二十話
リヴ・フォーグ(×50)を手に入れた俺は、無事にパルガス村へと帰還した。
リヴ・フォーグを詰めた瓶は一つの袋に纏めてオーテムの上に乗せて運んでおり、オーゲンは大型のオーテムの中に監禁しながら移動させてきた。
村に入れば、多くのリーヴァイ教徒やパルガス村の民達が出迎えてくれた。
村の入り口の辺りで、一斉に駆けつけて来てくれた。
「お、おい……あれ、リヴ・フォーグじゃないのか……」
「違うだろ、そんなわけがない。そんなこと、あり得るはずがない……。第一、オーゲンさんやカムラさんまで付いていたのに、そんな真似を許すはずがない」
「でも、カムラさんもソフィアも顔死んでるぞ……」
「オーゲンさん何やってんだ……」
教徒達は皆、顔を真っ青にして小声で何かを言い合っていた。
どうにも不穏な様子である。
やっぱり、ダース単位で狩ってくるのはまずかったのかもしれない。
「なぁメア、やっぱりあんまり喜ばれてなくないか?」
「んー……驚いてて、頭が付いて行かないんじゃないですか? 教徒の人が数日掛けて一体も捕まえれてなかったみたいですし……」
「でもなんとなく雰囲気が違う気がするんだが」
俺とメアがぼそぼそと小声で言い合っていると、カムラが俺の肩を掴んできた。
「と、とりあえず、ここは適当に流してネログリフ様への報告へ向かうぞ。ここで時間を取られてはいられないし、オーゲンのことも……簡単に公言できることじゃない。リヴ・フォーグにしても慎重に扱う必要がある。今は、下手に何も喋らないでくれ」
なるほど、リヴ・フォーグにしろ、オーゲンにしろ、下手に扱えば村内で余計な疑心暗鬼を招く可能性がある。
リヴ・フォーグについても、リーヴァイ教は一般の村人達にどこまで説明しているかはわからない。
ネログリフは簡単に教えてくれたが、どうやらリーヴァイ教内でも大っぴらにはされていないような口ぶりだった。
俺が変に口走るわけにはいかないだろう。
「事情はわかりました。なるべく伏せる方針で行きましょう」
「……ああ、それに万が一、リヴ・グラスが何らかの事情で使えなくなってしまったとき、期待させた分だけリーヴァイ教自体が失望を買いかねない」
「ん? あー……はい、なるほど……」
よくはわからないが、喰い下がる理由もない。
とりあえずは納得した振りをしておくことにしよう。
「じゃあ、ここは愛想よくだけしておいて駆け足でさっさと通り抜けるぞ」
「リ、リヴ・グラスが使えなくなっちゃう可能性ってあるんですか!? メア、そんなの聞いてませんよ!」
カムラが話を纏めようとしたとき、メアが口を挟んできた。
俺が別に訊かなくてもいいかと流したところを、しっかりと拾いに行った。
それを聞き、カムラがやや表情を歪める。
「ま、万が一だ! あり得ないとは限らないが、保険というかだな……」
カムラが助けを求めるようにソフィアへと目を向ける。
「え、ええ! とにかく、ネログリフ様の指示を仰がないといけませんから。私も、こんなにたくさんリヴ・フォーグが手に入るなんて、思ってもみなかったもので、扱いに少し戸惑ってしまいまして……イレギュラーの多い旅路でしたし、まずはネログリフ様への報告を優先しましょう!」
リーヴァイ教も縦社会なのか、やたらとネログリフの判断を大事にしているように見える。
ネログリフは別に上下関係や規則には緩そうに見えたが、組織としてはそうもいかないのだろう。
「……ん?」
ふと離れたところに、見慣れた顔を見つけた。
困惑している様子のリーヴァイ教徒に囲まれた、エリアである。
なぜかリーヴァイ教のローブに身を包み、恨みがましげな眼で俺の方をじーっと無表情で見ている。
俺はつい目を逸らし、足を速めた。
……い、今はとにかく、ネログリフへの報告を優先しないとな!
