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十三歳③

「フゴー! フゴォー!」


 黒い猪が突進して来る。

 ニグム・ボアという魔獣らしい。


「射れ、アベル!」


 父がそう怒鳴るが、指先が震えて照準が定まらない。


「い、射れと言われましても! 言われましても!」


 突進して来る猪を射れとか、こいつら蛮族か。

 無理に決まっている。

 どうしたって恐怖で指先がぶれる。

 そもそも、平常状態でも当たる気がしない。


 外したら、あの猪のブチかましを身体で受けることになる。

 俺の今の身体であんなのをもらったら、一撃でお終いだ。


「う……うぅ……」


 もうちょっと引きつけないと、俺の力では当てられない。

 ただし近づかれると、平常心を失って指が震える。指が震えるから狙いが定まらない。

 最悪の堂々巡りだった。

 もう帰りたい。


「おい、もっと引け!」


 ガリアさん、そんなこと言っている暇があったら貴方が射ってください。

 俺、これ以上引けないんです。

 力、ないんです。

 魔力極振り体質なんです。


「らっ!」


 ヤケクソで矢から手を放す。

 矢は猪の耳を掠め、後方へと飛んでいく。


「早く次を構えろ! もたつくでない」


 くそっくそっ!

 やっぱりもう狩りなんて来ない!


 背負っている矢筒から矢を取って弦に引っ掛け、矢先を猪へと向ける。

 力を尽くし、矢を引いた。

 筋肉が痺れるように痛かった。

 本当にもう帰りたい。


 手のブレが止まった瞬間に合わせ、矢を放つ。

 矢は真っ直ぐに飛び、猪の鼻っ面に刺さった。

 やった、当たった!


「フゴォ、グゴォオオッ!」


 猪はまったく止まらない。

 なんだアイツ、化け物かよ。


「わ、わ、わーっ!」


 俺が猪に背を見せたのと同時に、父が前に出て矢を放った。

 矢が、猪の両目を屠る。


「フゴッ!」


 猪が隙を見せたその隙を突き、父が猪の前に立つ。

 目に刺さっている矢を素手で押し込んだ。

 猪は身体を痙攣させた後、ばたりとその場に倒れた。


 ……いや、いい動きだったとは思うけれど、素手を使うのなら魔術使えよ、と。

 今魔術使わなくていつ使うんだ。

 火を起こすときか? 儀式のときか?

 こんな調子だと族長泣いちゃうぞ。


「ふむ、アベルにはまだまだ早いようであるな」


 ……早いようであるな、ではないだろう。

 当たったけど止まらなかった。明らかに俺に相手をさせていいレベルではない。


 父は端から、俺に猪を倒させようと思っていたわけではないのだ。

 散々好き勝手していた俺に灸を据えてやろうと考えていたに違いない。


 父は得意気な顔をし、左右に首を振る。


 我慢だ、我慢。

 父を立ててやろうと、そう決めたところだったではないか。


「へん、情けない奴」


 シビィが小声で言う。

 このガキ、ぎりぎり俺にだけ聞こえるであろう程度の声量で言いやがった。

 お前、あの猪狩れるのか?

