五話
俺はリノアから、言われていたものができあがったと、鍛冶屋へと呼び出された。
勿論、例のラピデスタトアとゼシュム遺跡の魔鉱石を用いて生成した魔金属を材質にした、剣のことである。
俺はやや浮ついた気持ちで鍛冶屋へと向かっていた。
「そのぅ……アベルが頼んだのって、剣ですよね?」
道中、付き添いでついて来ていたメアが口を開いた。
「ん? ああ、この前の騒動で、不意打ちに対処できるようにならないとなって考えてな」
どうしても魔術の性質上、魔法陣の展開と詠唱を挟むため、後手に回ってしまう。
弓矢で遠くから狙われたら、気が付けなければお終いである。
とはいえオーテムに対応動作を組み込んで自身を護衛させておけばそれで事が足りるのだが、常にオーテムを横に歩かせておくというのもやや不格好である。
とりあえず今は手に入ったものでということで、気軽に持ち運びができる剣を設計したのだ。
ぶっちゃけ単に作ってみたかったという意識の方が先立っている。
防護術式を組み込んだローブだとかを作ってみても悪くないかもしれないが、作るなら作るで本格的なものを作りたい。
今は材料が足りない。
「前回……マリアスさんと戦ったときのことですね。アベルが、危なかったんですか?」
メアが少し驚いたように、目を見張る。
「違う違う。イカロスのオッサンとの決闘の前日に、マリアスの精霊獣が俺の部屋に嗾けられていただろ? あのとき、メアが弓矢で牽制してくれていないと危なかったかもしれないからな」
「メア、役に立ってましたか!」
メアが声をやや高くして、パタパタと両腕を振って喜ぶ。
ただそれからふと思い出したように動きを止め、声を潜める。
「……その、マリアスさん本人は?」
「……まぁ、そこそこじゃないのか」
「そこそこ……」
以前戦ったダルドワーフのオッサン騎士と、同格くらいなんじゃないだろうか。
悪魔の大量召喚が売りのようだったので、上手く散らして戦えば広い規模での活躍はできるかもしれないが。
表に出て戦うのがそもそも向いていなかったような気がしないでもない。
確かにそっちの方が指示も出せるし状況に応じて悪魔を召喚できるので対応力はあるだろうが、悪魔に本体であるマリアスを護衛しきる力がないのであれば、そうするべきではなかっただろう。
少しの沈黙を挟んだ後、メアがやや躊躇う素振りを見せてから、俺へと尋ねてくる。
「……えっと、振れるんですか、剣?」
「ん?」
「い、いえ……そのう……ああいうの、少し重そうかなって……」
「ああ、魔力で浮かび上がるようになっているからな」
剣というよりは、高性能な魔法具といった方が早いかもしれない。
勝手に飛んでいって相手を刺したり、俺を守ったりしてくれるように設計してある。
「なぁんだ……じゃあ安心ですね」
メアが安堵したように笑う。
……なんだか今少し、自尊心が傷ついたような気がする。
俺は腕を曲げ、力こぶを作って手で触ってみる。
あれ……実はそこそこあるんじゃなかろうか?
俺だって集落を出てからは、歩く量が格段と増えている。
日々筋肉痛に悩まされてはいるが、それこそが身体が強化されている証拠である。
「ま、まぁ……別に、腕で振ってもいいんだけどな……」
俺は小声で、控えめに反論しておいた。
鍛冶屋では、やつれた様子の店主とリノアが待っていた。
「……これが例の金属から、言われた通りに作った剣の『柄』」
リノアから、鉛色をした剣の柄を受け取る。
柄には、表裏三つずつ目玉を象った模様が縦に並んでいる。
少々悪趣味だが、ラピデスタトアが定着しやすいようにと考えてデザインしたものである。
「あれ……刃の部分はないんですか?」
メアが怖々と柄の目玉を指先でつつきながら尋ねてくる。
「ラピデスタトアは自分で石像の身体を創り出して、そこに憑依する性質を持っているんだ。だからその性質を利用して、魔力を流したらそれに対応して刃を生成してくれるようにしている」
これなら柄の部分だけなので、持ち運びも楽で済む。
そもそも精霊体と魔力伝導の高い金属の塊なので、転移の魔術でも比較的少ない魔力で手許へと呼び出すこともできるが。
「刃が出ている間は、こっちの命令に従って浮遊して、自動で相手を斬ってくれる。ガードもしてくれるから、気を付けておかないといけないときは、ずっと刃を出しっぱなしにしておけばいい」
今回リノアに渡した金属塊は、ゼシュム遺跡……あの浮上要塞の中にあったパーツの断片をベースに作った金属に、ラピデスタトアの残骸である精霊体を調整してから無理矢理憑依させたものである。
エルフの技術を転用して、宙に浮いて自在に動き回ることができるのだ。
魔力が込められている間は術式によって制御されている対応動作に従って敵への攻撃とガードをほぼ自動で行ってくれる。
ゼシュムってすごい、ありがとうエベルハイドさん。
「ありがとうございますね、リノアさん、店主さん」
「はっはっ、俺も、いい勉強になったよ。まさか、こんな素材があるとはな。また変わったものを作るなら、ぜひウチに声を掛けてくれよ!」
店主は笑顔で威勢よくそう返してくれたが、目の下の隈が凄いことになっていた。
……次からは、あまり急かさないようにしよう。
俺はリノアと鍛冶屋の店主に礼を言い終えた後、早速剣の柄に魔力を込めてみた。
光の粒子が柄の先に集まっていき、あっという間に長い刃身が姿を成した。
この刀身の形状も好きなように変えることができるのも強みの一つである。
もっと長いサイズだろうと、鎌状だろうと、自由自在である。
剣は手を放すとくるりと宙を回り、俺の前で刀身を斜めに傾け、構えたような形で静止した。
うむ、少々安直だが、ラピデスソードと名付けよう。
「試しに、何か斬りたいな……」
なんだかそわそわして来る。
またナルガルンとか来ないだろうか。
「……団長の気に入ってもらえたようで、何より。あーしは錬金術師団の方には、明後日から顔出すから……」
リノアも大分お疲れらしい。
明日は身体を休ませるつもりのようだ。
「わかりました。じゃあそろそろ俺は、午後の部のオーテム彫りの指導があるので……」
そう言って鍛冶屋を出ようと出口の方を振り返ったとき、勢いよく扉が開けられた。
何事かと思えば、青褪めた顔のユーリスが姿を現した。
「アベル殿! ラルク様が、アベル殿を至急お呼びしろと……」
「今度は何ガルンですか!?」
「……え? いえその、そういうわけでは……」
ユーリスが勢いを挫かれたかのように、一転して困惑した表情を浮かべる。
いい機会だ。
早速、ラピデスソードの性能テスト……試し斬りを行いたい。
なるべく大きくて頑丈そうな、斬りがいのありそうな相手だといいのだが。