「カムラさん、どういうおつもりですか! なんですかあの巨大な荷物は! せっ、説明を! オーゲンさんは何を遊んでいるのですか! あなたもいったい何をやっていたんですか!」
複数の若い教徒が、困惑した顔でカムラへと集まって来る。
カムラは彼らを睨むと、手を大きく横に振って遠ざけた。
「すまないが、俺達は大神官ネログリフ様への報告を急がなければならない! 道を通してもらう!」
カムラが声を張り上げ、あつまった村人や信者達を散らしていく。
そうこうしていると、村人の一人がカムラへと詰め寄ってきた。
「万能薬の素材を捜していたのですよね? 成否くらいは、聞かせてもらっても、その……妻が、もう、限界が近くて……」
「ネログリフ様への報告が優先だと言っているだろうが!」
カムラが顔に苛立ちを浮かべ、村人を手で押した。
村人は地面へと倒れてしばし呆然としていたが、カムラの機嫌を損ねたのはわかったらしく、泥に汚れた服に気を留めず、ただ地に頭をつけてカムラへと謝罪していた。
カムラはその様を見返しもせず、ずかずかと先へと歩いてく。
「別にあそこまでしなくても……」
メアがカムラの様子を見て、頬を膨らましながらそう零した。
「カ、カムラさんも、こんなにリヴ・フォーグが取れて浮足立っているのですよ! 私達も、早くカムラさんに続いてネログリフ様へ会いに行きましょう! あの村人さんを安心させてあげるためにも、早くネロ・グリフ様と今後の方針について話さないと」
ソフィアがカムラの言動にフォローを入れつつ、メアの背をぐいぐいと前に押し出していく。
俺はまだ地に頭をつけている村人をしばし見つめていると、不意にズボンを何者かに掴まれた。
目線を下げてみれば、まだ八歳程度の小さな女の子だった。
目には涙を浮かべており、じっと俺の顔を見上げている。
手を外そうとぐいぐいと足を動かすが、思いの外力が強い。
さすがに力負けはしないが、罪悪感も合わさってなかなか切り抜けられない。
「あの、俺行かないと……」
「お兄さん……マ、ママは、助かりますか?」
不安そうな掠れた声で、女の子はそう言った。
俺はつい堪え切れず、その場にしゃがんで手を招き、女の子の耳の近くへと顔の高さを合わせた。
「大丈夫だ。俺が、二百人分くらいの原材料集めてきてやったからな。薬が出来次第、配られるはずだ」
女の子はぱぁっと顔色を輝かせ、しゃがんだ俺に飛びついてきた。
「ほ、ほんと? お兄さん、ありがとうございます! ありがとうございます!」
俺は女の子の頭を撫でてから引き離し、小さく手を振ってその場を離れた。
女の子は、俺が離れても大きく手を振っていた。
ああいうのを見ると、いいことをしたんだという実感が湧く。
喋らないでくれとは言われたが、このくらいはセーフだろう。
「アベル、何してたんですか?」
「いやなに、ちょっと……」
メアから聞かれて答えようとしたところで、ふと尻目にさっきの女の子が映った。
「リリィちゃん、さっきあの白い人から何を聞いたんだい?」
「お兄さんね! お薬二百人分くらいの材料を取ってきたから、もう何も心配はいらないって! もうみーんな助かるんだって!」
「そ、それは本当か!」
一気に大騒ぎが伝達していき、やがてそれは歓声へと変わった。
大喜びで抱き合う者の姿もあれば、大声で村が救われたことを叫びながら走っていく者もいる。
俺達の方へと何度も何度も頭を下げている人もいた。
「…………」
く、口止めするべきだった……。
まぁ、そこまで大したことではない。
順当に行けば、薬を作って終わりなのだ。
別に今伏せる意味も、俺は特に感じてはいなかった。
カムラやソフィアとて、そこまで重要視していないだろう。
「いやぁ、すいません、カムラさ…………ん?」
カムラは、唇をわなわなと震わせながら村人達を見ていた。
目が、完全にキレている。
ぼそっと小声で「何してくれやがる……」と呟いた。
トーンがマジだった。
「すいませんカムラさん……いや、申し訳ございませんカムラさん。そ、そんなに、大事でした? 俺は別にそんな、出し惜しみしなくてもいいんじゃないかなと……いや、言い訳したいわけじゃないんですけど……」
カムラは俺の言葉を無視し、ふらっと顔を前に向ける。
そしてその先を見て肩をびくりと震わせ、仰向けにすっ転んだ。
「ネ、ネログリフ様!」
カムラの視線を追えば、ゆっくりとこちらに向かってくるネログリフとクロエの姿があった。
クロエは手にした大杖の持つ握力を強め、青筋を浮かべてカムラを睨んでいた。
リヴ・グラスさえ一定量手に入れば、クロエ一派の計画は頓挫せざるを得なくなるはずだ
それに恐らくはクロエの部下であったオーゲンも今は無力化済みである。
心中穏やかではないのだろう。
俺はクロエを睨みつける。
今回の敵は、こいつだ。
ボスが他にいるかどうかはわからないが、リーヴァイ教の別派閥の重要な位置にいることは間違いないはずである。
クロエは俺の視線に気づき、目を見開いた。
大分お怒りの様子と見える。
「おお、アベル殿にメア殿! ご無事で何より! ……して、そちらの荷物と……その、オーゲンは何をしておるのか……」
ネログリフは嬉しそうに笑って俺の手を取った後、オーゲンを捕まえているオーテムへと目をやった。




