表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最強呪族転生~チート魔術師のスローライフ~  作者: 猫子
第六章 魔女の塔と収集家
232/460

二十九話 ハイエルフの魔術師、デヴィン⑦(sideデヴィン)

 第七階層……大きな豆の樹と、アポカリプスの破片が散らばるこの階層で、地面に描かれた大きな魔法陣の中に座る、一人の男がいた。

 背は高いが身体の線は細く、中性的な雰囲気が強い。

 ウェーブの掛かった長い金髪の間からは、長いとんがった耳が覗いている。

 ハイエルフの司祭、デヴィンである。


「はぁ……はぁ……ひ、酷い目に遭った……」


 デヴィンは治癒効果のある魔法陣の中で、身体を休めていた。

 豆の樹から転がり落ちてあちらこちらを打ち付け、擦り剥きを繰り返していた彼の衣服や顔は、傷だらけになっていた。

 骨の歪みが酷い。どこか五、六本骨折していてもおかしくはない。

 間に合わせの白魔術では、明らかに足りない。あの状況から命があったのが奇跡と称されるべきである。


 空神の代行者としての活動を続行するためには、一度傷を癒すために故郷に帰る必要があったが……格下と見ていたマーレン族に惨敗した上に、法衣まで強奪されたとなれば、帰ることなどできるはずもない。


 デヴィンは左目の瞼へと手を触れ、表情を歪ませた。


(馬鹿な……タナトスとの契約が、切れている? あの死精霊タナトスが、そう簡単に死ぬはずがない。だがタナトスが、シルフェイム様からの神託を破るわけもないのに……それとも、この私が見限られたというのか!?)


 死精霊の名は伊達ではない。

 死の呪いを操るだけではなく、どれだけ死に近づいても戻ってくることができると、エルフの間では言い伝えられていた。

 そんなタナトスが、あっさりと消滅しただのと、とても信じられなかった。


 周囲を見回す。

 だが、タナトスの姿は、すでにどこにも見当たらない。

 ただアポカリプスの残骸が散らばっているばかりであるが、頭を打って気を失っていたデヴィンには、何があったのかさっぱりわからない。

 タナトスから突き飛ばされたときに何か、巨大な何かが空を覆いつくすのが見えたような気はするのだが、全身を打ち付け回ったショックで、薄っすらとしか思い出せなかった。


(……とにかく、あのマーレンのガキだけは殺さなければならない! 戦争のことも喋ってしまった。アルタミアの引き入れをしくじった上に、アベルとやらをこのまま野放しにしていては、私は末代まで呪われるべき背神者だぞ)


 しゃがみ込んだまま、唇の肉が剝がれるまで噛み締めた。


(幸いあのガキ、ツメが甘い。まさか……気を失っていたこの私を、野放しにするなんてね。アベル・ベレーク……君は、最後の機会を逃したよ。ハイエルフの魔術を、誇りを、底意地を、その身に思い知らせてやる……。確かに魔術は大したものだよ。だが、所詮はただの、脆い人間……いくらだってやりようはある)


 魔法陣の中央から立ち上がり、首をゆっくりと持ちあげて空を睨む。


(奴の目的は知らないが……わざわざ、ここまできたんだ。あいつは先に登ったのだろう。ここで待つか? いや、アルタミアと交戦になっていることを期待して後を付けて……どうにか不意を突けないか、試み……)


 豆の樹は途中で砕け散り、その先の天には、すべてを呑み込まんとするかのような漆黒の大穴が開いていた。

 最初に来たときは、あんなものはなかったはずである。

 考えられることは一つ。あのマーレンの魔術師が、何らかの必要に駆られて放った魔術の影響だ。


「ほ、本当に人間なのか……?」


 怒りも忘れ、しばし硬直する。


(…………身体を回復させ、万全のタイミングを作る必要がある。今回は、退くとしようか……)


 ひとまずデヴィンは、アベルとの決着を後に回すことに決めた。

 それは精神力に優れているデヴィンの心が折れ始めていることの、何よりの証拠であった。

 そのとき、急に背後より掛けられた。


「貴様か? この塔を半壊させたのは! クク……破壊の杖を隠しておったのは、ハイエルフだったか。あれはクゥドルの魔力から造られたものであると聞いておったが、相変わらず貴様らは、プライドがあるのかないのかわからん奴らだな。空神を信仰しながら、そんなものを持っておったとは」


 デヴィンが驚いて声の方へ目を向ければ、声の主は、碧い外套を羽織った大男であった。

 輝く装飾品をあちらこちらに身に着けており、外套の奥から僅かに覗く剣呑な眼光は、デヴィンを測るかのように見つめていた。


「我の目は、オーラを見ることができるのだが……ふむ、20点、といったところか。少し背の高い凡草でしかないわ。なんだ、ハズレか。どうやら、貴様ではないようだな。おいハイエルフ、貴様以外にこの塔を登った者はおらんのか」


