十六話 リヴ・フォーグ⑥
ついにリーヴァイ教団がパルガス村へと移動した際にリヴ・フォーグを発見した地点にまで来ることができた。
木に三又槍のマークが彫られていた。
オーゲンの話によれば、これはリーヴァイ教においてリーヴァイの槍を示す、神聖な印なのだそうだ。
「リーヴァイ様はかつて、クゥドルさえ貫いた槍の力によって、四大創造神の中でも最強であると謳われていた。大神官様達の夢にリーヴァイ様が現れたときにも、リーヴァイ様は手にあの神聖なる槍を持っていたんだ。あの神々しい槍の姿を、ネログリフ様は目を閉じる度に思い出すと豪語していらっしゃるほどだ」
「へ、へぇ……それは凄いですね」
神よりも槍が頭に浮かぶのか……。
まぁその辺りのリーヴァイ教徒達の受け止め方は知らないし、下手に訊く必要もあるまい。
地雷を踏み抜きかねない。
それくらいリーヴァイ教にとって槍が大切だということだろう。
……ただ神話通りに行けば、その四大創造神最強の槍をクゥドルにぶち込んだリーヴァイは、その直後にクゥドルに呑み干されるわけだが……まぁ、敢えて突っ込まないでおくことにしよう。
「さて、こっからが正念場だぜ。またオーガシープの大群なんて来られちゃ敵わねぇぞ」
カムラがぶるりと身を震わせる。
以前はよほど酷い目に遭ったと見える。
しばらくは移動用オーテムも必要なかろうと、俺はオーテムから降りることにした。
杖を振るって「হন」と転移の魔術を唱え、手許にオーテムを召喚する。
よし、後はこのオーテムに、リヴ・フォーグのものらしい痕跡を辿らせてやればいい。
「あ、あの……その木偶人形、どこから持って来たのですか……?」
ソフィアが引き攣った顔で尋ねてくる。
さっきまでは歩き疲れて意識が朦朧としていたようだったが、少し休んでゆっくりと水を呑んでから大分マシになったようだ。
「ああ、これはパルガス村に置いておいた分ですよ」
「……パルガス村からはかなり距離が開いているのですが、その木偶人形は……かなり魔力伝導が高い魔法具なのですか?」
「いや、別にその辺の木で作った奴ですよ。ファージ領の木は魔力が平均よりはまぁ高いですからね。俺の故郷のところの木の方が、保有魔力量だとか魔力伝導だとかの性質は高かったですけど」
なんだ? 何の話がしたいんだ?
横から見ていたカムラもソフィアの様子を不審がってか、彼女に声を掛けた。
「どうしたんだよソフィア。その木偶人形を、なんか知ってんのか?」
「い、いえ、転移魔術は距離が開くにつれて必要魔力量が跳ね上がりますから……これだけ距離があると、かなり魔力伝導の高い魔法具でないと簡単に転移させられるものでは……。人間程度の大きさの動物でしたら五十メートルが、通常の魔法具程度なら一キロメートル辺りが限界だと……」
「まぁ、転移は燃費が悪いですからね。自分は基本術式からちょいちょい弄って多少マシにしてますけど、それでもあんまり使いたくはないですから」
ソフィアが顔を蒼くして、俺からカムラの方へと向き直り、彼へと手招きをする。
「……あの、これ、私達の手に負えないんじゃ……」
ぼそぼそと何かを言っていたが、よくは聞こえない。
カムラは耳を貸そうとしたが途中で動きを止め、口許を歪ませながらソフィアを睨んでいる。
……なんだ、どうしたんだ?
