三十四話 『収集家』⑤
収集家は椅子に座りながら、鼻唄混じりに辺りに散らばっている大量の魔法具を見回す。
かなり上機嫌のようだ。
「さて、どれにするかな……フン、フン……フム」
収集家が目を留めた先には、金色に輝く一本の笛があった。
収集家がパンと手を叩くと、足元に転がっていた財宝の塊らしきものが起き上がった。
金に輝く身体のあちこちに、宝石やらが埋め込まれている。
どうやらミャルン(猫そっくりの希少魔獣)を模して造られたゴーレムのようだった。
ミャルンが金の笛へと飛んで移動して口に咥え、俺の方へと顔を掲げた。
「『アルガスタの金笛』はどうだ? 通用、魔物呼びの笛である。これは吹けば、辺りの魔獣が寄ってくるというもの……。それだけではなく、楽器としても超一流のものであるぞ。なにせ、これを作った吟遊詩人アルガスタは、その叡智と才能を認められ、ヴェールグラス王国の王から、宮暮らしを強要されておったほどである。結局逃げ出して、最期は暗殺者に殺されたという話ではあるがな。ハハハハ! これは我が、王宮の宝庫より盗み出してきたものである。この音色は、なかなかのものであるぞ。一度聞けば、魔獣さえも釣られてやってくるというのが法螺ではないと、確信できるはずである」
ヴェールグラス王国は、ディンラート王国からかなり遠い位置にある、小国である。
普通に王宮から盗み出してきたと得意気に言っているが、いいんだろうか。
冒険者としては一流だが、確かに人としては難が多そうだ。
ただ、俺は魔獣を好きに操り、指揮できる悪魔ハーメルンを飼っている。
魔獣を寄せ付けるという点では、完全に下位に位置する。
音楽も、俺にはイマイチわからないし……関心がないことはないが、世界樹のオーテムと交換してもいいと思えるほどではまったくない。
「うーん……凄そうではあるんですけど、俺が使うタイミングはなさそうですね」
「フハハハ! この我相手に、あっさりと断ってみせるとはな! ま、これは様子見といったところよ。では、それはどうだ?」
収集家が手を振るうと、その指の先へと黄金のニャルンが向かい、床に倒れていた大弓へと前足を触れた。
大弓の弦は、金属線になっている。この輝きは……ミスリルか?
「『戦王バグダムの大弓』である。この大弓から放たれた一矢は、嵐の中でさえも遥か遠方にある城の中の王を射抜いたという。もっとも……ミスリルの弦を引き絞れるような膂力の持ち主が、今の世界に我以外に存在するのかどうか、甚だ疑問なところではあるがな!」
戦王バグダムは有名な人物である。
持ち前の圧倒的な戦闘の才覚だけで、王と名乗るまでに昇りつめたという。
だが、そんなものをもらったところで、俺が真っ当に使い熟せるはずもない。
それに城を潰すのなら、アベル球でも放った方がよっぽど速い。大弓を使う必要など、どこにもない。
「俺の力じゃ使い道ありませんよ、それ……」
「歴史的価値のあるものなのだぞ。売れば、十回は人生をやり直しても遊んで暮らせるだけの額が手に入るであろうに。貴様は、まぁ、金に執着するタイプには見えんわな。ここにあるものでは、満足せんか……それでは、貴様が絶対に欲しがるであろうものをそろそろ見せてやるか!」
収集家が腕を振るうと、俺と収集家の間に一つの壺が現れた。
術式の描かれた紙が、大量に貼り付けられている。
壺は、内側から叩かれるように、ガン、ガン、と時折揺れている。
「こ、これは……!」
俺は前世より、胡散臭いものに目がないのだ。
それは今とて変わりはないどころか、むしろ強化されている。
「大損だが……仕方あるまい、これをくれてやろう! 『百業の壺』と、我は呼んでおる。火神マハルボ教の連中の、大寺院の地下奥で見つけたのだ。恐らくは、マハルボ教の聖書にある、マハルボが百の大悪魔を壺に封じたという、その壺そのものであろう。この壺からは、とんでもないオーラを感じる。間違いないわ。フハハハ! これを飾るも、開けるも、貴様の好きにするがいい。さすがの我も、開けるのはあまり勧めんがな! 遠慮なく持っていくがいい。歴史を変えたくなければ、不用意には扱わんことだな! これ一つで、大国一つ潰しかねん代物よ!」
ひゃ、百の大悪魔!?
ゾロモニアみたいなのが、百体近くこの中に入っているというのか。
ほ、欲しい。家に飾りたい。
……ただ、まぁ、世界樹のオーテムは、メアとの思い出の品でもある。
そうでなければ交換してもよかったかもしれないが、やはり『百業の壺』でも交換する気にはなれない。
メアは不安そうに、収集家の足元に置かれている世界樹のオーテムと、俺を、不安そうにチラチラと見ていた。
メアも、世界樹のオーテムには思い入れがあるようだった。
俺はメアと目が合ったとき、親指を立てて軽く笑みを浮かべた。
「うーん……悪いんですけど、やっぱり、気は変わりそうにないですね」
「なに……?」
俺が呟くと、収集家の目が俺を睨んだ。
それとは対照に、メアが嬉しそうに表情を輝かせていた。
アルタミアが宙を舞って俺の横に移動し、耳打ちしてくる。
「ちょっ、ちょっと、アレ、絶対怒ってるわよ?」
その声を掻き消すように、収集家は大笑いした。
「フハハハハ! ほとほと役者あるな。いや、参った! この我相手に、本気で交渉に出てくるとはな! 参った! 我の負けだ! なかなかどうして、大した度胸ではないか! これほど愉快なことは滅多にあるまい!」
怒っているわけではなかったようだ。
俺が安堵していると、収集家は勢いよく立ち上がり、両の腕を仰々しく持ち上げた。
「いい、よかろう! 我は、欲しいと決めたものは、必ず手に入れなければ気が済まぬのだ! 今、ここ我が出した宝具、すべて持って行くがよい! フハハハ! なに、気にするでない。先にその人形に惚れ込んだ我の負けよ」
「え……?」
俺が驚いて呆然としていると、収集家がニヤリと笑った。
「なんだ? 今更、怖気づいたか? フハハハ! 我相手にあれだけ粘っておいて、小さい男よ。減らしてくれと言われたって、今更変えはせんぞ! 我は、一度決めたことは決して曲げんのだ!」
アルタミアが、額の汗を拭う仕草をする。
精霊体だからか汗を掻いているような様子はないのだが、人間だったころの癖のようなものだろうか?
「どうなることかと思ったけど……丸く収まりそうでよかったわ。でもアンタ……やり過ぎよ。あんまり関わっちゃいけない相手に、借りを作っちゃったわ。その意味、わかって……」
「あ、いや……いいです。ああ……良いってことじゃなくて、えっと、いらないです」
俺はアルタミアが言い切る前に、収集家へとはっきりと宣言した。
アルタミアががっくりと肩を落とし、両手で顔を押さえる。
「……あん?」
収集家が足元にあった黄金の短剣を拾い上げると、即座に地面へと突き刺した。
衝撃で床がジグザグを描きながら割れる。罅が俺の横の床を抉って突き進み、俺の遥か後方で床が大きく爆ぜる音が聞こえて来た。
背筋に、冷たいものが走る。
どうやらあの剣……衝撃を強め、その方向をコントロールする力があるようだ。
収集家は俺を睨みながら、ゆっくりと立ち上がる。
「どういうつもりか聞かせてもらおうか、アベル。返答次第によってはただでは済まんと思え」




