三十七話
決闘の日から二日が経った。
体調はもうすっかり回復した。
病魔散らしのオーテムが今回もばっちり効いたようだ。
俺はラルクの館の自室にて、羽ペンであれこれと書類を書いていた。
書類は今後の計画について、である。
オーテム瓜を改善しなくてはならないし、錬金術師団を取り纏めてオーテムについて叩き込まねばならない。
まだまだやることは多い。
いや、むしろここからが本番である。
それについさっき、執務室の前を通りかかったときに朗報を耳にした。
『ラルク様。アベル様の提案していた例の生体魔術の件ですが……どうなさいましょうか?』
『……ユーリスがああ言って連れ出した以上、無碍にすれば信頼を大きく損ねることに繋がるだろう。何か、あの子の納得しそうな妥協点を……。その点については、むしろマリアスとリノアの方が詳しいだろうから、意見が欲しい』
『申し訳ございませんラルク様、私が勝手に……』
『いや、先日を逃せば再びイカロス派の勢力は盛り返していた……その点は、仕方ない。最善だった……はずだ』
恐らく、ラルク、ユーリス、マリアス、リノア辺りが、俺の申請していた許可書について話し合っていたのだろう。
あの様子ならば、まったく何もなしという話にはならないはずだ。
……因みに、イカロスは腹部に穴が開いて死にかけていたが、どうにか俺が生体魔術で一命を取り留めた。
とはいえ俺もあのときは体調がよくはなかったので、本当にとりあえず命を繋いだだけの状態だったのだが。
イカロスは目を覚ましてから一気に老け込んだ様子で、すっかりと大人しくなっていた。
俺に治療されたのが堪えたのかもしれない。
今件に関しての尋問が終わって体調が全快次第、同行を願い出た元側近の魔術師二人と共にファージ領永久追放処分の予定である。
結局オーテム瓜騒動は、イカロスがリングスの信用を利用しようと信者の一人を唆して被害者を装わせてリングスを騙し、自らの地位回復のために俺へ決闘を申し込んだ。イカロスは実力不足なのはわかっていたので、自分が得意な分野を勝負に押した上で更に呪術によって俺の身体を蝕むことで勝とうとしていたのだろう……と、いうことに落ち着いたようだ。
事前にイカロスが俺を暗殺しようとしていた、という噂もある。
マジかよイカロス最低だな。
何はともあれ、これによってイカロスを信じていた一部の領民達もすっかり鞍替えし、むしろイカロスに強い憤りを抱いているようだ。
なんか色々と盛られている気もするが、別に俺にとっては不利ではないので放置している。
リングスも無傷とはいかず、大きく信用を失う結果に終わったようだ。
重ねてラルクが信用のできる人間をリングスに三人ほど見張り役としてつけ、変わった動きがあれば即効拘束するように言いつけているらしい。
何か企んでいても、これで下手な動きはできまい。
とはいえこれまでリングスのやらかしてきた規模を思えば、奴が本気で動いたときどこまでできるのかが気掛かりだ。
できれば自主的に出て行ってほしい。
「アベル、本当にもう大丈夫なんですか?」
傍らにいたメアが声を掛けてくる。
「ああ、もう万全だ。二日も遅れちゃったからな。明日からは、錬金術師団の指導に当たらないと。そのために今日の内に要項を纏めて、鍛錬用のオーテムを量産して……。それに、リノアさんに頼みたいこともあるし」
「リノアさんに?」
「ああ、ノワール族は背は低いけど力が強くて手先が器用で、魔鉱石加工が得意な人が多いらしいからな。俺はほら、そういうの作るのには、器用さが足りないから」
「アベル別に、手先は器用……あっ」
何かに思い至ったらしく、メアは黙った。
……ぶっちゃけた話、力が足りないから俺はそういったことには手が出せない。
だから今まで、貴重な鉱石を手にしても腐らせていた。
そう、ゼシュム遺跡の壁に使われていた、謎の浮遊鉱石である。
あれを用いれば、超高速で飛び回る剣も作れるはずだ。
「まだまだ課題はあるけど……今日は書類作りと理論立てに専念しておくか」
ふと窓から外を見ると、赤、青、黄色の雑な作りの鎧を着た集団が村を出て行くのが見えた。
ナルガルンの鱗を用いた鎧である。
素材があれしかないので、とりあえず色だけ均等に分けてみたのだろう。
数作る必要があったので、一つ一つの作りはかなり粗い。特に見栄えは度外視している。
多分、そこそこ硬くて防具としては優秀なのだろうが。
俺は椅子から立ち、窓際に手を置いた。
「……ぶっちゃけあれ、すげーダサいな」
「……メア的にもなしですね。とりあえず間に合わせの防具らしいんで、仕方ないですけど。ユーリスさんが、交易が復活したら改善できるはずって言ってました」
ファージ領は今、回復の途上にある。
色々と手の回らない部分があることは仕方がないだろう。
……特に、見栄え面に関しては。
「交易と言えば、領主さんが地下室にある祖父が集めた美術品を売り払って復興に当てるって言ってましたよ! 明日整理するそうです! せっかくですし、ついて行って観てみましょうよ! 多分、アベルが欲しいって言ったら一、二品くらいなら無条件でくれますよ!」
「う~ん、あんまりそういうのには興味ないんだけどな」
因みに、俺が広めたトランプも既に領内で流行りつつある。
これも領内での俺の印象を上げるのに一翼担っているようだ。
領主は極力支援してくれるし、領民からの印象もいい。
正に俺の理想の領地となりつつある。
窓から外を眺めていると、建設途上の教会が目に入った。
水神リーヴァイの教会である。
後の懸念点は……胡散臭い宣教師と、領地に攻撃を仕掛けていた何者かの存在である。
恐らくは、同一であると睨んでいるが。
未だに領民からの支持があり、それに領地に攻撃をしていたという確固たる証拠があるわけでもない。
下手に先手を打つことはできない。
目的もはっきりとは未だに見えないし、実力もわからない。
色々と底の知れない相手である。
「気を引き締め直さないとな……」
俺が呟くと、メアが俺の視線を追って教会を見つける。
「……あれ、建設してる人いなくなってません? 休憩中ですかね?」
「うん?」