二十八話 後日談
三日後、俺はリーヴァイを迎撃した広場で、ハイル村長からの表彰を受けていた。
「アベル殿、此度はパルガス村を救っていただき感謝する。村の代表として礼を述べさせていただく」
ハイル村長が深く頭を下げ、表彰状を俺へと手渡ししてくれた。
村人達の拍手の音が四方八方から聞こえてくる。
なぜか誇らしげに胸を張るメアを尻目に、俺はハイル村長へと小さく頭を下げた。
「ど、どうも……」
あまり慣れない集団の視線の中に晒された俺は、どうにも気持ちが落ち着かなかった。
正直、早く静かなところに戻ってオーテムでも彫っていたい。
リーヴァイを迎撃した後のことはスムーズだった。
身体中木の棒で打ち回されていたネログリフの回収にも無事成功した。
正直こいつは死んでてもよかったのにとも思ったのだが、幸か不幸か、三階から落ちて袋叩きにされていたというのに、八か所を骨折しただけで済んでいた。
教徒達もネログリフとリーヴァイの醜態には思い思いのショックなことがあったらしく、ほぼ全員無抵抗であり、村人達の協力もあって捕縛は非常に容易であった。
村人達が教徒から引き出した事の真相によれば、教徒達は最初から侵略目的の自作自演であることは理解していたが、リーヴァイを引き合いに出した悪魔裁判の悪用をネログリフが主導で行っていたことと、ネログリフのクロエへの仕打ちがあまりにショックだったようだ。
とりあえずは早急に領主であるラルクへと連絡を取り、王都へ報告をした後に向こうの指示に従うことになっている。
恐らくはマリアス一派と同様、別領主の管轄の地へと護送することになるだろう。
ハイル村長は事件の翌日には既にリヴグラスの効果で意識を取り戻した。
それからは村を牛耳っていたリーヴァイ教徒に代わり、村を仕切っている。
そもそも俺が送り込まれて来る発端になった、ラルクがたまたま手にした紙片は、ポーグでの手紙の受け渡しがリーヴァイ教徒に阻害されたハイル村長が、躍起になって送っていたものの一つだったそうだ。
ハイル村長は山ほど手紙を出していた際に目を付けられ、病魔の呪いを狙い撃ちされたのだろうと憤っていた。
同日に俺はネログリフを脅し、病魔の元凶であった悪魔を召喚させてその場で即完全消滅させることで、ようやく完全にパルガス村から病魔を切り離すことに成功した。
まだ体調不良者は残っているが、ただの風邪程度である。
安静にしてさえいればじきに治るだろうとのことだった。
表彰が終わったのち、俺は元リーヴァイ教の教会堂にて、机の上に顎を乗せてぐったりとしていた。
「あー……気疲れした。オーテムでも代わりに置いておけばよかった」
「……それはさすがに失礼なんじゃないですか」
俺はせっかくなのでガラガラになったリーヴァイ教の教会堂を宿代わりにしてメア、エリアと共に泊まっていた。
因みに村全体の方針としては、建てられた大量の教会堂は一部は他の施設として再利用し、残りは壊してしまうらしい。
ハイル村長曰く『見ているだけで腹が立つ』とのことだった。
「はぁ」
椅子に座っていたエリアが、死んだ目で溜め息を吐いた。
エリアは教団から解放された後、他の村人と一緒にリーヴァイ教団のローブを踏みつけていた。
割かし大人しい人だと思っていたのでちょっと驚いた。
よほど苛立ちが溜まっていたらしい。
「エ、エリアさん、無事で本当に何よりでした……ははは……」
「…………」
エリアが目を細め、ジロリと俺を睨んだ。
「や、やだなぁエリアさん。さ、最近なんか、冗談が上手くなりましたね。はははは……」
わざと怒っている振りをするギャグなのかと思ったが、俺が場を濁そうとしてもエリアの目はそのままだった。
ち、ちょっと本気でちょっと怒ってるぞ、あれ。
リヴ・フォーグを取りに行ってから完全に教団の中に放置していたことをかなり根に持っているのかもしれない。
ちなみにこの教会堂には、今回の戦利品も蓄えている。
たんまりとリーヴァイ教の私物からアログア石が見つかったのだ。