「ソフィア、カムラ、立ち話もほどほどにして周囲に気をつけておけよ! いつリヴ・フォーグが現れるか、わかったものじゃあないからな!」
「あ、ああ、そうだな」
カムラが早口で言い、ソフィアから離れてやや道の先を行く。
ソフィアも誤魔化すように愛想笑いし、リヴ・フォーグを捜すためにその場から離れた。
「…………?」
俺が二人の様子を疑問に思っていると、オーゲンが苦笑しながら俺の肩を叩き、声を掛けてきた。
「……実はな、あの二人、付き合ってんだよ。どっちも教団の中じゃあ人気があるから、内緒だぞ」
「えっ!? そ、そうだったんですか?」
言われて見れば、今までもそれらしい仕草はあったような……なかったような……。
俺とオーゲンのやり取りを聞いていたメアが、疑惑の目でそそくさと先の方へ行ってリヴ・フォーグを捜している二人の方を見ていた。
「さて、兄ちゃんらも本腰入れて捜してくれよ。一回見つけたら、その後はフォーメーションを組んで捜索する。リヴ・フォーグの転移先に引っ掛かりやすいという噂の陣形があってな……」
う~ん……でもそれって、三日三晩捜し続けなきゃいけない方法なんじゃ……。
悪いが、体力勝負にはあまり自信はない。
俺は杖を振るい、世界樹のオーテムが、転移魔術に関わる魔力痕跡の後を追うように魔法陣を描く。
俺が使ったばかりであるため、俺の魔紋はノイズとならないように対象から外しておいた。
「পুতুল লিড」
俺が唱えるとオーテムの目が光を放ち、地面へと一人でに跳ねた。
それからはウロウロと辺りの徘徊を始める。
「な、なんだ?」
「万能魔力探知機みたいなものですよ」
「……こんなので追えたら苦労はないんだが、まぁ、やってみてくれ」
俺はメア、オーゲンと共にオーテムの進む先を追った。
ソフィアとカムラも、大声ですぐ呼べる程度の距離内にいる。
オーテムは途中まで行くと留まり、ぐるぐると回ってからまた次の目的地を捜す。
こうして転移先を追っているのだ。
「これ、出鱈目に動いてるんじゃ……」
「い、いえ、そんなことはありません! ちゃんと追ってますよ!」
「わ、悪かった……。でも特定魔法現象の魔力痕を手軽にまったく誤差なく拾えるんだったら、世の魔術学会がひっくり返る……」
小さな崖の縁で、オーテムが動きを止めた。
崖の下には川が緩やかに流れている。近くには、ささやかな崖があった。
「なぁ、ちょっとカムラとソフィアと離れすぎだ。一旦、俺は二人を呼んで来よう」
「ええ、わかりました……あ」
川沿いに、一匹の小さなフォーグがいた。
綺麗なやや薄い瑠璃色であり、ぬめりけのある体表が日の光を反射している。
ウシガエル程度の大きさだ。
足が、三本しかない。一本はにゅっと、尾のような形になっていて股の真ん中から生えているようだ。
なるほど、奇形のフォーグとはこういうことか。
確かに三本足が、まるでリーヴァイの槍の形状を連想させないこともない。
「どうした兄ちゃんよ」
「その前に、あれ確認してもらえませんか? あの、川沿いにいる……」
「ん? ああ、あれはリヴ・フォーグだな。それじゃあ俺はあいつらを呼んでくるから、ちょっと待っててくれ」
「わかりました」
オーゲンは、俺に背を向けて二歩ほど歩いてから、勢いよくこっちを振り返った。
「リ、リヴ・フォーグ!?」
「いや、さっき自分で言ったじゃないですか……」
「は、早く回り込まないと! 兄ちゃん、刺激しないようにそっと身を伏せておいてくれ! 俺はすぐにカムラとソフィアを呼んでくる! さっき説明した通りの陣形に入る!」
「は、はぁ……」
「え? そ、それ……本当に魔法現象の痕跡を綺麗に追えるのか!?」
「何回もそう言ったじゃないですか」
どうやらオーテム探知機の性能を全く信用していなかったらしい。
「こ、これがあるのなら、毎回捜し直す手間が大分楽になるぞ! 上手く行ったら、本当に今日中に捕まえられるかもしれん!」
……上手く行っても今日中なのか。
いや、不完全な結界を張った後に内側に誘い込み、中に入ったのを確認してから閉じてしまえば簡単に捕まえられるのでは?
