十二話 ハイエルフの魔術師、デヴィン⑤
「お前……ハイエルフか?」
俺はエルフへと杖を向けて牽制したまま、そう言った。
ハイエルフは恐ろしいほど高い魔力と、傲慢な性格で有名である。
滅多に地上へ降りてこないため、目撃例は恐ろしく少ないが。
「んん? ノークスは変わった鳴き声なのだね。お前、だとか言われてしまったよ。ノークスの分際で、この私に名乗れだとか、フフッ。面白いねぇ、君」
長い指で口許を隠し、わざとらしく笑う。
ここまで馬鹿にされると、いっそ清々しい。
「メ、メアもアベルも、ノークスじゃありません! アベルはマーレン族ですし、メアもドゥーム族です!」
さすがのメアもエルフの言い分に腹が立ったらしく、エルフへと文句を言った。
エルフに睨まれると、一瞬身体を振るわせた後、俺を庇うように前に出た。
逆、逆! 怖いなら退がってていいんだぞ!
「マーレン! ああ、あのマーレン! 君達って、あれだよね? 地上のハイエルフだとか、自称してるんだよね? 面白いね」
確かに、そういう呼び名はあるそうだが、自称ではない。
あくまで他称である。
だが今ここでこいつにそれを持ち出されると、恐ろしくむかっ腹が立つ。
「…………」
メアが俺の表情を窺った後に無言で矢筒へ手を回そうとしたが、俺はそっとそれを手で遮った。
「……やめておけ」
俺が小声で言うと、メアも声を潜めて返してくる。
「で、でもあいつ、アベルの一族のこと馬鹿にしてますよ? いいんですか?」
「言わせておけばいいさ。悪口で身体が傷むわけでもないんだから」
「……こういうときアベル、割かし大人ですよね」
俺の制止を聞き、メアが手を降ろした。
感情的になってはいけない。
あからさまに喧嘩は売ってきているが、低姿勢で出ておけば適当に受け流せるだろう。
このエルフは、C級の魔獣の群れを一蹴できる石人形を操ることができるのだ。
ただの雑魚ではない。魔術師でいえば、イカロスやエベルハイドよりは数段上だ。
それに俺は今、疲れている。
ここに来て余計な諍いを起こしたくはないし、下手に言い返せばその分、この嫌味なエルフとの話が永くなるだろう。
ここはぐっと堪えるところだ。
「ああ、じゃあその木偶人形を使って戦うんだ。フフフ、知ってる? マーレンって昔、戦争があったときにハイエルフに地力で負けて、それから儀式に使ってた木偶人形を無理矢理武器に転用して、力勝負を止めて意表を突くような戦い方を始めたんだってね。かっこ悪くない? それって、純粋な魔力勝負じゃ勝てないって認めたってことだよね。せこせこその場凌ぎの戦いばっかり始めて。まだそのびっくり玩具、武器にしてたんだ」
「は?」
さすがに我慢の限界を超えた。
「君達にとっては遥か遠い昔のことでも、フフッ、私達にとっては、祖父の笑い話なんだよ。自分達がいつからそれを使ってたのかも知らないのかい。短命種は悲しいね」
「じゃあお前の爺ちゃんから聞かなかったのか? そのびっくり玩具で大怪我して逃げかえって来たってな。そっちの埋もれてる石人形も、そのお前の言うところの、俺のびっくり玩具でああなったんだぞ」
ぴくりと、エルフの真っ赤な方の目の瞼が神経質に動いた。
「ノークスノークス言ってた割には、随分とマーレン族に詳しいじゃないかよ。本当は一目見て気が付いてたんじゃないのか? あんまり意識してるのは恥ずかしいから、とりあえずノークスって呼んどこうって……」
つんつんと、俺の背をメアがつついた。
「あの……適当にやり過ごすんじゃ……」
ダンっと音を立てて、エルフが杖を地面に突いた。
音に反応し、メアがびくりと肩を上下させる。
「ノークスが私達ハイエルフにとって、取るに足らない存在であることを証明するのは簡単だよ。今この場で焼き殺すも、バラバラにするのも、凍死させるのも、私にとっては容易いことだ。唯一手間なのは、手段が多すぎてどれかを選ぶのが難しいってことくらいでね」
口調は不気味なほどに平坦だが、静かな殺気を感じる。
「だが、君達にとって幸いなことに、私はとてもとても誇り高い種族でね。不敬でもの知らずで短命種なノークスに、チャンスを上げようじゃないか。なに、その玩具で私のストーンサーヴァントを沈めたと言い張るのなら、簡単なことさ。私のストーンサーヴァントと、その玩具で、どっちが多くの魔獣を狩れるか勝負しようじゃないか。まさか、できない、なんて言わないよねぇ?」
「…………で、それはお前が勝ったらどうするんだ?」
「私は優しいんでね。そうだな、私が勝ったら、君達に好きな死に方を選ばせてあげよう。でも、心配する必要はない。もしも君達が勝てば、私は素直に引き下がるさ」
また口許を隠して笑って、それから左の赤眼を見開き、俺の目を覗き込む。
「私に楯突いたノークスは殺すが、殺すにしても、その前にしっかりと、教えてあげなければならないからね。種族の、格の差という奴を。よかったね、私が誇り高い者でなければ、この様な猶予もなく、君達は死んでいただろう」
「……もしも、仮に、俺が勝ったときの条件を出していいか」
「フ、フフフ! いいね、威勢がいいのも、世間知らずも、頭が悪のも嫌いだけど、獲物としては最高だね。いいさ、なんでも言ってみるがいいさ。私に勝てたらご褒美をあげよう。私はハイエルフの中でも、髄一の魔術師でね。ノークス如きに負けることがあれば、二度と天空の国の地を踏むことはできないだろう。私の命でも、なんでもくれてやろうじゃないか。天空の国は資源が豊富でね。魔石か? 金か? ノークスが一生遊んで暮らせるだけの財産を用意してあげよう。我らの魔導書でもいいぞ。ノークスの凡俗共には、喉から手が出るほど欲しいものだろう? 言うだけならなんでもただだ。さぁ、言ってみるがいい」
「そうだな……そんなに色々提示されたら、悩みどころだな。う~ん……ちょっと待ってくれ」
俺は靴を脱いで、その底をエルフへと突きつけた。
「うん?」
「舐めろ」
「……は?」
「俺が勝ったら、俺の靴の底を、舐めろ」
「……本当に、本当に、威勢だけはいいみたいだねぇ」
エルフが、赤眼を見開き、瞼をひくつかせながら、額に皺を寄せた。
「ア、アベルが、お金も魔導書も放棄するなんて……」
「ちょっと、こいつだけはさすがにムカついたわ」




