二話 とあるフィクサーの来訪②
俺はハイル村長に連れられて、パルガス村の端にある建物へと、メアと一緒に足を運んだ。
建物の前には、黒いローブを身に纏い、顔を隠す大きな被り物をした人物が立っていた。
ローブにクゥドル教のシンボルであるクゥドルの触手が刺繍されている他、触手が絡み合っているような不気味なデザインをした石の杖を持っている。
確かにクゥドル教徒らしくはあるが、あまりにも怪しい。
これがペテロ……? いや、ペテロの手下か何かか。
クゥドル教徒らしき人物は俺達を見ると近づいてきて、ハイル村長を見ると、向こうに行っていろとでも言うかのように、不躾に杖を遠くへと向けた。
「村長殿はお下がりください。ペテロ様は、少数での面会を望まれておいでです」
顔がほとんど隠れていたため性別が今までわからなかったが、声の調子から察するにどうやら女のようだった。
「は、はい……」
ハイル村長は頭を下げた後、俺の方を心配そうにちらりと見た。
……確かに胡散臭くはあるが、ここで逃げるわけにもいかない。
放っておいても後々カドが立ちそうな相手である。
俺は作り笑いを返した後、一歩前に出た。
「あ、あのぅ……それって、メアもダメなんですか?」
メアが恐る恐る、ローブの女へと尋ねる。
女は口許に手を当てた後、ちらりとメアの頭の角へと目をやった。
「……ドゥーム族?」
そう呟いた後に数秒ほど何やら思案している様子ではあったが、「……よろしいでしょう」と言い、建物の扉を開けて俺達を招いた。
「お二方、今日という尊き日に感謝を。ペテロ様に拝謁するということは、とても名誉のあることです。……ですが、くれぐれも失礼のないように。そのときには、私が貴方方を消さなくてはならなくなりますので」
女はそう言い、口許に微かに笑みを浮かべた。
まるでそうなることを望んでいるかのようだった。
「アベル殿……メア殿……その、お気をつけてくだされ」
ハイル村長が見守る中、俺とメアは建物の中へと入った。
通路を歩きながら、俺は色々と考え事をしていた。
そのペテロとやらがここに来たのは、ひょっとしたら俺がファージ領であれこれと冗談半分半分本気で企画していた研究内容が、どこかからか漏れたからではないだろうか、と。
世の中には、研究に没頭するがあまり、人理から外れた魔術師が多々存在するという。
彼らの大半は気狂いの自己中心的なサディストで、おまけに魔術の腕が立つため通常の冒険者ではまったく手に負えない。
そのため教会が人理から外れた魔術師狩りを専門にした集団を組織している、という噂を耳にしたことがある。
もしかしたらペテロがそれなのではないかと考えたのだ。
俺は多分、セーフの方に入ると思うが……いかんせん、ファージ領では色々とやりすぎた気がしなくもない。
特に俺がラルクに渡した生体魔術に関する研究企画書は、敢えて大袈裟に書いていた節があった。
人間、恩がある相手に一度断った後は、なかなか二度続けては断れないものである。
そのため俺は本当の企画書の他に、敢えて断らせることを前提に作った企画書を用意していた。
それが何らかの理由で王族の目に入りペテロが送られてきた、という可能性もなきにしもあらずである。
「……アベル、汗凄いですよ? 風邪じゃありませんよね?」
メアが心配そうに言う。
ローブの女が、ちらりと俺達の方を振り返った。
通路をしばらく歩いた先の、最奥部の部屋にそいつはいた。
さらりとした長い髪をしており、目元は仮面で隠されていた。
肌はマーレン族に負けず劣らずの色白で、唇には真っ赤な口紅が塗られている。
両脇には、案内役の女と同じローブと被り物をした奴らが二人立っていた。
一目見て、異様な人物であった。
「ワタシがペテロよ。ようやく来たのね。アナタが、この領地の英雄さん?」
