十一話 リヴ・フォーグ①
リヴ・フォーグを取りに行くのは人選や準備もあるので、明日の早朝に、ということになった。
一旦ネログリフと別れた俺はパルガス村での情報収集を続けることにした。
あちらこちらで話を聞いて回っている間、監視のつもりなのか、常に二、三人のリーヴァイ教徒がくっ付いてきて、なんとも居心地が悪かった。
情報収集の間だけでも、十回ほどリーヴァイ教への改宗の勧誘にあった。
あまり長居していたい村ではない。
特にしつこかった人の名前と顔は覚えておいたので、ネログリフにチクってやろうと考えている。
俺は恩も何もないので断りやすいが、治療を受けている村人達からしてみれば、まず断れるものではないだろう。
既にパルガス村全体がリーヴァイ教の手に落ちていると考えておいた方がよさそうだ。
情報収集の方はあまり上手くは進まなかった。
信者ははぐらかすか、敵意剥き出しかのどちらかだった。
村人達からもあまり有益な話は聞けず、唯一あれこれと喋ってくれそうなネログリフも忙しそうで、必要以上に声を掛けることは憚られた。
治療院となっている教会堂へと病状を和らげるための病魔散らしのオーテムを設置しようとしたのだが、リーヴァイ教徒に外へと投げ捨てられた。
俺はオーテムの有用性を必死に説いて抵抗したのだがどんどん場の空気は悪くなり、メアの仲裁でその場はどうにか収まったが、オーテムの設置は断念することとなった。
あまり有益な情報はなかったが……大まかな村の雰囲気は知ることができた。
完全にリーヴァイ教徒が根を張っており、下手に村を出ようとすればパルガス村の状態を洩らさないために消されかねない空気があった。
パルガス村から出した手紙や使者は、何もファージ領には届いていないのだ。
それくらいはやってくるだろう。
ひとまずはハイル村長の娘であるフルールから許可をもらって空き家を貸してもらい、明日に備えてゆっくりと休眠を取ることにした。
翌日、ネログリフに呼び出され、教会堂前の広場へと移動した。
俺とメア、エリアが着いたときには、既に五十人近い数のリーヴァイ教徒がいた。
これでもまだ全員ではなく、まだ病人の急な悪化に備えてついている人や、他の所用でここにいない人が十人ほどいるようだ。
「オーゲン、カムラ、ソフィア、出てきなさい」
そう言って、ネログリフは三人の名前を呼ぶ。
……とりあえず、クロエが入っていないことに安堵した。
リーヴァイ教徒の群れの中から、二人が俺の前へと出て来て姿を見せた。
「リヴ・フォーグ捜索の同行人として、この三人を紹介しようと思うのですが……どうですかな。三人ともまだ若いですが……冒険者としての経験もあり、リヴ・フォーグの捜索に向いているかと判断しまして。本人達のやる気もあり、ワシが直接の部下として連れていた期間も長く、信用のおける三人でございます」
一人目は、ローブの上からでもわかる、坊主頭の大男だった。
昨日、一度顔を合わせた覚えがある。
彼がオーゲンで間違いないだろう。
腕の太さは俺の倍以上ありそうだ。
細目で、人の良さそうな笑みが特徴的である。
「よう、よろしく頼むぜ、兄ちゃん! それに嬢ちゃんよ!」
オーゲンは言いながらつかつかと歩み寄ってきて、やや強引に俺の手を取って握手を結んできた。
「は、ははは……どうも、よろしくお願いします」
……悪い人ではなさそうなのだが、少々苦手なタイプかもしれない。
純粋そうで怪しい雰囲気はないので、俺としても必要以上に気を張らずに済みそうではあるが。
ネログリフが信用を置いている部下とはいえ、ずっと横にいるクロエが既に怪しいので、俺としても気が抜けない。
三人の中にも、パルガス村侵略の黒幕の命令を受けている、俺の監視役が紛れ込んでいてもおかしくはない。
