十二話 リヴ・フォーグ②
オーゲン、ソフィア、カムラのリーヴァイ教徒三人組と共に、リヴ・フォーグを探す旅に出て、二日目となっていた。
すでに山脈に差し掛かっており、険しい山道が続いていた。
リーヴァラス国側の領地までも既に大分近づいてきたようだ。
三人とも取り立てて怪しいところはないが、それでも警戒を怠るわけにはいかない。
リーヴァイ教の内部の力関係や教徒同士の繋がりはまったくわからないが、ラルクを首吊り一歩手前まで追い込んだマリアスの集団であることには変わりない。
俺もパルガス村へと向かっているときは、まさか自分がリーヴァイ教徒と手を組んで仲良くカエル探しの旅に出ることなど、まったくもって想定外であった。
表面上は気を許してもいいが、この三人の中にパルガス村への侵攻目的で来た者が紛れ込んでいないかどうか、そのチェックだけは怠ってはならない。
下手に弱みを見せてもいけない。
「…………っ」
そう、例え足にガタが来ていようと、決して悟られてはいけない。
大丈夫だ。辛かった分だけ筋力になるはずだ。
俺だって集落に来てからはむしろ動き回ることの方が多いし、持続距離も結構伸びてきているような気がしなくもない。
メアが小さく手を動かして俺に合図を送り、それから耳打ちしてきた。
「あの……アベル。顔色、すごく悪いですよ。そろそろ、また休憩にしてもらいません?」
「いや……でも、俺のせいで止まるの、今日だけで三回目だし……。なんかその、みんなに悪いというか……。ネログリフさんが異常に俺を高く買ってたせいで、みんな俺を高評価してるみたいだし……あんまりその、無様なところを見せられないというか……」
やっぱり人間、褒められたら期待には応えたい。
見栄だって張りたい。
それに俺は、ラルクの私兵団にくっ付いて魔獣の討伐に向かったときにも、私兵団員の一人から同じ理由で怒鳴られた記憶がある。
トラウマというほどではないのだが、そのことが俺の中で引っ掛かっていた。
「で、でも……」
「い、いいから……俺ならまだ、行けるから……」
「…………え、ええ、でも」
小声で話していた俺達を怪しんでか、大柄の男、オーゲンが俺達に近づいてきた。
「なんだ、兄ちゃん。どうしたんだ?」
「あっ、すいませんオーゲンさん! あのぅ、メア、ちょっと足が疲れてきちゃったみたいで、少し休憩に……むぐっ!」
俺は思わず、メアの口を手で封じた。
このタイミングで身内から切り出されたら、それこそ庇われているみたいで恥ずかしい。
絶対バレそうだし。
「なんでもないです、なんでも! 安心してください!」
「そ、そうか……?」
大丈夫……俺の足は、まだ歩ける……はずだ。
最悪の場合、悪魔かオーテムを乗り物として用いるという手もある。
一人だけ乗り物というのはちょっと恥ずかしいし、悪魔はマリアスのものなので疑われかねないため、下手に使いたくはないのだが。
「皆さん、そろそろ休憩いたしませんか? ほら……前回の休憩から間も空きましたし……」
ソフィアがやや引き攣った笑みを浮かべながら、そう提案した。
「間が、空いた……? あ、いや……おう、それもそうだな! な、カムラ、お前もそう思わないか?」
「…………そうだな」
ソフィアの提案に、オーゲンもカムラも同調した。
思いっ切り気を遣われた。
オーゲンは場を取り繕おうとしているが、カムラは足を引っ張られたことに苛立っているのか、俺に呆れているのか、つまらなそうな目をしていた。
言葉にしないだけ優しさというものか。
「あの……ネログリフさんのことについて、少し聞いてもいいですか?」
休憩中、リーヴァイ教の内部事情についても訊けるならば聞いておきたいと考えて、そう切り出してみた。
ネログリフ以外は口の堅い教徒が多かったためこの辺りの情報収集は難航していたが、この三人ならば知っていることならば教えてくれそうな気がする。
カムラもここまで感情が表に出やすいのならば、マリアスのような演技派ではなく純粋なリーヴァイ教徒の可能性が高い、という線もある。
「ネログリフ様は、本当に凄いお方なのですよ! 大神官として国内の宗派を纏めることに一躍買ったことは勿論のこと……リーヴァイ教の中でも、特に人格者であることで有名ですから!」
ソフィアが興奮気味に顔を赤らめながら、そう教えてくれた。
「リーヴァラス国は、サーテリア様が教皇の座につくまでは紛争の絶えない国でして……とても身寄りのない子供が多くて。そんな中、ネログリフ様は教会で孤児を育てることの必要性をずっと説いているお方でして。リーヴァイ様のお告げを受けてから、五年程の間は紛争に駆り出されていましたが……ここ最近はまた、教会堂で少しでも多くの孤児を引き受けるように国内に呼びかける運動を再開しているんです」
ソフィアが早口で捲し立てる。
心酔しきった目をしていて、これはこれで危ないような気がしてきた。
「な、なるほど……」
とりあえず、俺としては適当に相槌を打っておくしかない。
下手に触ったら地雷が埋まっていそうな気がする。
「あ……じゃあその、クロエさんは? あの、ネログリフさんの横についてる、小っちゃい人」
「クロエ様は……元々、ネログリフ様の教会堂に拾われていた孤児だったそうです。ネログリフ様が改宗の紛争に駆り出されている間に司祭としての実績を積んで……ここ最近、ネログリフ様の補佐として立候補して、今の立場についているのです。最初はちょっと尖ったところがあるように見えるかもしれませんが、根は凄く優しい人ですよ」
