四話 ファージ領の改革④
俺はラルクの執務室をノックし、返事を待ってから扉を開けた。
「ラルクさん! 前々から言っていた、例の魔法具ができあがりましたよ!」
「おお、本当か! ぜひ見せてくれ!」
ラルクが感嘆の声を上げながら席を立った。
俺は懐から、得意気に一枚のカードを取り出し、ラルクに手渡した。
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『ジャガー・ジルコス』
rank:--
STR(筋力):23
MAG(魔力):28
発行:ファージ領支部冒険者支援所
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「ほうほう……これは面白い」
ラルクはカードを受け取り、手で持ってひっくり返したり指でこすったりし始めた。
これは俺が開発した、ファージ領支部限定の冒険者支援所の会員証である。
ファージ領は領地が安定すれば一部を残して私兵団を解体し、冒険者制へと戻す予定である。
元々私兵団はファージ領に隔離されてしまった冒険者の援助が目的であり、いつまでも大量に人を雇っていられる余裕はない。
領地問題が大方解決した今、ラルクの懐を事情を察して、余分な金銭をラルクに返却して礼を述べて自主退職し、他所の地へと移動した者も多い。
冒険者制へと戻した際、少しでもここが賑わうようにと俺が提案したのが、冒険者支援所の会員証である。
ぶっちゃけ、俺が幼少の頃に作った魔術をそのまま転用しただけなのだが。
カードに魔力を込めれば、カード内部の術式が込められた魔力を解析・変換・制御し、魔力情報から本人確認と個人の能力を数値化して表示してくれる。
本人が魔力を込めれば、その都度数値は更新される。
ラルクの許可が降りれば、錬金術師団の面子を使って大量生産を行う予定である。
これがあれば、面白がった他所の冒険者がファージ領支部限定会員証を発行するためにここまで来てくれるのではないかと考えたのだ。
ロマーヌの街でも、冒険者は他人と比べ、競いたがるのが異様に好きだった。
冒険者が増えれば魔獣被害は減るし、お金を落としてくれるので領地の発展へと繋がる。
筋力値も魔力値も、だいたい20が数値の基準となっている。
特別な訓練を積んでいない、健康な大人の男性で20となるように調整している。
とはいえ、ファージ領内の一部でしかデータは取っていないが。
マーレン族の集落で測ったときの平均と比べると、全体的に魔力値の平均は低く、筋力値の平均は高かった。
「私にも、未使用のカードを一枚使わせてくれないか?」
ラルクがそわそわしながら尋ねてくる。
「どうぞどうぞ、試しに五枚ほど作っておきましたから」
ラルクは俺からカードを受け取ると、手に取って目を瞑った。
眉間に皺を寄せている。
相当力んでいるようだ。
別に込められた魔力総量で判定しているわけではなく、切り取った魔力情報から算出しているだけだから、そういうことをやったからといって数値が変わるものじゃあないんだけどな……。
「18と21だったが、これはどれくらいの位置だ?」
びっくりするくらい平均だった。
強いて言えば、もうちょっと運動する癖をつけてもいいんじゃないかな、くらいである。
「……え? ああ、はい、いいんじゃないですかね」
「…………そうか」
俺の反応を見て何かを察したかのように、ラルクは声の抑揚を落とした。
「因みに、君は? 正直、ずっと気になってたんだけど……。数値化されてるのなら、見てみたいというか……」
「ああ……いや、自分が使うと、数値が出てこなくなっちゃうんですよ。昔からそうなんです。一時期、それで研究を投げ出してたんですけど……まぁ自分以外では特に問題なさそうなので」
「君、それ…………いや、ああ、うん……。そ、そうか、残念だったね」
ラルクは苦笑いしてから、場を誤魔化すように咳払いをした。
「あと……そのぅ……言い辛いんですけど、ゴーレムを作りたいんですけど、出資とかってしてもらえませんかね?」
俺はやや前のめりになり、声を潜めて尋ねた。
成果を出したこのタイミングならば、無碍には断れないはずだ。
「ゴ、ゴーレムか……あれはお金が掛るからね……それに過剰戦力っていうか……。まぁ、でも無駄になることはないだろうし、君の頼みだからね。ただ……もう少し領地が安定してからでいいかな……?」
「ありがとうございますラルクさん! 一緒にファージ領発展のために頑張りましょう!」
「あ、ああ……うん」
ファージ領が潤えば潤うほど、錬金術師団に落ちる経費も増えるはずだ。
これからも発展のために尽力を尽くそう。
そのためにも、とりあえずは錬金術師団の育成プランの改善から手を付けなければなるまい。
「……それと、生体魔術を用いて家畜指定魔獣の生産能力を引き上げるって話、今どうなってます?」
「あ、ああ、うん……うん……そうだね、そんな話もあったね」
俺が前々から言っていた、生体魔術を用いた領地改革である。
一度は却下されたが、ユーリスとの約束もあり、初期よりかなり柔らかい現在の案へと落ち着いていた。
ただ、まだ最終許可が降りていないのだ。
因みに最初は、無限に魔獣が成る木を作ろうと考えていた。
当時は切羽詰まっていたということもあるが、オーテム瓜の開発はすんなりと許可が降りたのに、生物を用いるとなると話が変わってくるらしい。
「と、とりあえず今は忙しいし、落ち着いてからじゃ駄目かな? ね?」
「……まぁ、今はそれで誤魔化されておきますね」
「ははは、はははは……」
ラルクが渇いた笑みを漏らす。
俺も今は忙しいのはわかる。
だから先延ばしについては全く問題ない。
今回の狙いは、連続で頼みごとをして、ダミーの方を断らせることにある。
人間心理として、連続して同じ人からの頼みごとを断るのはハードルが上がっていく。
俺は一応ファージ領の恩人と言う立場であるし、ラルクの立場も合わさってこの効果は絶大だろう。
今回通したかった本題は、魔導携帯電話に必要な、魔力波塔の建設である。
「後……将来的に、こういうものをファージ領内に建設したいんですけど……。いや、これは大まかな完成予定図なので、細部はもっと詰める必要がありますが」
俺が書類を手渡すと、ラルクが頭を押さえた。
「こ、これは……」
「魔力波塔です。建設できれば、様々な魔法具の情報の受信、送信の管理が行えるようになります。またオプションで、余剰魔力を溜めて好きなときにレーザービームを放てる機能を持たせることもできますよ! これさえあったらどんな魔獣が攻めて来ようとも、領内に入る前に仕留めることができます!」
「……ちょ、ちょっと金銭的に不可能かな……例え建てられても、維持ができないっていうか……」
「でもこれさえ建てられれば、国内の情報の完全管理、離れた地と気軽に通話、応用すればトランプ対戦だって……」
「わかるよ。いや正直な話、あんまりよくはわからないけど、とりあえず凄いのはよくわかった! でもね、……その……ね? 費用がね?」
これだけメリットを並べても、まだ了承してくれないのか……。
後何か、宣伝できそうなことと言ったら……。
「えっと……もうちょっとお金を掛けて設備を強化したら、ファージ領で紅茶を啜りながら王都を落とすことだってできますよ! 王になれますよ?」
「ならないよ!? 利点がないっていう話じゃなくて、例え領内の物資を全部売って十を掛けたとしても、全然届かないというか……」
なんだ、単に費用が足りないという話か。
「じゃあ資金が集まったら建設してもいいってことですね」
「……それ、建設中に王都の兵が攻めてきちゃうんじゃないかなぁ」
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