村から離れたところで正体を現してくれるのならば、そいつを絞めれば芋蔓式に情報を引き出せそうなのでそれでも構いはしないが、最初からある程度の目星は付けておきたい。
二人目は、橙色のロン毛の男であった。
リーヴァイ教の正装であるローブを、やや着崩している。
若干軽薄そうな印象はあるが、悪党といった雰囲気はない。
「はいはい、俺がカムラだ。あのリヴ・フォーグはずっと引っ掛かっててさ。いや、また捕獲に向かえるきっかけができてよかったぜ。前衛は俺とオーゲンがやっから、しっかり援護を頼むぜ」
しかし、なんというかこの二人……本当に普通の人だな。
もうちょっとこう、胡散臭い感じの人が来ると思っていたのだが、本当に普通の人だ。
ちょっと警戒して身構え過ぎていたかもしれない。
「あれ……あの、あと一人……えっと、ソフィアさんは?」
「ん? ああ、ソフィアならあそこの……おい、早く出て来いよ! 旅の人が待ってるだろうが!」
カムラがやや乱暴に呼びつける。
その先を見れば、長身の女教徒の背に張り付くように隠れている、背の低い女教徒がいた。
「ちょっと緊張してしまいまして……す、すいません……」
顔をやや伏せ気味にこちらへと駆けてくる。
「わ、私がソフィア・フーセイヤです。本日はリヴ・フォーグの捜索に白魔術師として同行させていただきたく、立候補させていただきました! あの付近には特異な毒性のある魔物も多く存在しますので、お役に立てると考えております! ……えっと……それから……えっと……」
緊張のせいか、どうにも堅い……いや、それはいいのだが……。
「……なんだか、すごく普通の人ですね」
メアが耳打ちして来る。
言葉にすると凄く失礼なようにも思えるが、もっともな疑問である。
リーヴァイ教というだけで警戒していたこっちとしては拍子抜けな程である。
ネログリフが信用を置いているだけはあるというか、ネログリフ並に純粋な人ばかりに見える。
やっぱり、少し考えすぎだったかもしれない……。
い、いや、気は緩めないようにしておこう。
しかし人手が足りないのに白魔術師を出してくれるのかと気に掛かったが、解毒の専門家か。
リーヴァラス国との国境である山脈などあまり好んで近づく人は少ないため、あの辺りの情報はディンラート王国内にはほとんどない。
厄介な毒性の魔物がいたのか。
俺一人でもどうとでもなりそうだと思っていたが、よく知っている人がいるとやはり安心できる。
山自体はそう遠くにあるわけでもない。
今回は歩いて山へと向かうため、馬車は置いていくことになった。
エリアはパルガス村で留守番である。
「では頼みましたぞ。皆、アベル殿を一心にサポートするように」
しかし……リヴ・フォーグについてはかなり気軽に安請負いしてしまったという自覚はあったが、ここまで期待されているとは思わなかった。
これほどネログリフが俺のことを高く評価してくれているとは。
ぜひ期待に答えなければ。
こうしてリーヴァイ教徒達に見送られながら、俺とメア、リーヴァイ教徒三人組の五人でパルガス村を出た。
歩きながら、なんとなく嫌な予感がしてふと途中で後ろを振り返った。
……エリアが、ニコニコと笑みを浮かべるリーヴァイ教徒にがっしりと両肩を掴まれていた。
あれこれと話し掛けられているが、どうせ勧誘の関連だろう。
エリアは勧誘の教徒達には取り合わず、ただ泣きそうな顔で俺達の方を見ながら、パクパクと口を動かしていた。
恐らく『お客さん、早く帰って来てね』とでもいったところだろうか。
俺は手で小さく十字を切り、祈っておいた。
「何かありましたか、アベル?」
「……いや、病気で苦しんでる人達のためにも、早く戻らないとなと」




