二十二話 とある収集家の探索②(sideコレクター)
アベル達が魔女の塔の最終階層、アルタミアの許へと向かうほんの少し前――青い外套を纏った一人の大柄な男が、第一階層を歩いていた。
伝説の冒険者、収集家である。
「魔女の塔は特異な結界が張られており、階層ごとに景色が異なる。第一階層は大平原……か」
舌打ちを鳴らした後、ごきりと首を鳴らしながら回す。
魔女の塔の一階層は、外観と何ら変わりなく、ただの殺風景な煉瓦が広がっていた。
「どうやらただの大嘘であったようだな。既にもう、なーんの期待もできんわ」
確かに申し分程度に、煉瓦の上に草や土の汚れが見られる。
ただの人が通らない、寂れたダンジョンにしか思えない。
これが特異な結界の齎した大平原だと主張するのならば、心の持ちよう次第でどこだって大平原である。
(我は、こんなもののためにわざわざディンラート王国まで足を運んだわけではないぞ……。伝説のダンジョン、百年間誰も五階層より先へ足を運んだことがないと聞いて我の新たなコレクションが見つかるのではないかと思っておったのに、まさかこの我が、今更こんな典型的なデマに踊らされようとはな。まったくもって苛立たしい)
収集家がディンラート王国に以前来たのは、もう百年も昔のことである。
他の国々を廻り、ずっと宝具探しの日々に明け暮れていたのである。
ディンラート王国へと戻ったのは、様々な宝が眠っていると噂される、魔女の塔の存在を聞きつけたからに他ならない。
それがこの有様である。腹立たしいことこの上なかった。
収集家が、ふと上向きに首を傾ける。
天井に、大穴が開いているのが見えた。
(…………魔術の跡か。思いの外、粗雑な造りをしておるのだな。今まで崩れなかったことが最早奇跡であろう。こんな大穴が開くような魔術を、狭いダンジョン内でぶっ放す馬鹿も馬鹿だが)
収集家は天井を眺めながら、溜め息を吐いた。
(だが、ここまで来たのだ。この塔の高さだけはなかなかであった。頂上まで、登るだけ登るとするか。まさかただの悪ふざけで、こんな馬鹿でかい塔を建てたわけでもあるまい。すべてが嘘であるはずがない。上まで登れば、何か目ぼしいものが見つかるかもしれん)
収集家が腕を穴へと向けると、手の中に一振りの短剣が現れる。
収集家は目を細めて凝らし、穴の先にある壁へと照準を合わせ、短剣を突き出した。
短剣の刃が射出され、一瞬の内に延長線上にある壁へと罅を入れて、めり込んだ。
刃と柄の間には、長い鎖が垂れている。
収集家が柄を強く握ると、一瞬の間に鎖が巻き取られる。
鎖の力が彼の身体を宙へと押し上げ、そのまま第二階層へと移動させた。
射出された刃が完全に柄に納まり、壁に剣を突き立てているかのような姿勢となる。
収集家は壁に足を掛けて、深くまで刺さっていた刃を容易く引き抜いた。
「フハハハハ! 楽でいいわ! 穴を開けた馬鹿に感謝だ……な?」
辺りは相変わらず、殺風景な煉瓦造りであった。
それはいい。様々な風景など、ただの噂が誇張されたおとぎ話だと、収集家にはわかっていたことだ。
だが、ダンジョンを貫いていた魔術は勢いを落とさず、そのまま第二階層の天井まで突っ切っていた。
(……この様子だと、三階層も残骸と化しておるな。思ったより、三倍馬鹿であったようだ)
おまけに煉瓦の残骸が飛び散る第二階層の中央には、開き直ったように土を固めて階段が設置されていた。
「ぜんっぜん悪びれておらんなこの馬鹿」
収集家は手で階段に触れた。
(ふむ、精霊の痕跡から言って、すぐ最近であるな)
収集家は、先へ行った魔術師が造ったらしい階段を登って第三階層へと登った。
