二十三話 とある収集家の探索③(sideコレクター)
第四階層ドラゴンヘッドの巣を難なく乗り越えた収集家は、第五階層の結晶石の洞窟を進んでいた。
四階層だけではなく、きっちりと五階層も無事だったことに、収集家は心のどこかでほっとしていた。
(さすがに、そこまで分別のない奴ではなかったか。これで残りの階層がすべて廃墟になっていたら、例の魔術師を嬲り殺して塔の上に永遠に晒し首にしてやろうと思っておったわ)
収集家は天井を見て、先にいるであろう魔術師の姿をあれこれと好き勝手に脳裏に思い描く。
「空間魔術の結界ごとぶち抜いたのであれば、通常の魔術ではなさそうだな。魔導兵器を持ち込んで試し撃ちでもしておるのか。ふむ……」
収集家が包帯に覆われた口許を開け、ぺろりと、青紫の舌を出し、舌舐めずりをした。
(なかなか面白そうな玩具が手に入りそうではないか。我もそれを、気分よくぶっ放してやりたいものだな。どうせ譲る気はないのだろう。まずはその魔導兵器で魔術師の頭をぶっ飛ばして、奪うとするか。フフフ……自分のとっておきが自分に向けられたと知れば、さぞ青褪めることであろうな。今までの奴の歩いてきた道を見るに、相手も相当の外道であろう。なーんの遠慮はいるまい)
魔術師から魔導兵器を取り上げたときのことを考え、声を押し殺して笑った。
しかし魔導兵器でもなんでもなく、ただの魔術の一撃であるとは、まったく考えていなかった。
アベルが結界が攻撃を受けたときの反応が見たくて何となく放った魔弾の所為で魔女の塔が半壊していたとは、このときはまだ想像だにしていなかった。
(塔から近くの領地を適当に撃ってみるのも悪くないかもしれんな。まずは飛距離と威力が知りたい。フフフ、アルタミアの復讐だと慌てる馬鹿どもの姿が目に浮かぶわ。世界最大の大国である、ディンラート王国から恨みを買ってみるのも一興であろう)
収集家が手に入れた宝具の力を試すために、わざわざ戦争に首を突っ込んだり、権力者相手に喧嘩を売ってわざと自分に刺客を送らせたりすることは、日常茶飯事であった。
ただどのような相手を選んだところで、大抵がオーバーキルになるため、満足の行く性能テストが行えることは稀である。
(フフフ……十年振りに、我のコレクションが一つ増えるわい。ああ、楽しみで楽しみで仕方がない。このような高鳴りを感じたのは、何十年振りであろうか。残骸と化した下階層を見たときは不安でしかなかったが、ディンラート王国まで来たのは無駄足ではなかったわ!)
すっかりともう宝具を手に入れたつもりになって、軽やかな足取りで五階層を進んで行く。
そんな収集家の背へと目掛け、襲い掛かる魔獣がいた。
ジャイアントバッド……全長5メートル近い、巨大な蝙蝠である。
ジャイアントバッドはBランク魔獣の中でも素早く、皮膚が厚く、なかなか凶悪な魔獣であるとされていた。
ジャイアントバッドは目を輝かせ、収集家の肩へと喰らい付こうとする。
収集家は後ろも見ずに腕を向ける。唐突に現れた大剣が、ジャイアントバッドの身体を綺麗に二つに引き裂いた。
惨死体が左右の壁に張り付く。
収集家は大剣に魔力を込めて血を飛ばす。
収集家が大剣から手を離すと、大剣はすぅっと薄れて消えていく。
「力差のわからん、頭の悪い魔獣はこれだから困るわ。まぁ、人間でも力差のわからん馬鹿はゴロゴロとおるがな」
収集家は塔に来る前に殺した王子の手下を脳裏に浮かべて陰気な笑みを漏らし、何事もなかったように先へと向かった。
すでに、彼らの名前など収集家の頭から抜け落ちていた。
その後、収集家が五階層内で魔獣から襲われることはなかった。