 デヴィンの目が、驚愕に見開かれる。

 ハイエルフである自身が、ノークス如きに値踏みされたことに怒ったのではない。

 デヴィン自身が、この奇怪な風貌の男を、知っていたからである。


「お、お前……まさか、収集家か」


「おお、天空にまで我が異名は知られておったのか! 結構結構!」


「ふざけるな! ハイエルフの中で、お前の名を知らぬ奴がいるわけがないだろうが!」


 デヴィンが遅れて顔に怒りを浮かばせ、杖を構える。


「まだ生きながらえていたか! ノークスの分際で永き命を求め、我らの王をこの世につなぎとめるためのアムリタを盗み出した怪人が!」


「盗んだとは人聞きの悪い。正面から入って、取って来たまでよ。いや、愉快であったぞ。途中からは、ただ震えるばかりで誰も止めはせんかったからなぁ。ハイエルフが誇り高いとかいう、アレは大嘘だったと、あの日思い知ったものよ」


 アムリタとは、天空の国アルフヘイムの国にある霊薬である。

 天空の国アルフヘイムに浮力を与えている源である魔法樹アルべリュートの雫を大量に濃縮して作る必要があり、コップ一杯分造るのに千年は掛かるとされている。


 その分効果は絶大であり、一口含んだだけで身体中の傷を治してしまうばかりか、飢餓や疲労まで吹き飛ばしてしまう。

 五口飲めば、千切れた腕でさえ再生させる。

 そして一杯飲み干せば、老人であっても青年へと若返るとされていた。

 ただ二杯続けて飲めば、過剰な魔力が暴れ、使用者を恐ろしい化け物に変えてしまう。


 二百年前……収集家は永遠の命を求めて天空の国アルフヘイムへと乗り込み、厳重なハイエルフの守りを正面から打ち破り、三杯のアムリタを強奪した。

 それが収集家が二百年以上の時間を生き続けている理由である。

 身体が衰えれば、アムリタを呑んで若返る。

 ただ、量はたったの三杯である。ゆえに、他の魔術や魔法具と併用し、アムリタ自体はちびちびと呑んでいた。

 そのため収集家の肉体は醜いものになっており、外套で全身を隠す必要があった。


 デヴィンは収集家のことは話でしか聞いたことがなかった。

 しかし、ハイエルフであるデヴィンにとって、収集家は、アベル以上に生かしておくわけにはいかない存在である。

 デヴィンが杖を振り、魔法陣を浮かべる。


「そぉーんなボロボロの身体で、我に杖を向けるか! フハハハ! やってみるがいい! 運がよければ、当たるかもしれんぞ!」


 収集家はそう叫び、空の両手をデヴィンへと伸ばす。

 一流の魔術師相手にそんなことをするなど、自殺行為に等しい。

 だが、デヴィンには、隙だらけの収集家が、むしろ不気味でしかなかった。

 油断の招いた行動だとしても、無策でこんなことをするわけがない。


 本能が、止める。魔術を、誘い出されていると。

 それでもデヴィンには、この隙を逃すわけにはいかなかった。


পরীরাজা(妖精王の)তীর()


 デヴィンの浮かべた魔法陣が輝き、そこから光の束が射出される。

 延長線上を焼き払う、破壊の光。


 ハイエルフの高位の魔術師だけが操れる、一撃必殺の攻撃魔法である。

 速度、威力、共にあらゆる魔力の中で最高クラスである。

 常人に、これに抗う術はない。


 おまけに今回は、残りの魔力をありったけに込めた。

 どの道、この一撃を回避されれば、次がある相手ではない。

 相手は天空の国アルフヘイムへと侵入して生きて帰った唯一のノークス、伝説の怪人収集家である。

 ハイエルフの中でも驕りの深いデヴィンとはいえ、収集家の過去の事件を知っていれば、決して侮ることのできる相手ではなかった。


 眩い光が、デヴィンの視界を覆い尽す。

 視界が晴れたとき、自身の魔術で抉られる地面が見えた。


(や……やったのか……?)


 そう思ったのも束の間、収集家の低い、ガラガラとした不気味な声が響く。


「ハ! 馬鹿が!」


 次の瞬間、視界が光に覆われる。

 高温の熱を持った光が、デヴィンの肉体を焼き払い、吹き飛ばす。

 デヴィンは地をボロ雑巾のように転がった。

 自分の放った魔術と、全く同じ魔術が返って来たのだと、遅れてそう考えが至った。


「な、なぜ、ノークスが、妖精王の矢を……?」


 顔を上げたデヴィンが見たのは、収集家の前に突然現れた、巨大な鏡であった。

 金の淵には、何体もの悪魔が象られている。

 収集家が手を下げれば、鏡は最初からなかったかのように、姿を消した。


「それで……それで、跳ね返したのか……どこから、そんなものが……」


 そこまで口にして、デヴィンはぐったりと地に伏せた。


「ハッ! 遊び相手にもならんわ! 雑魚が!」


 最後にデヴィンの頭に残ったのは、収集家のせせら笑う声であった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
いつも読んでいただき、ありがとうございます!
↑の評価欄【☆☆☆☆☆】を押して応援して頂けると執筆の励みになります!





同作者の他小説、及びコミカライズ作品もよろしくお願いいたします!
コミカライズは各WEB漫画配信サイトにて、最初の数話と最新話は無料公開されております!
i203225

i203225

i203225

i203225

i203225
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