三話 とあるフィクサーの来訪③
「ペテロさんは、その……」
「ペテロ様に対して馴れ馴れしいぞ貴様! これ以上、そんな口を叩けば……!」
俺がペテロに声を掛けた途端、付き人達がまた声を荒げて怒り出す。
……さん付けが気に食わなかったのか。
とはいえ、こっちとしてはペテロが何者なのか知らない以上、どう対応すればいいのかなんてさっぱりわからない。
ハイル村長は司教だと言っていたが、どうにもそういう雰囲気でもなさそうだ。
「いいじゃないの。アナタ達、ちょっと騒々しい過ぎるわ。黙っておきなさい」
「し、しかし……」
「ワタシがいいって言っているのに、言うことが聞けないのかしら?」
「そ、そのようなつもりでは……! 申し訳ございません!」
付き人達がようやく大杖を下げる。
ペテロを崇拝している、というよりは、恐怖から従っているように見えた。
別に俺から見れば、ただの気のいいオカマのオッサンにしか見えないのだが、そんなに怖い人なのだろうか。
「あの、ペテロさん。その肌、造り変えたものですよね? そうですよね?」
俺が質問すると、ペテロの付き人達が殺気立つ。
しかし、ペテロだけは楽し気に笑っていた。
「さぁて、どうかしらね……そんなに知りたかったら、自分で確かめてみなさい」
そう言うとペテロは、まるで握手を求めるかのように、すっと片腕を俺の方へと差し出した。
俺はしばし呆気に取られていたが、ペテロが指をくいくいと俺を誘うように曲げるのを見て、ようやく理解した。
これは、触って確かめてみろ、という挑戦である。
錬金術師ならば、物質に魔力を流し、物の状態を探ることは基礎である。
「上手くできたら……そうね。とりあえず、アナタの名前を覚えておいてあげるわ。また今度会ったときに、何かご褒美を上げてもいいわよ」
試されている。
俺の錬金術師としての腕が今、試されているのだ。
俺はごくりと唾を呑んだ後、腕をすっと前に出した。
「ペテロ様、あまり不用意にこのような者に近づいては! ご自分の立場をお忘れですか!」
ペテロの付き人の一人、ローブの女が叫ぶ。
「わかっていないわね。敵意があろうがなかろうか、ワタシを傷つけられる者なんていないのよ。特に、魔術師の中ではね」
ペテロがローブの女を鼻で笑う。
俺は女の声を聞いて手を止めていたが、ペテロが急かすように目を合わせてきたので、ペテロの手を取って握手した。
それと同時に、ペテロの身体へと魔力を流した。
反射して戻って来た魔力を調べることでペテロの身体の情報を知ることができる……はずなのだが、魔力が一切戻ってこなかった。
俺が驚いていると、ペテロが勝ち誇ったようににんまりと俺の顔を見た。
そのとき、ピアスが振動しているのが見えた。
恐らく、ピアスが身体に流された魔力を吸い込み、蓄える力を持っているのだ。
それによって一部の魔術干渉を絶つことができる魔法具なのだろう。
俺は負けて堪るものかと、流す魔力量を引き上げながら、魔力の質を少しずつ変えていった。
何かあの魔法具に穴があれば、対応できない魔力の状態というものがあるかもしれない。
俺は魔力解析に掛けては絶対の自信があった。
あっさりと引き下がる気はない。
「フフ……無駄よ。ちょっと意地悪しちゃったかしら? でも、気づいただけでもさすがね。さすが、マーレン族といったところ……ん?」
ピシッと、ペテロのピアスに罅が入った。
「あ」
パァンとピアスが弾け、金属塊が耳を抉り、更にはペテロの頬へと突き刺さった。
「ああ、ああああああっ!?」
ペテロが頬と左耳を押さえながら、その場に蹲った。
血がぽたぽたと垂れている。
メアも、ペテロの付き人達も、しぃんと静まり返っている。
俺も正直解析の範囲で魔力を流しているだけのつもりだったので、こんなことになるとは思わなかった。
少し興奮して加減を間違えたかもしれない。
でもちょっと大目に魔力を流されただけで耳ごと弾け飛ぶ魔法具を付けている方も悪いとは思うが、今の俺にそれを指摘できるだけの厚かましさはさすがになかった。
そもそもあまり知らない魔法具だったので、なんともいえない。
ただ一つ言えることは、確実に俺がやらかしてしまったということだけである。
「す、すいません! わざとじゃないです! わざとじゃないんです! あの、俺治療しますんで……」
「あ! さ、触らないで……」
俺がペテロの左耳に触れると、右耳のピアスも弾け飛んだ。
「きゃあああああああっ!?」
どうやら右耳にも同じものを付けていたらしい。
回復のために魔力を流そうとして焦って凡ミスしてしまった。
ペテロは両耳から血を垂れ流したまま床に蹲った。
痛みのためか、ペテロの顔は脂汗塗れになっていた。
俺も自分のしでかしてしまったことに焦っており、冷や汗が頬を伝うのを感じていた。
「す、すいません! いや、だって、こんな……そんな……」