本来ならば王都に押収品として渡すべきなのだが、ハイル村長に頼んで一部を戦利品として横流ししてもらうことにした。
他にも面白そうなものがあれば譲ってもらうことになっている。
「あれ……いいんですかね?」
メアがアログア石の山をちらりと見て、恐々と尋ねてくる。
「村長の許可はもらったし、それに俺結構頑張った自信あるし……あ、あれくらい、いいじゃん……」
万が一咎められたら、すっとぼけた後に平謝りする所存である。
アグロア石はディンラート王国ではそうそう手に入るものではない。
素直に引き渡してしまうにはあまりに惜しい。
きっと俺じゃなくても、魔術師ならば誰だってこうするはずだ。
戦利品といえば他にもある。
右手の甲へと魔力を込めれば、槍を象徴化したような紋章が浮かび上がってくる。
これはリーヴァイの腕にあった、リーヴァイの槍の召喚紋である。
リーヴァイの腕を保管し、俺が一日掛けて込められていた魔力ごと移したのだ。
調べてみてわかったことだが、リーヴァイの槍は錬金術によって生成された特殊な金属に精霊を閉じ込めたものであり、これ単体で一つの悪魔のようなものであった。
要するに俺の作ったラピデスソードと同じようなものである。
この召喚紋を用いて実際槍を手元に移すこともできる。
サイズが大きすぎるので、下手に呼び出せば建物が崩壊するが。
リーヴァイの槍は今回最大の戦果といえよう。
本物かどうかは未だにわからないが、かなり高度な魔法具であることには違いない。
解析して俺が思わず唸った程である。
アログア石の横領は咎められれば全力で謝罪して引き渡すつもりだが、リーヴァイの槍だけは死んでもお国には渡さない覚悟である。
リーヴァイの腕も教会堂の地下に結界を張って厳重に保管していたのだが、急に変形を繰り返した後、崩壊してしまった。
変形が興味深かったので様子を見ていたのだが、急に暴れたのでその辺りにあったものを手当たり次第ぶつけたのもまずかったのかもしれない。
石化でもしておいてゆっくりと研究するのが一番無難だっただろう。
本物ならば、とうに滅んだはずの神話時代の神の一部である。
値がつけられないほど高価なものだっただろう。
ただ俺としては、リーヴァイ自体が精霊体であったことが一番の驚きだった。
四大創造神が永く生きたために力を付けすぎた悪魔であると主張する学者は昔からいたそうだが、中には教団から目を付けられて処刑された者もいるくらいだ。
単にいくつもある説の一つという位置付けではあったが、本当に創造神であるならば生命の断片から生まれる精霊から形成されているわけがなく、神話の大部分が四大創造神自体が自らを支配者として箔付けするための創作であった、ということになってしまう。
創造神が創ったものなのだから、創造神の身体と同じもので魂が構成されていても不思議ではない、という考え方もできないことはないが。
今回に限っては、あの自称リーヴァイ自体がただの悪魔のなりすましであったとも考えられるが……何にせよ、長生きしたければ素知らぬ振りをしておくのが一番だろう。
教徒達は本物だと言い張っているが、村人達の間ではリーヴァイ教の一部の過激派が悪魔の神騙りに騙されたのだろうという理解が広まっている。
王都へもそう連絡する予定だ。
「……そういえば、あれ、どこにあった?」
「え、あれ……? ああ! あの、メアの見つけたリヴグラスの製法の記した紙ですか! メアの見つけた!」
「てっきり処分したと思ってたんだけど……よく見つかったな」
「えへへへ……。えっと、食器棚の奥の鍋の下に、ひっ付いていました」
メアは照れ笑いした後、やや口ごもり、言い辛そうにそう口にした。
「あー……そこだったか……あー……」
リヴグラスを作るのに適した道具を使おうと、一回ハイル村長邸にある鍋やらなんやらをあっちこっちから引っ張り出してきて比較していたのだ。
恐らく、その内の一つの下に挟まり、そのまま貼り付いていたのだろう。
ぜ、全然厳重に保管してねぇ……。
記憶の中ではもう少しきっちりと管理していたつもりだったのだが、実際は随分とぞんざいな扱いをしてしまっていたようだ。
