十三歳⑦
俺達はオーテムに乗り、森を移動した。
思ったより揺れが激しくて俺が吐きかけて休憩を挟んだり、シムパロットが目を覚まして逃げそうになったり、凹凸の激しい道でオーテムから落ちそうになった父達を支えながら必死にオーテムと並んで走る羽目になったりと、忙しない帰路であった。
だがその甲斐あって、遠目に集落の櫓が見えてきた。
ようやくマイホームに帰ることができる。
すでに時刻は夕暮れであり、空が真っ赤になっていた。
「アベルさん、ありがとうございました! ……その、こんな奴とか言っちゃって、本当にすいませんでした」
「いや、いいって。俺も色々と迷惑掛けたし、手伝ってもらったし。あ、その十字に切る奴はやらなくていいから」
「そ、そうですか」
シビィは上げかけた手を下げ、ぽりぽりと頬を掻く。
「実は俺……アベルさんとは恋敵になると思ってて、それでつい……強気に出ておこうと……」
「恋敵?」
「でも、あんな恐ろしい魔獣をあっさりと倒したり、てきぱきと治療魔術を使っているところなんかを見てたら、俺なんかじゃ敵わないなって……」
シビィは恋敵などと言うが、俺には恋人どころかまともな知り合い自体ほとんどいない。
フィロのことか?
俺は別にそんな、意識したことはなかったんだけど……。
でもこういう田舎だと結婚は早そうだし、実際父も母もかなり若い。
ひょっとしてそろそろあれこれと考えた方が良かったりするのだろうか。
基本的に引き籠りの俺に知人は少ない。
おまけにここ最近、ベレーク家には人間をオーテムに変える悪魔がいるという噂まで出回っていると聞く。
ただの揶揄で信じている人はいないだろうが、俺の変人っぷりが知れ渡っていることに違いはない。
美人のジゼルの貰い手はいくらでもあるだろうが、俺に嫁いでくる女はそうそういないだろう。
その点フィロは、俺と族長の仲がいいこともあり、昔から接点が多い。
結構考えていることが筒抜けな子なのだが、そう嫌われてはいないはずだ。
マーレン族の集落はそこまで広くない。
前世と比べれば、かなり閉じたコミュニティーだ。
俺の奇行の噂が捻じ曲がって広まっていることを考えれば、この先俺と結婚してくれる見込みがあるのは、フィロくらいではないのだろうか。
ま、まぁ、そこまで重く考えなくてもいいか。
俺なんてまだ、今世では十三歳だ。時期がくれば、なるようになるだろう。
……ただ、もうちょっと外聞を気にして動いた方がいいかもしれない。
「別に、俺はフィロとは……」
「やっぱり、ジゼルちゃんは高嶺の華だったんだな……」
「うん?」
いや、ちょっと待ってくれ。
何を言っているのかよくわからない。
「俺、この間の火精霊祭の儀式のとき、神具の運搬を頼まれてたんですけど、装飾の一部を落としちゃって……。そのとき、ジゼルちゃんが一緒に探してくれたんです」
火精霊祭とは、火龍季、日本でいうところの夏の始まりを祝う祭りである。
この世界の季節は火龍季、氷龍季の二つに分かれている。
「そういやあの日……アベルさん、いませんでしたね。ジゼルちゃんもなんだか、かなり早めに帰っていましたし」
「え、あ、ああ、うん。あの日は、ちょっと忙しくてな」
あのときは確か、四つ首鼠の世話で忙しかったため、すっぽかしたのだったか。
キメラは生命の維持が大変なのだ。
ある日突然身体に不具合を起こし、そのままぽっくりと死んでしまうなんてこともある。
じゃんがりあんと名付けたあの多頭鼠は、火精霊祭の後も俺が付きっきりで世話を見続けた。その甲斐あって、無事老衰まで見守ることに成功した。元々短命種だったということもあるが。