結界を大きめに張った後、どんどんと狭い結界に張り直していけばいい。
少し手間だが、これなら五時間もあれば確実だろう。
「オーゲンさん、俺に策があります。二人が集まったら、さっきの陣形ではなく、俺の言う通りに動いてみてくれませんか?」
「むぅ……リヴ・フォーグを捕まえるのにはこれが一番可能性が高いという何十年も前からの定石なのだが……」
そこまで言って、オーゲンは俺の足許のオーテムへと目をやる。
「まぁ、兄ちゃんの言うことだ。一度、試してみるとしよう。あの二人には、兄ちゃんの指示に従うよう俺から言い聞かせておいてやる」
オーゲンはリヴ・フォーグを気にしてか声を控えめに笑い、二人のいる方へと走って行った。
「変わった形ですね……。あれ、本当に食べられるんでしょうか」
メアが、手で双眼鏡を作ってリヴ・フォーグのいる方を眺めていた。
「あんまり美味しいものかどうかとは別だと思うけど……」
「アベルだったら、普通に捕まえられるんじゃないですか、あれ?」
「そう簡単に捕まえれたら、リーヴァイ教団が三日かけた挙句に鬼羊の群れに襲われて台無しにされることはないだろ。話を聞いている限り、転移直後の瞬間を狙うしかない。就眠中のリヴ・フォーグは発見例がないらしいしな」
「でも、一回試してみたらどうです?」
「下手に触って逃げられたら怒れそうだし……」
俺も少し首を伸ばし、リヴ・フォーグを視界に入れる。
リヴ・フォーグが、ぎょろりとした目で俺を捉えた。
完全に、向こうさんはこちらに気が付いている。
オーゲンは適当に伏せておけと言っていたが……どうにも、そんなに簡単に騙されてくれる相手でもなさそうだ。
それなりに知能があるように窺える。
もっともそうでなければ、教団相手に三日も翻弄し続けることはできないだろうが。
「……弱ったな、結界も、向こうがこっちの意図に気付いたらかなり難しくなる」
「ヴェオッ、ヴェオッ」
俺が独り言を零していると、リヴ・フォーグが俺を嘲笑うように頬を膨らませ、鳴き声を上げた。
イラッと来た。
どうせ気づかれているのならば、こっちも大人しくしている意味はないだろう。
ちょっと脅しを掛けてやろう。
俺は懐からラピデス・ソードを取り出し、柄に魔力を込める。
柄の延長線上に光が集まっていき、あっという間に刀身が完成する。
俺が念じながら手を放すと、ラピデスソードがふわりと宙に浮いた。
「それっ、যাওয়া」
俺がリヴ・フォーグを指で指すと、ラピデス・ソードの刀身が輝く。
ぐるりとその場で一回転した後、目にも留まらぬ速度でリヴ・フォーグのいる川淵まで飛んでいく。
「ヴェッ」
ラピデス・ソードは、リヴ・フォーグの目前で一度静止した後、狙いをつけてからリヴ・フォーグを両断した。
リヴ・フォーグは頭を仰け反らせた姿勢で二つに分かれて飛んでいき、それぞれ別の木に身体を打ち付けてベチャッベチャッと張り付いた。
身体からは、内臓的なものが垂れている。
「げっ……」
ふ、普通に当たった……陣形も結界も時間もいらなかった。
三日間何してたんだあの教団。
え、ひょっとしてなんか、手順飛ばしてる?
やっとかなきゃいけないこととかあった?
というより、当たらないだろうと思っていたから、思いっ切り真っ二つにしてしまった。
避けてくれよ……え、あれ、ひょっとしてまずい?
「…………」
しばし、沈黙が訪れる。
「なぁ……メア、あれって殺してもいいんだっけ?」
「え、えっと……剣で頭ぶっ叩くとか物騒なことをメアも聞いた気がしますし、いいんじゃないですか?」
「内臓、出てるんだけど……思いっ切り外気に晒されちゃってるんだけど……あれ、劣化早いとかネログリフさん言ってなかった? ひょ、ひょっとして殺さないように捕まえようとしてたから、リーヴァイ教も苦労してたんじゃ……」
控えめな、三つの足音が接近してきた。
振り返れば、例のリーヴァイ教の三人組である。
「な、なぁ、リヴ・フォーグはまだいるか!?」
カムラが声を掛けてきた。
期待に満ちた声だ、なんだか罪悪感を駆り立てられる。
「……も、もう、遠くにいってしまいました。その、命の距離的な意味で」
「何を意味の分からないことを…………ん?」
カムラは地面に突き刺さったラピデス・ソードを視野に入れた後、ゆっくりとその周辺に目を走らせ、リヴ・フォーグの無残な姿を目に留めた。
「…………」
「な、なんだ兄ちゃん、手を出しちまったのか。俺の説明不足が悪かったかな……伝えたつもりではあったんだが。リヴ・フォーグはその……薄い結界を張ってて、結界が衝撃を受けたら、転移魔法が自動発動するようになってる……と、されているんだ。つまりだ、転移直後の結界を張り直す前に攻撃するしかないんだ。兄ちゃんも、魔術には自信があるんだろうが、速いだけじゃリヴ・フォーグには…………ん?」
再び、気まずい沈黙がその場を襲った。
リーヴァイ教三人組の視線が、無残に二つに分かれて木に張り付いているリヴ・フォーグへと集中した。
「あ、あれ……ひょっとしてまずかったですかね。その……も、もしも次のが見つかったら、生け捕りにしますね」




