三十九話 水神四大神官②
ラルクの指示の下に私兵団と錬金術師団が動き、領内に精霊獣がまだいないかを確かめたり、怪我人の治療に当たったりが行われた。
その過程で領外へと出て行った精霊獣がいないか、行方不明になった人がいないかもついでに聞き回ってもらうことにした。
その結果、人間を咥えて山の方へと駆けて行った精霊獣の目撃情報を幾つも得ることができた。
領内から十数名の領民が連れ去られていることが確認でき、その中にはあの胡散臭い宣教師、リングスの名前もあった。
完全に予想通りである。
間違いなく、俺を誘い出すつもりだ。
「――以上が、私達の集めてきた情報です」
ユーリスからの話を、答え合わせ感覚で聞いていた。
しかし今まで慎重に動いてたようだったのに、向こうさんも大袈裟な作戦に出てきたものだ。
それだけ余裕がない、ということか。
これまでは徹底して表に出ていないように立ち回っていたようだったが、先日にリングスから正面から喧嘩を売ってきたのに続いて今日の襲撃である。
決着をつけに掛かってきている。
「しかし、ただの魔獣問題だとは思えませんね。裏に意図や悪意があるように感じると言いますか……。現在、散った私兵団を呼び戻し、山へと向かわせる手筈を進めています。すでに先発隊の準備が完了しており……」
「あ……いや、山には俺が単独で向かいます」
俺はユーリスの話を遮って口を挟む。
「え? し、しかしアベル殿だけでは……た、確かにそちらの方が勝算は高いかもしれませんが……いや、しかし……しかし……」
「ひょっとしたら、後を追わせて領地の戦力を空にしてから、第二段を送り込むつもりなのかもしれません」
敵は領地を壊すだけならいつでもできる力は持っていた。
だからその線はないとは思うが、口ではこう言っておく。
他に人がいたら、動きにくくなる可能性もある。
……それに、できれば戦後、向こうの持っている奥の手やらが優れたものならば、こっそり回収してしまいたい。
禁魔術を用いて強化したナルガルンや、戦いでの使用が禁止されている悪魔の使役、本来ならば行使制限のある魔術での攻撃なんかを、躊躇いもなしに立て続けにかましてくる連中である。
ナルガルンの魔法陣は色々と残念だったが、次は何か、俺の度肝を抜いてくれるようなものを出してくれるかもしれない。
俺の知らない型の魔法陣や、魔法具だったらありがたいのだが。
「なんにせよ向こうの狙いがわからないので、それを探る意味でも自分が一人で向かうのが最善かと。何かわかれば、すぐに引き返して伝えに戻りますので」
「……わかりました。でしたら、私を含める少数精鋭の隊を組んで同行し、サポートに……」
「いえ、大量に用意したオーテムが転移の魔術で呼び出せる範囲内にあるので、戦力の点は問題ないと思いますよ」
ここ数日で時間の余裕ができたので、大量に彫った分がある。
あれを一気に転移の魔術で展開すれば、しんがりでも肉盾でもなんでも熟してくれる。
充分サポートになるだろう。
「ユーリスさんは、ここで生き残りへの対処と襲撃への警戒をお願いします」
「……確かにアベル殿なら、それで大丈夫なのかもしれませんが」
あまりゆっくりとしている余裕はない。
ちょっと酔うかもしれないが、アシュラ5000の内部に入って精霊獣の後を追うことにしよう。
これならば、万が一独自の判断で動いた兵がいたとしても、先に敵の待機している場所へと向かうことができるはずだ。
「では、自分はこれで……」
「と、すいません。最後に……マリアスを、お願いしますね。領地が傾いてから、ずっと領主様を支えていたのがあの娘なんです……。もしも、マリアスの身に何かがあったら……」
ユーリスはそう言い、不安そうに身を翻す。
俺も釣られてその先へ目をやると、私兵の報告を聞きながらがっくりと肩を落として顔を青くしているラルクの姿があった。
明らかにマリアスが誘拐されたことを気に病んでいた。
「……任せておいてください。必ず、生きたまま連れ帰ってみせますから」
話が終わってから、アシュラ5000を転移の魔術で呼び出した。
前回同様アシュラ5000の口の中に入り、精霊獣を追いかけて山の方へと向かった。
……アシュラ5000の乗り心地は想像以上に最悪だった。
動くたびに上下に揺れる衝撃が伝わってくる。
緊急事態であるため速度を落とすわけにもいかない。
人が乗ることを想定して作ったわけではなかったので仕方がないが、これはあんまりである。
揺さぶられる中、次からはしっかりシートベルトと車輪を用意しておこうと決意した。
ある程度進んだ先でアシュラ5000の速度を落として新しいオーテムを三つ転移で呼び出し、それらを媒体に三通りのアプローチ法で感知系統の魔術を行使して精霊獣の行方を追った。
一体目には精霊獣の魔力の残り香を、二体目には魔力場の歪みを、三体目には動物の気配を感知させた。
やがて三体目のオーテムが、人の群れを感知する。
充分に接近したところで、俺はアシュラ5000の中から這い出た。
オーテム酔いによる吐き気を堪えつつ、懐からアベル・ポーションを取り出して中身を口に含む。
空き瓶はアシュラ5000の口の中へと放り投げた。
「あー……ちょっとマシになってきたかも……」
喉を押さえながら、前方へと目をやる。
山に近接している大きな岩の前に、縄で縛られて眠らされている領民達が、二十名ほど転がっている。
行方不明になっていた連中と一致するが、そこにリングスの姿はない。
歩いて少し近付いたところで、気配感知のオーテムが逆側に反応を示した。
「まさか不意打ちしたいだけだった……ってことはありませんよね?」
振り返ると、森の奥から大きな杖を構えたリングスが姿を見せた。
「アベル・ベレーク………こちらの意図を汲み取ってもらえていたようで、何よりです」
リングスの普段優しげに細められている糸目は大きく見開かれており、敵愾心を露にしている。
杖を握り締める手は怒りのためかやや震えており、こめかみは神経質にピクピクと動いていた。
「その上乗っかって来てもらえるとは、結構、結構……。少しこちらの思惑を潰せたからと言って、気が大きくなり過ぎたようですね。まさか本当に、誘き出されて単身で向かってくるなんて……舐めすぎじゃないですか?」
俺は無言でリングスに杖を向け、三体のオーテムに周囲を警戒させる。
「横槍入れるのに成功したからって、いい気になるなって言ってんだよ!」
リングスが大杖を振った。
二つの魔法陣が、リングスを挟み込むように展開される。