喉まで出かかった、ちょっと魔力流しただけで壊れて本人が怪我するような粗悪品身に着けてドヤ顔で人試しに来た奴の方が悪いという言葉を、俺はどうにか呑み込んだ。
「ち、違うんです! アベルはその、ちょっと加減ができないときがあるだけで、本当に悪意はないんです!」
メアが俺とペテロの付き人達の間に飛び出して弁解してくれたが、付き人達にはそれを聞き入れてくれる様子はない。
「ペテロ様になんという無礼を!」
「すす、すいません! いや、もう、本当にすいません!」
「すいませんで済むわけがなかろうが! その矮小な命で償ってもらうぞ!」
ペテロの付き人の二人が、殺気立った様子で杖を振るう。
「কাঁটা যাক」
付き人の一人が、メアへと向けて呪文を詠唱する。
「す、すいません! ちょっと……」
俺は杖を振るい、咄嗟に魔法陣を描き替える。
付き人の杖先から出た茨は、そのまま本人へとカーブして戻っていく。
鞭のように撓った茨は、ベチーンと付き人の顔面を殴打する。
被り物が外れ、付き人は顔から血を噴出しながら壁へと叩きつけられた。
「ぶほっ!?」
女の顔が露になる。
大の字になって壁に張りつき、だらんと床の上に倒れた。
「う、うううっ……」
一人の付き人は、後退しながら部屋の出口の方へと近づいていた。
さっき怒鳴られていた赤髪だ。他の付き人に比べてやや意識が低く見える。
新入りなのかもしれない。
最後の一人の付き人が、俺を睨みながら杖を構える。
「やってくれたな……。ペテロ様を敵に回すということの意味が、わかっていないようだ」
「お、落ち着きましょう! 一旦、落ち着きましょう!」
俺が言いながら杖を構えると、付き人はびくりと肩を震わせながら三歩後退した。
「শিখা এই……」
付き人が杖を振ったので、俺は魔法陣を描き替えるべく集中力を高める。
「そ……そこまでにしなさい」
ペテロが息を荒げながら立ち上がった。
手にはバラバラになったピアスの破片を掴んでいたが、つまらなさそうに溜め息を吐き、手を広げて床へと捨てた。
「……ちょ、ちょっとゲームをして、ワタシがヘマをしただけよ。アナタ達の忠誠は買ってあげるわ。でも、あまりこのワタシに恥を掻かせないでちょうだい」
「し、しかし……」
「今日はアナタ達、随分と物分かりが悪いのね。がっかりだわ」
「も、申し訳ございません!」
付き人は構えていた大杖を下げ、床に落ちていた被り物を拾ってから端に倒れている女へと近づいて彼女に被せ、肩を貸して持ち上げる。
それから確認を取るようにペテロへとアイコンタクトを送っていたが、ペテロはそ知らぬふりをしているようだった。
「アナタ……随分と、魔力量が多いみたいね。名前……なんだったかしら?」
「いやぁ……そんな。アベル、アベル・ベレークと申します」
俺は照れ笑いを浮かべながら対応した。
やっぱりちょっと偉そうな人から魔術の腕を認められるというのは、嬉しいというか、照れるというか……。
「……そう、アベル・ベレークね。アベル・ベレーク。忘れないようにしておくわ」
ペテロはブツブツと俺の名前を復唱していた。
「次会ったときに、何かくれるんですね?」
俺は気恥ずかしさを誤魔化そうと、冗談めかしてそう言ってみた。
「つ、次!? そ、そうね……いつ会ってもいいように、準備しておくわ」
「なんだか近い内にまた縁があるような気がしますし……」
「…………そう、かもしれないわね」
ペテロは顔を逸らしながら、その場から数歩退いた。
「部下が早まって迷惑を掛けたわね。それじゃあワタシは、そろそろここを出るとするわ」
「あれ、もう行かれるんですか? リーヴァイ教徒とのことは……」
「……ちょっと体調が悪いみたいね。色々と話をしたいのはやまやまだけど、部下とまた合流の約束もあるから、そろそろ行かせてもらうわ。概要は王都の方で耳にしてるから、気にしなくても大丈夫よ。アナタのことを知れたのが、ここに寄った一番の収穫だったわ。それじゃあ行くわよ、アナタ達」
ペテロは顔を押さえながら部下達へと指示を出し、室内から引き上げて行った。
その背を見て、ようやく緊張がほぐれつつあるような気がした。
一時はどうなることやらと思ったが、やっぱり偉い人は器量も大きいようだ。
ちょっと不気味だったが、優しそうな人でよかった。
忙しそうなのが残念なところだが、また今度ゆっくりと話をできる機会があるといいのだが。
「ゴフッ! ゴフッ! ゴフッ!」
「ペテロ様! ペテロさまああああああっ!」
廊下の方から、激しくペテロの咳き込む声と、部下の悲鳴が聞こえてきた。
……ひょっとして、体内にも何か魔法具かそれに類するものがあって、それに異常が出たのではないだろうか。
「ちょ、ちょっと俺、ペテロさんの様子を見てくる……!」
「も、もう止めてあげてください……」
部屋を飛び出そうとする俺の腕を、メアが掴んで止めた。
 