悠々と、アベルが来るまで前人未踏であった六階層へと足を踏み入れた。
六階層において収集家は、奇妙なものを見つけた。
碧々と光る、六つの金属塊の立方体である。
収集家は首を傾げながら顔を金属塊の間際まで近づけ、目を見張る。
(……ほぉ、幻の銅ではないか。歴史からいって、ディンラート王国にはほとんど存在していないはずなのだが……なぜ、ここまでの量が……? まさか、再現したとでもいうのか? 百年間塔に篭って、こんなものを造っておったのか。世界の歴史が、動くぞ)
今は神話となった時代では高い魔法技術を有しており、今とは掛け離れた桁外れな威力の魔術の撃ち合いが行われていたとされていた。
幻の銅も神話時代に造られたものだといわれている。
神話時代の技術の一部が再現されたという事実は、その時代が帰ってくる起爆剤となりかねない。
(アルタミアがとんでもない錬金術師であるとは聞いておったが……まさか、幻の銅の生成に成功するとはな。塔を連れ出して脅し、我の武具を造る専属の錬金術師とさせるのも悪くはないかもしれん)
そんなことを考えながら、収集家はぺたぺたと幻の銅の立方体を触っていた。
(しかし……綺麗な箱型をしておるな。まったく偏りを感じぬ。耐性が高すぎるがゆえに、綺麗な加工が困難であるはずなのだが、さすがアルタミアだ。遊び相手としては合格であるな。ここはアルタミアの、幻の銅の保管庫のようだな)
ふと通路の先を見ると、幻の銅製の大鎧が、通路の脇に頭を抱え込んで座っていた。
足元には、一本の剣が置かれている。
なぜ座り込んでいるのかは謎だが、どうやら魔術で疑似意思を与えられているようだ。
ゴーレムの一種だといえよう。
収集家はああいうものもあるのかと考えながら、幻の銅の大鎧をぼうっと眺めていた。
直後、その大鎧の体積が、立方体の体積に等しいことに気が付いた。
「………まさか!」
手で触れている幻の銅は、冷たい。
幻の銅は魔術に高い耐性を持つ他、熱にも強い。
どんな熱でも冷気でもあっという間に外部へ逃がしてしまうため、氷の国でも常温を保ち続けることができる性質を持つ。
そのことから察するに、冷やして固められた直後であるようだった。
そこまで考えれば、例の魔術師が、幻の銅製の大鎧の番人を溶かして、立方体に固めて放置していたのだろうと、収集家にも察しがついた。
「……どうやらこの先に、本格的に頭のおかしい奴がいるようであるな」
魔術にも熱にも強いはずの幻の銅を平然と溶かしてしまう辺り、どうやらここまでで想定していたよりも1、2ランクは上の魔術師らしいと、収集家は認識を改めた。
収集家はぶるりと身体を震わせた。
「フフフ……久々に、真っ当な宝具の試し撃ちができるわ。どこまで付いてこられるか、楽しみで仕方ないわ」
当然、武者震いである。
収集家は数百年、世界各地を回って来た。
しかし、収集家が手を抜こうが、真っ当な戦いになるものはどこにもいなかった。
トリッキーな動きが売りの武器の試運転でも、相手が直進攻撃さえ躱せないような雑魚であれば、興ざめもいいところだ。
威力に特化した武器も使う必要がない。何を使っても、当たれば相手は死ぬのだ。
それでも大剣を好んで使うのは彼が気に入っているからであったが、そんな意味のない戦い方に対し、冷めた気持ちも収集家は感じ始めていた。
大抵の相手は、素手でもどうとでもなるのだ。
しかしこの魔術師ならば、自分が手を抜いて適当に相手をすれば、五分程度はもつのではないかという、期待があった。
「さて、どれを試すか、今から決めておかねばな」
 