 シビィがニグム・ボアを仕留めている姿ってまるで想像がつかないぞ。

 いや、我慢だ我慢。


 俺はパンパンになった腕をさする。

 さっき弦を引いたせいで、筋肉が悲鳴を上げている。

 足もそろそろ疲れてきた。


「すいません、帰っていいですか?」


「まだ狩りに出てから一時間も経っておらんぞ」


「一時間も歩き続けたのです。帰り道を考えたら本当にもう限界です。これ以上歩けば、成長期の発育に支障をきたしますよ」


「わけのわからんことを言っておらんで、とっとと進むぞ」


「今回の狩りの事後承諾の件、全面的に父様が悪い感じでジゼルに伝えますよ」


「や、やめるのだ。本当にやめろ」


 俺と父のやり取りを見て、シビィが鼻で笑う。


「アンタ、俺より年上なんだろ? 俺はまだまだ平気だから。帰るんなら、一人で帰れよ雑魚」


 俺は愛想笑いで対応しながらも、こいつにはいつか俺の立ち場が悪くならない範囲でなるべく尾を引く形の復讐をしてやろうと心に誓った。


「おいシビィ、あんまガキ臭いところ出して俺に恥を掻かすんじゃねぇよ。見ろよ、アベル兄ちゃんのあの大人な態度を」


「な、な、なんだよ父上はさっきから!」


 ガリアが呆れたふうに首を左右に振る。

 いいぞ、もっと言ってやれ。


「でも、兄ちゃんも多少無理してでももうちょい体力つけた方がいいぞ」


 ええ……俺、今までほとんど引き籠りだったんだぞ。

 初日からここまでハードにされたら、明日からどうするか悩んでしまう。

 ただでさえこっちはシビィの敵意と父のドヤ顔で士気が半減しているというのに。


 またしばらく森を進んだところで、がさりと頭上から葉の揺れる音が聞こえてきた。


「む、シムパロットか。アイツは結構すばしっこくて好戦的だが、脂身が多くてなかなか美味いぞ」


 見上げてみれば、高い枝に黄色い鳥がいる。

 随分とふくよかな鳥だった。言っては悪いが、シビィにちょっと似ている。

 そりゃ枝が軋んで葉が音を鳴らすわけだ。


 目の付近だけ黒く、赤い線模様がところどころ身体に入っている。

 ちょっと曲がった嘴といい、派手な外見といい、太った鸚鵡という印象だった。

 本当にあんな鳥が好戦的なんだろうか。


 シビィが手を上げる。


「お、俺! 俺がやる!」


「ほう、やってみろ」


 ガリアから許可をもらったシビィは頭上に弓を構えてから、勝ち誇ったように俺を見る。

 俺じゃなくてシムパロットを見ろよ。

 それで逃げられてもしらないぞ。


 シビィは上へと弓を構え、シムパロットへと矢を放つ。

 矢は、羽を掠めて木へと刺さった。

 外したのだ。

 俺は内心でガッツポーズを浮かべる。


 シムパロットは首を大きく捻ってから、矢の飛んできた方向へと目を向け、シビィを発見する。


「く、くそ! こんな角度で狙ったことないからだ! 慣れたらいける!」


 シビィは再び矢を構え、シムパロットへと向ける。


「シアァッ!」


 シムパロットは枝を蹴り、真下へと降下してきた。

 その目先は、明らかにシビィを狙っている。


 図体のくせに、速い。それに好戦的だ。

 矢で狙われて、逃げずに向かってくる鳥がいるとは。


「こ、このっ! このっ!」


 シビィが二射、三射目を放つ。

 シムパロットはそれを紙一重で躱し、距離を詰めていく。

 予想軌道を射抜いた四射目は、木の枝を蹴っ飛ばして再加速することで対処していた。


 あの鳥、強いぞ。

 いいぞ、もっとやれシムパロット。


「わー! わー、わー!」


 五射目、六射目は見当違いな方向へと飛んでいく。

 シビィはもう駄目だ。完全に崩れている。


「シムパロットは、最初を外しちゃあキツい。よく覚えとけよ。俺だって、腕を怪我させられたことがあるからな」


 ガリアは言いながらナイフを取り出し、ガタガタと震えるシビィへとタックルをしてどかし、シムパロットと対峙する。


「しかし……こいつ、シムパロットの中でもかなり素早い方だな。ここまで来られたら、ナイフのが当てやすい。ミスったら肉を抉られるから、真似すんのなら注意しろよ!」


 このままでは、シビィに一矢報いてくれたシムパロットが今日の晩飯にされてしまう。

 俺はすっと手を上げ、シムパロットへと手を向ける。


প্রেত(光よ) আঁকা(描け)


 俺は宙に魔法陣を浮かべ、シムパロットへ指を向ける。


ঘুম(眠りを)