じゃんがりあんは、餌をやると五つの頭で奪い合ったり、日によっては譲り合ったりしていたかな。なかなか可愛い奴だった。
死んだときは泣いた。庭に墓も作ってある。
思考が逸れた、火精霊祭だったな。
子供が一人も行かなかったら父の立ち場がないと母に諭され、ジゼルだけ行くことになったのを覚えている。
結局ジゼルも準備の手伝いと顔見せだけして、体調不良を理由にすぐ帰ってきたのだったが。
まったく、誰に似てしまったのか。
……次から、大きな儀式は全て出席するようにしよう。
「俺とジゼルは兄妹だぞ。そういう関係ではないからな」
「ん? え、あ、あれ、違うんですか」
「ああ、違う」
大方、外で俺とジゼルがベッタリくっ付いているのを遠目から見て勘違いしたのだろう。
この集落では、苗字被りも珍しくない。
確かに、俺とジゼルは距離感が近すぎる。
兄妹に見えなかったのかもしれない。
気をつけなければと、俺も最近そう思い始めていたところだった。
「じゃ、じゃあ! お、お義兄さんと呼んでもいいですか!?」
シビィの想い人はジゼルだった。
ならば俺の言うことは決まっている。
「駄目に決まってるだろうが!!」
俺はシスコンだ。
いずれジゼルも嫁入りするときが来るのだろうが、今はまだそんなことは欠片も考えたくない。
結婚式で血の涙を流す自信がある。
「うぐぐ、むぅ……」
「うおっと……な、なんだ、おい、ここはどこだ!?」
俺の叫び声に反応するかのように、背後から二つの声が聞こえてきた。
俺が声を荒げたため、父とガリアが起きたらしい。
「止まれ!」
俺が声を出すと、四つのオーテムが一斉に制止する。
俺とシビィはオーテムを降りて父の前に立ち、グレーターベアを討伐したことを伝えた。
「グレーターベア……それもあの、特大サイズを……。ひょっとしたら、あれはグレーターベアじゃなかったのか?」
ガリアが首を捻る。
やはりグレーターベアを倒すというのは、それほど信じ難いことらしい。
「な、なにを言っているんですか父上! アベルさんが、こう、ざぱぁーっと木々を薙ぎ倒して……! もう、もう、あれは本当に凄まじかったんですよ!」
「……俺が倒れてる間に、すっかり仲良くなったらしいな」
シビィが俺の太鼓持ちになりつつあった。
「確か、腹をやられたはずなのだが……」
父はそう言いながら、衣服の破れた部分から自分の身体を撫でる。
グレーターベアの爪に抉られた部分だ。
「魔獣の肉を使って塞ぎました。上手く行きましたので、痕もほとんど残っていません。何か不具合や不都合があれば、また引き剥がして結合し直すこともできますから、何かあればすぐに言ってくださいね。日数が経てば経つほど、父様の身体に馴染んでいきますから。なるべく早い内に……」
「む、むぅ……」
そこからはオーテムを放棄し、歩いて帰ることになった。
…………
その後、俺達は無事に集落に帰還した。
集落の入り口のところでは、ジゼルが不安そうな表情を浮かべてじっと待っていた。
俺を見るとぱぁっと表情を輝かせ、走って来る。
「ご無事でしたか、兄様!」
俺はシムパロットを地に置き、ジゼルを抱きとめて頭を撫でる。
視線を感じて振り返ると、シビィが俺を不安そうに見ていた。
い、いや、これはただのスキンシップだから……。
話を聞くと、どうやらジゼルは俺が狩りに向かったと知ってから、ずっとここで待っていたらしい。
よほど寂しかったのだろう。
ごめんよ、こんなに長時間集落を離れるつもりはなかったんだ。
「よかった……私、兄様が途中で行き倒れになっているのではないかと、不安で不安で……」
……やっぱり俺のこと、そういうふうに見てるんだな。