……つまり、クロエがネログリフと離れている間に、ネログリフとは別の思想に被れていてもおかしくない期間が五年間あったわけか。
教会堂から上がってそのままリーヴァイ教徒としてネログリフに付きっきりだったなら、あそこまで目に見えて方向性が違うのは妙だとは感じていた。
とりあえず話を聞いて思ったことは、ネログリフの人望がありすぎて怖い。
クロエを放置しているのだったら少し鈍すぎないかと考えていたのだが、この様子だと自分の教え子だと思って甘々な可能性もある。
俺としては主犯格であるクロエはラルクに引き渡したいのだが、そこでネログリフが敵に回らないかどうか怖くなってきた。
俺の魔術の腕を一目で見抜いた辺り、恐らく魔術の腕もかなり高い。
マリアス同様、リーヴァイ様とやらから魔力を借りるための召喚紋もあるはずだ。
それでも戦って負ける気は正直あまりしないが、無傷で場を収めるのは難しいだろう。
後手に回れば、不意を突かれる危険もある。
「どうしたんだ兄ちゃん、そんな考え込んじまってよ」
オーゲンが笑いながら、俺の背をバンバンと叩いてくる。
しまった、あまり不審がられる素振りは取るべきではないな。
「い、いえ、リーヴァラス国って隣国なのにあまり情報が入って来なくて気になっていたことが多くて……凄く興味深い話だったなと……」
「アベルさん、リーヴァイ教に興味がおありですか! これを機に、ぜひリーヴァイ教に入りませんか? 別に他国の方だからって、差別をするような人はいませんよ! この村の人達も、みんなリーヴァイ教に入ってくださって……中にはリーヴァイ様ではなく、ネログリフ様に惹かれて入った方もいらっしゃるんですけど……それでもぜんっぜん問題ありませんから。ね?」
ソフィアは顔を近づけ、俺の手をぎゅっと力強く握り締め、そう熱弁してきた。
ぱっちりと開いた大きな目に至近距離から見つめられ、俺は思わず目を逸らした。
「んー……あ、あ……ない……ことはないんですけど、今はいいかなっていうか……」
あ……適当に誤魔化そうと思ったら、うっかり地雷踏んだかも。
「リーヴァイ様は、五大神の中でも現代を生きる唯一の神様なんですよ! 今の都合よく権力者に曲げられてしまった宗教の在り方を正し、世に誠の善を成すため、この世界へとお戻りになったのです! 本当の善とは何か、そのためにはどうあるべきなのか、何をすればよいのか……興味はありませんか!」
「……その、今はフォーグ探しに専念したいから、そういうことは考えたくないかもしれないと言いますか」
ソフィアは俺が逸らした目を追って身体を乗り出してぐいと前に出て、無理矢理目を合わせてきた。
「アベルさんは……たまたま立ち寄っただけのこの村の人達を救うために、私達に協力してくださっているのですよね? なかなかできることではない、素晴らしいことだと思います! 私も同じ立場であるといえばそうなのですが……ネログリフ様に先導されていたのでなければ、村の窮地を知っていてもここへ来てはいなかったかもしれません……。だから私、アベルさんのこと、すごく尊敬してるんです! だからその……今回の同行人として、立候補した面もありまして……。こんなことを口にするのは少し恥ずかしいのですが……そんなアベルさんと一緒に、リーヴァイ様へと祈りを奉げられたら、すごく素晴らしいことだなと私は私は……」
やだ、この娘、超怖い。
え、目的達成するまでずっとこの娘横にいるの?
もうこれ、リーヴァイ教入っちゃって後で逃げた方が楽なんじゃなかろうか。
「お、落ち着けソフィア! わ、悪い……この娘ちょっとアレだから! 本当に悪い!」
カムラがソフィアの肩を掴み、俺から引き剥がす。
「なんで邪魔をするのですかカムラさん! 私は今、リーヴァイ教の素晴らしさをアベルさんに説明していただけで……!」
「また今度にしないか? な? 今は兄ちゃんの言う通り、リヴ・フォーグ探しに専念するべきだろう。な?」
「オーゲンさんまで……! だから私はただ、リーヴァイ教の素晴らしさをアベルさんに伝えたかっただけなのです! 無理強いしているわけではなく……!」
よ、よかった、この二人がちゃんと常識人でよかった。
この二人までソフィアタイプだったら確実に流されてリーヴァイ教徒にされていた。
カムラ、ちょっとこいつ感じ悪いかなとか思ってすまんかった。
率先して止めてくれてありがとう。
カムラに押さえられているソフィアの腕が、俺へと伸びて来る。
横からメアが俺の腕を抱え込み、俺の身体をやや横にずらしてくれたおかげでどうにか避けられた。
マーレン族は精霊崇拝でせいぜい先祖に祈るくらいだから、そういう話は勘弁してください。
「ア、アベルはそういうのに興味ありませんから! やめてください!」
メアがソフィアへと威嚇する。
すまんメア、俺がはっきりノーと言えないタイプで本当にすまん。
「……アベル……絶対あの娘、信頼できませんよ。クロエの一派に間違いありません」
メアがソフィアを睨みながら、そう耳打ちして来る。
……ただ、熱心な教徒がクロエの派閥だとは限らないからな……。
そもそもリーヴァイ教の内部の派閥の全体図がほとんど見えない今、何とも言い難い。




