とある集落の話7(sideジゼル)
「よ、ようやく街が見えてきた」
「先祖の霊が我らをお許しになったのだ!」
旅を始めてから十日以上が経過し、ようやくアベル捜索隊はロマーヌの街を発見することに成功した。
アベル捜索隊は奇跡的に十人をキープしていた。
……というのも、途中まで来たら帰還するより街に向かった方が早いと考えたからなのだが。
「我らマーレンの先祖の霊に祈りを!」
「我らマーレンの先祖の霊に祈りを!」
何はともあれ、先祖の加護のお蔭で生きて街まで辿り着くことができた彼らは、恒例の祈りを奉げた。
旅に疲れ果てていたジゼルは、その様をどこか冷めた目で眺めていた。
「どうしたのだジゼル、ご先祖様に祈らぬか」
ゼレルートが父親風を吹かしてそう説得して来たときも、正直苛々していた。
道中にオーテムを用いて雲避けの魔術を行って大雨を終わらせたのも、森最大の脅威であるグレーターベアをオーテムで囲んで袋叩きにしたのも、先祖の霊ではなくジゼルである。
ジゼルは幼少期、ずっとアベルの補佐をしていただけあって、その辺りの大人よりもよっぽど魔力や魔術への理解は高い。
しかし、アベルのような圧倒的な魔力はない。
持てる技術を駆使し、命を賭してどうにか乗り越えたのだ。
「……我らマーレンの先祖の霊に祈りを」
ただ、ジゼルは基本的には素直な気質であった。
皆、自分の兄であるアベルを捜すためについて来てくれているのだと自分を納得させ、不満と苛立ちを押し殺して祈りを奉げた。
「思ったより遅くはなりましたが……これでようやく、兄様に会えます……」
アベル捜索隊の子供組はアベルの妹であるジゼル、舎弟兼友人であるシビィ、幼馴染であるフィロ、無関係なのに引っ張ってこられたリルの四人である。
リルを除けば全員アベルと親しい仲であり、モチベーションは高い。
大人組は立場的に外れられなかったアベルの父ゼレルート、アベルの香煙葉が忘れられなかった香煙葉中毒のゴルゾフ、外の世界を見たことを息子と娘に自慢したくて出て来たマハラル、妻と喧嘩して勢いで飛び出してきたエノック、旅行気分でついてきて正直後悔しているフィオネ、都会に憧れを抱いていたカミーラの六人であった。
純粋にアベルを捜しに出て来たものはあまりいなかった。
「……んで、結局アンタら、何者なんだ?」
アベル捜索隊を道案内していた、無精ひげの目つきの悪い男が、やや呆れ気味にジゼルへと尋ねる。
彼の名前はヤレド、地図を魔獣に喰われて死を覚悟していたアベル捜索隊達を助けてくれた、通りがかりの冒険者である。
「あえ……あ……ほ、本当にここまでありがとうございました、ヤレドさん。わ、私達は……その、森奥の集落から……兄様を捜しに来たんです」
ジゼルはやや身を退き、手を構えながら答えた。
「……顔が怖い自覚はあったが、そこまでビビらんでもいいだろ。おっちゃんちょっと傷つくぞ」
ジゼルだけではなく、他のアベル捜索隊員達も身構えて警戒していた。
「おい、ヤレドとやらの相手をジゼルちゃんにさせるのは酷ではないのかゼレルート」
「しかし、しかし……どうやって割り込めばいいのか、タイミングがわからん。第一声は何と言えばよい?」
「なんであの人、あんなに肌、ベージュなわけ? ひょっとして化粧?」
「族長様はノークスは肌の色が濃いと仰っていたぞ」
「海人族は青緑だと聞いたことがある。そういうものだろう」
「ほう、奇妙なものだな」
「とにかくゼレルートさん、間に入ってあげてくださいよ。ほら、早く」
長い間狭いコミュニュティーで生きてきた彼らにとって、マーレン族でも何でもない人間は未知の存在であった。
要するに、民族総人見知り状態であった。
アベルはその点、前世での対人関係や外出、ストレスがそこそこあったため、一般的なマーレン族ほど酷いことにはならなかったのだ。
ヤレドはまだ街の外に用があったらしく、街に入る前にアベル捜索隊とは別れることになった。
気まずさを誤魔化すのに必死だったアベル捜索隊達はこれに密かに喜んでいた。
もっともヤレドもヤレドで、案内が済んだらとっととこの不気味な連中から離れたいと考えていたので、後回しにしていた要件を先に持ってきて街を離れたに過ぎないのだが……。
何はともあれ、ロマーヌの街にさえ入ればアベルが見つかると、ジゼルは安堵しきっていた。
大人達もロマーヌの街にさえ辿り着けば、ゆっくりと身体を休めることができると信じていた。
しかし、現実は非情であった。
ロマーヌの街の中へと入ったアベル捜索隊の一同は、驚愕した。
大きな建物の連なる通りに巨大な噴水、行きかう人々の群れ。
「なんだ、この夥しい人の数は……」
ゼレルートが、目を見開きながら、掠れた声で呟いた。
ヤレド一人の対応に大苦戦していたアベル捜索隊員達が、街内の人の群れに耐え切れるはずがなかった。
歩いている内にリルが人酔いで倒れたため大騒ぎになった。
周囲から奇異の目を向けられながら、慌てて通りの外れへと十人で集まって身を寄せることになった。
通行人がちらちらと彼らへ目をやる。
完全に人里に降りて来た珍獣状態であった。
落ち着いてから、大人達が今後の方針について会議を始めた。
「宿だ。とにかく、宿を取るのだ。そこで身体を休ませねばならん」
「どうやって宿を取るのだ? そもそもこの街に宿はあるのか?」
「わからん……わからんが、探してみるしかあるまい」
「……宿はあるんじゃないの?」
「なぜそう言い切れる!」
彼らは、集落外の生活の知識をほとんど持っていなかった。
通り過ぎていく人々は話を断片的に耳にし、『あいつらマジか』と思っていた。
「しかし見よ、あの立派な建物を。宿の相場も高いに違いあるまい」
「大丈夫でしょ、そのために魔獣を狩っといたんだから。宿ならお肉が必要だから、重宝してくれるはずよ」
「族長の魔鉱石貨幣が使えたら楽だったんだがな」
「そうだ、生活が落ち着いたら貨幣を広めてみないか?」
そもそも族長が魔鉱石通貨を提唱したのは外の文化を知っていたからこそだったのだが、一般的なマーレン族はそのことを知らなかった。
集落の外では、未だに物々交換が主流であると信じていた。
「いざとなれば香煙葉もあるし、大丈夫だろう。香煙葉は長持ちするから、断られることはないはずだ」
「苦労して運んだ甲斐があったな」
「おいおい、俺が吸う分は残しておいてくれよ」
ロマーヌの街周辺の領地では、常習性のある薬物の運搬・使用には大きな制限が掛かっているが、それを彼らが知る由はなかった。
「ジゼルちゃん……なんか不安なんだけど、大丈夫かな?」
シビィは大人達の様子を見て、嫌な予感を察知していた。
ジゼルはただ、無表情に会議の様子を眺めていた。
【活動報告】
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