リヴグラスに夢中で意識が傾いてたので、仕方のないことだったのかもしれないが。
しかしそのおかげでネログリフを炙り出すことができたので、ある意味レシピ様様ではあった。
結果オーライという奴だろう。
メア、エリアとあれこれ話をしていると、呼びベルを鳴らす音が聞こえてきた。
「……ん? ハイル村長かな」
「メア様子見てきますね」
「いや、俺も……」
結局俺とメアの二人で玄関まで向かい、扉を開けた。
見覚えのあるポニーテール頭の少女がいた。
「あーよかったー! メアちゃん大丈夫だった?」
少女はばっとメアに飛びつき、そのまま抱き着いた。
「ごめんね! アタシの紹介したところが、こんなに大事なってたなんて全然わかってなくて! 領主さんのところ会いに行ったら、アベルちゃんがどうにかしてくれたって言ってたから安心したのに、また危険なところに送り出したなんてふざけたこと言ってたからさぁ! もうアタシ心配で心配で……」
アッシムの街で会った女冒険者、シェイムである。
ロマーヌの街にマーレン族が来訪していたことを教えてくれた上に、ファージ領を紹介してくれた恩人である。
ファージ領の一件を聞きつけ、大慌てでこちらまで様子を見に来てくれたらしい。
「お、大袈裟ですよシェイムさん。大丈夫です、アベルがいますし……」
メアがそう言った後、シェイムが俺の方へと目を移した。
猫のように丸っこい目を細める。
「駄目よ、アベルちゃんも。魔術には自信あるみたいだけど、あんまりメアちゃんを危険なところに付き合わせちゃ。……ファージ領を紹介したのはアタシだから、強くは言えないんだけど」
「は、はい……」
確かに俺の好奇心に付き合わせてしまい、危険な地に同行させてしまった節がある。
特に今回は一歩間違えていれば、何がどうなっていたかはわからない。
実際俺の行動が迂闊だったせいで、メアを人質に取られる可能性もあった。
「次からはもう少し慎重になります……」
俺が項垂れていると、メアがむっと口許を歪ませた。
「メアが好きで付いていったんですから、問題ありませんよ! それより置いてけぼりの方がイヤです! シェイムさんには感謝はしてますけど、あんまり口挟まないでください!」
「メア……!」
「……メアちゃんはあんまりアベルちゃん甘やかしちゃダメよ。この子、しっかり手綱引かなきゃどこまでも走って行っちゃいそうだから。そのうち本当にまずいところに首突っ込んじゃって殺されちゃうわよ。悪魔って、ヤバい奴は本当にどこまでも底なしにヤバいんだから」
「……メア、が、頑張ります」
「俺もなるべく気を付けます……」
「うむ! それでよーし」
シェイムは腕を組み、ふーと鼻から息を出す。
「でも、メアちゃんとアベルちゃんの無事が確認できてよかった。ちょっち振りに顔も見れたし! 元気そうでよかったよ。アタシは忙しいから、またアッシムの街に戻らないと……」
「本当にそれだけの用で来てくれたのか?」
「ん! どーしてもメアちゃんとアベルちゃんのことが気になっちゃってね」
フラフラしているように見えて、かなり責任感が強いらしい。
自分が薦めたのが引っかかっていたのだろう。
「なんだか悪いな。移動費も、ただじゃないだろ。俺からちょっと……」
「ししー! せっかくだから、ついでにファージ領から帰ってこなくなった恋人の安否を確認してくれって依頼受けてきてるから、その辺りは心配しなくてもいーよ」
ちゃっかりしている……。
早めに戻らなければならない、というのもそのこと絡みだろう。
「その恋人さんは元気だったんですか?」
メアが心配そうに尋ねると、シェイムが口元を押さえながら笑った。
「元気元気! ぷぷっ! なにせ二人も子供を産んでたんだから。幸せそうだったよ」
「よかったー! ラルクさんのいる方ですよね? 赤ちゃんいるんですって、赤ちゃん! アベル、後で見に行きましょうよ!」
…………。
少し引っ掛かることはあったが、メアも嬉しそうだったので、俺は特に触れないでおくことにした。