声を聞いて、ようやく男であることがわかった。
「珍しいわねぇ、マーレン族とドゥーム族が仲良くしてるなんて」
「……ん?」
ふと、ペテロが手にしている杖が目についた。
邪悪な輝きを放つ、大きな水晶体が先端に取り付けられている。
どこかで見覚えが……と思っていると、ペテロの後ろに肌の青い童女が立っており、ムスっとした表情で俺の方を睨んでいた。
「ゾロモニアの杖……?」
俺が呟くと、ペテロの付き人の一人が手にしていた石杖を落とし、大きく退いて俺から距離を取った。
「ゲッ、き、貴様は……!」
被り物のせいで顔が見えないため何とも言えないのだが、どこか聞き覚えのある声だった。
「ワタシの部下になったら、我を殺して不要な発言はしないでちょうだいって言ったわよねぇ? 次は、ないわよ」
ペテロが声を上げた男に対し、露骨に不快感を示す。
「申し訳ございません! し、しかし、しかし……」
男は謝りながらも、俺の方をめっちゃチラチラと睨んでくる。
それから出口の方へと目線を移し、露骨にこの場から出ていきたそうな素振りを見せていた。
「メア、あの赤髪見覚えあるか?」
「どうでしょう? ロマーヌの街で見たような気も……」
俺がメアと小声で話をしていると、俺達を案内した女がこほんと咳払いをした。
ペテロ様の前で小声で身勝手な話をするなど不敬でしょう、とでも言いたげな様子である。
しかし、なぜこの男がゾロモニアの杖を持っているのか。
あれはガストンが冒険者支援所に引き渡した後、然るべき場所で保管される、という話になっていたはずなのだ。
そもそもゾロモニアの杖は危険すぎるため、個人が所有することは硬く禁じられている。
教会関係者の偉いさんが持ち歩いていいものではないはずだ。
「あの、貴方はいったい……」
「あまり硬くならないでちょうだい。ワタシは単に、教会上層部として、異教徒を捕らえたアナタの功績を讃えに来ただけなのよ」
ペテロはそう言い、毒々しいまでに赤い舌を伸ばして舌舐めずりをした。
俺はペテロの顔を近くから見て、ふと気が付いた。
この肌……明らかに、天然のものではない。恐らく錬金術を用いて作り替え、老化を遅らせているのだろう。
そのような錬金術の使用は、はっきりと禁忌である。
族長も魔術で老化を遅らせてはいたが、アレは魔力で肉体を活性化させていただけであり、肉体を作り替えるのとはまたわけが違う。
よく見れば、身に着けている装飾品からも、あまり真っ当ではない魔力の流れを感じる。
「貴方……」
生体魔術の行使に関する処罰でやってきたのではないかと勘ぐっていたが、とんだ思い違いであった。
ペテロ……この人は恐らく、俺の同類である。
そう気が付くと、なんだか一気に興奮してきた。
久々に魔術トークが楽しめそうな相手である。
俺は表情を緩め、手をワキワキさせながらペテロへと近づいた。
「ペテロさんって何歳くらいですか? その肌、何やってるんですか?」
ペテロがぽかんと大口を開ける。
すぐさまローブの女が俺の横へと回り込み、石の大杖で俺の肩辺りを押さえ、俺の動きを牽制した。
「痛っ!」
「ペテロ様に失礼のないようにと、あれほど申しましたのに……!」
「い、いえあの、俺は純粋に……」
俺は焦って弁解しようとするも、そんな間もなくペテロの両脇にいたローブの二人組も、俺の頭へと目掛けて大杖を構える。
「いいわ、放してあげなさぁい。保険まで掛けてあるのに、一目見ただけでわかったなんて、なかなか面白い子じゃない」
「ペ、ペテロ様!?」
ローブの三人は納得がいかない様子ではあったものの、ゆっくりと大杖を下げる。
よかった。部下は少々血の気が多いようだが、本人は普通に話が通じそうな人だ。
ペテロは俺を舐め回すように見ながら、ぺろりとまた毒々しい色の舌を出した。




