! フハハハハハハ!」
収集家がごきりと首を鳴らし、哄笑を上げる。
「しゅ、収集家さん……?」
「約束は守ろう! それが、我の流儀だ! フハハハ! 貴様は到底タフには見えぬが……さて、どこまで食い下がるのか、楽しみである! まさか、さっきのでバテたなどとは言わんだろうなぁ……?」
収集家が、自身の身長以上の巨大な剣を俺へと向ける。
「適当に遊んでやる。せいぜい死力を尽くして抗って見せよ! この我と戦うことは、幾多もの神話と対峙することにも等しいのだと教えてやろう! 貴様が如何に魔力に優れていようとも、我がコレクションの前では無意味であると! だが、この我を、本気にさせたのだ。あっさりと終ってくれるではないぞ」
 