まだ、この惨状を作り上げた魔術師は、この塔内に残っているのかもしれない。
だとすれば少しは、世界各地から集めた宝具の試し撃ちが真っ当にできるかもしれない。
人格破綻者であることは間違いないが、魔術の規模はなかなか広い。
多少は名のある魔術師なのだろう。
そんなふうに考えながら、階段を登る。
登った先は一帯、瓦礫の飛び散る残骸と化していた。
「知ってたわい」
一階層から三階層まで突き抜けて来た魔術は、そのまま壁をぶち破って行ったようだ。
ここに来る道中、収集家は一度大きな爆音を遠くから聞いていたが、それは魔女の塔を半壊させた魔弾が空高く飛翔していった音だったのかもしれない。
「…………ふむ」
三階層も確かにただの残骸の廃墟であったが、妙な点があり、それが収集家の気を引いた。
階層内の床が僅かに濡れており、水が無くなって乾燥して絶命したばかりらしい、半魚鬼や一つ目トビウオの死骸が、通路内にゴロゴロと転がっている。
死骸の溜まり場には妙な偏りがあった。
数百年に渡って旅を続ける、見識の深い収集家には、それが空間魔術の痕跡であることに気が付いた。
魔術により空間を引き延ばしていた場合、それが途切れたとき、部分的な空間の収縮が起こり、内部のものが偏った位置へと移動させられる。
死骸の偏りは、確かにそのようなものだった。
(明らかに、水辺に住まう系統の魔獣が長らく暮らしていたようだな。階層ごとに異なる姿を見せるというのも、あながちただの噂ではなかったのかもしれん。ただ、残念なことに、どうやらとんでもない畜生が通り掛かった後のようではあるが)
干乾びた死骸を眺めながら、収集家がそう零した。
特異な結界による大規模な空間操作が起こっていたのかもしれない。
ただその結界を力技で貫いてぶっ壊す様な魔術を、特に深い目的もなしに放った大馬鹿がどうやらいたようだった。
収集家の足が、枯れ果てた半魚鬼の頭部を踏み潰す。
収集家は宙を蹴り、裏に張り付いた肉片を飛ばした後、足元の砕けた死骸を見て、鼻で笑った。
「しかし、ここまでの外道は久々に見るわ。我も人の事を言えん身ではあるがな。フハハハハハ」
収集家は壁の大穴から空を眺めた後、階段を登って第四階層へと向かった。
四階層は、幻想的な森であった。これまでのダンジョンと形容するには手狭で、魔獣といえばゴブリンが死骸ばかりであり、あまりにお粗末な煉瓦造りの残骸とは違う。それなりの広さを持った森である。
様々な色の葉を付けた、木々が一面に広がっている。
(ほお、噂は本当だったのか。ふむ、なるほどこの結界は少々興味深い。だが……)
地面の辺りは何かが凄まじい勢いで通過した痕だらけであり、抉られ、掘り返されていた。
木に穴が開いている部分もある。
重傷を負った瀕死のドラゴンヘッドが、森の中には何十体もいるようだった。
群れを成して人を喰らうとされている、一流冒険者殺しのドラゴンヘッドの片鱗はそこにはない。
仲間の傷を舐め、哀し気な鳴き声を上げていた。
一般に高い価値があるとされているゴールデンドラゴンヘッドも、体中傷塗れで空を仰ぐように寝そべっていた。
見るからに満身創痍であった。
あそこまでやっておいて放置しているところを見るに、特にドラゴンヘッドに価値を見出して狩っていたわけではなさそうだ。
追い掛け回した跡があるところを見るに、特に脅威と認識していたわけでもないだろう。
「さすがの我も、これはちょっと引くわ……」
遠巻きから脅えた目で収集家の様子を窺うドラゴンヘッドを眺めながら、収集家は五階層へと続く階段へと向かった。