 カッと光り、大口を開けてガリアへと迫っていたシムパロットが、急速に勢いを失う。


「ここだァッ! ……ぁあ?」


 そのせいでガリアは盛大に空振り、近くにあった木へとナイフを突き立てる。

 俺はガリアの傍へと歩み寄り、地に落ちたシムパロットを拾い上げる。

 シムパロットは嘴をだらしなく開き、熟睡している。上手く魔術は作用してくれているようだ。


「お、お前……そんな魔術まで、覚えておったのか」


「精神干渉系は、魔力に耐性のない相手には一番手っ取り早い魔術だと族長様が」


 父もこれくらいは使えるものだと思っていたが、この反応を見るに使えないのかもしれない。

 精神干渉系は制御がやや難しく、本人の適正次第で得手不得手がでやすい魔術だともいわれている。

 火を操ったりオーテムを動かしたりするよりは、数段ほど上の魔術になる。


 ガリアは木の幹に足を当て、ナイフを引き抜く。

 それから頭を掻き、苦笑していた。


「支援してくれたのは嬉しいが……ちょっとタイミングが意地悪じゃねぇか。にしてもまさか、眠りの魔術をあんな一瞬で、高速で動く相手に正確に当てられるとはな……。なぁ、ゼレ、やっぱアベルにゃ弓術はいらねぇんじゃないのか?」


「し、しかしだ、魔術は精神状態に大きく左右される不安定なものだ! そんなものにばかり頼らせてはおれん!」


 それを安定させるため魔術修行ですよ、お父さん。

 それに弓だって感情に左右されます。今のシビィがいい例です。


「それにだ、さっきの魔術も、そう射程はないであろう」


 ちゃんとした杖さえあれば、弓よりも飛距離や精度はずっと高いです。


「何より、弓術はマーレン族の誇りであるのだぞ。向き不向きで手放していいものではないのだ!」


 それ絶対族長様の前で言わないでくださいね。


 この辺りのことは、もう論理というより感情や価値観によるものだろう。

 親の価値観を子が正すものではない。

 下手に指摘しても諍いになるだけで父は納得しない。

 ちょっと俺の気が晴れるだけだ。それも大事ではあるが、黙っておくに限る。


「そもそも、今回の狩りは、アベルに体力をつけさせるためのものなのだ」


 それはごもっともです。

 反論のしようがありません。


 父は俺の方を向き、人差し指を突き付けてくる。


「まったく、魔術は使うなとあれほど言ったであろうに! いいか、ガリアもシビィも、お前の魔術修行に付き添ってくれているわけではないのだぞ!」


 最初は俺の魔術を見て唖然としていた父だったが、舌が回ってきたのか、段々と声が大きくなってくる。

 最近の父は、俺を叱っているときが一番活き活きしている気がする。

 やっぱり今度ジゼルにあれこれ吹き込んで、一回心を折ってもらおう。


「すいません。このシムパロット、どうしても気に入ったのでぜひ飼ってみたくて。それで殺したくなかったもので……。飼っても、よろしいでしょうか?」


「じゃあ俺のナイフを外させるために、狙って減速させたのか?」


 ガリアは目を見開き、自分のナイフを見ながらそう言う。


 俺は三日三晩オーテムを掘り続けたことだってある。集中力は人一倍あるつもりだ。

 筋力が貧弱なため弓術には反映されないが、肉体ではなく精神に依存する魔術ならば、持ち前の集中力をそのまま発揮することができる。


「いえいえ、偶然ですよ」


「いや、偶然って、さっき……」


 俺はガリアから目線を離し、父へと向ける。


「で、駄目でしょうか?」


「しかし、シムパロットの肉は……むぅ、まぁ、構わんが……世話はお前がするのだぞ」


 父はシムパロットが食べたかったらしく言いたいところがありそうだったが、とりあえずは許可を出してくれた。


 このシムパロットを、俺はどうしても飼いたかった。

 動きが格好良いし、微弱ながらに魔力も感じる。


 ペット以上に、何かに使えるかもしれない。

 そろそろ首が多いだけの鼠や飛べる鶏だけではなく、実用的なキメラを作ってみたかったのだ。

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― 新着の感想 ―
[一言] 帰宅部の誇りとか東大生とか変わり者多いからな!(偏見)的な部分もあると思うぞ。
[一言] >「何より、弓術はマーレン族の誇りであるのだぞ。向き不向きで手放していいものではないのだ!」 それ絶対族長様の前で言わないでくださいね。 いやいや、それは族長含む先代達がちゃんと 指導し…
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