二十七話 錬金術師団⑨
リノアの地下研究所で作業を進め、早くも十時間近くが経った。
時刻はとっくに夜になっており、他の魔術師達は皆、げんなりとした表情で作業を行っている。
俺の目標は、ヒデラという魔草と、ファージ領にある既存の作物の配合である。
ヒデラという魔草は、異常な成長速度と消化器官、二つの特徴を持つ。
地面や壁を這うように成長していき、テリトリーに入った獲物を花弁で包み込み、消化して根へと栄養を送るのだ。
個体によって大小は異なるが、大きいものならば子供くらいなら丸呑みすることができる。
自分より大きい相手も蔓で雁字搦めにし、消化液を囲んでぶっ掛けて溶かして喰らうこともある。
魔草ではあるが、冒険者支援所で討伐要請が出ることもあり、場合によっては魔獣と称されるケースもある。
機動力がないため、遠距離から焼き払われてお終いのケースが多いそうだが。
ヒデラと作物を掛け合わせれば、頑丈で成長性の高い作物を作ることができるはずだ。
族長から昔借りた書物と俺が自分で書いたメモ帳、ファージ領の書物を総動員させ、ヒデラと作物を組み合わせる方法を探っているところである。
今のところ、パーキン(カボチャに似た、橙色のごつごつとした瓜)とヒデラの相性が良さそうだと俺は睨んでいる。
リノアとその部下達には、オーテムを用いたヒデラの栽培を行ってもらっていた。
オーテムの内部を彫り抜いて植木鉢のような形状にし、底に俺が錬金した特殊な土を薄く敷き、そこに種を植える。
後は適度に餌をやったり、術式に沿って魔力を供給する、というのが全体の流れとなる。
これによりオーテムを媒介にして展開している結界と土の魔力によって成長度合いが調整されるため、ヒデラの花が小さく、大人しくなり、安全に種を回収できるはずである。
まずは種を増やしてもらわねば困る。
何せヒデラは、ファージ領内には存在しない。
手持ちの種を切らしたら、開発は中断となってしまう。
ロマーヌの街にいた頃、興味本位で買った『ヒデラの種』(一袋18粒入り、25万G)がたまたま荷物の中に残っていただけである。
人気のないやや寂れた通りで、優しそうな老人が一人で経営してる店だったことをよく覚えている。
少し値は張ったが、ここを逃すと手に入らない気がしたので思い切って奮発してみた。
……勘が当たったというか、次に訪れたときには魔法具店に衛兵達が鞘に手を当てながら入っていくのが見えたので、怖くなってあそこへはもう一度も出向いていないが。
因みに地下であり光が届かないため、強烈な光を目と口から放つ、人工太陽オーテムを部屋の中心に置いている。
ヒデラはいくら栄養があっても、光の当たっている間しか成長や自家受粉を行わない性質を持っているためだ。
「……そっちの方はどうですか?」
俺はノートに仮説を書く手を止め、魔術師達へと尋ねる。
「…………」
返事がない。
皆虚ろな顔で、一心にオーテムへと魔力を注いでいる。
それだけ役割に没頭しているということだろう、感心感心。
俺も魔術の修行中は、よく父やジゼルの声に気付かなかったときがあったものだ。
リノアが丁度ひと段落ついたところだったらしく、黒く縮んだ花弁を剥がし、中にある種を瓶へと詰めているところであった。
持ち上げて揺らし、カラコロと音を立てる。
「……ヒデラ、ちょっと危ないんじゃ?」
「いえ、しっかり管理してるから大丈夫でしょう。うっかり外の土に撒いたら大惨事になりかねませんけど。ヒデラは魔獣ではなくて、魔草ですから。魔術学の分類上では正式にそうなっています」
魔獣に生体魔術を施す場合は規制が多いが、魔草の改造についてはかなり緩い。
一応規制がないこともないのだが、ラルクへ提出した魔術行使の許可申請書にも隙を見つけて捻じ込んでおいたので、抜かりはない。
責められるようなことは何もしていない。
「しかし、思ったより難しいな……いや、間に合わせるけど……」
俺はメモを見返しながら自分に言い聞かせ、瞼を擦る。
なんだか妙に身体が重い気がする。
「アベル、大丈夫ですか? 目の隈、凄いですよ? ちょっとくらい休憩した方が……」
横で俺の様子を見守っていたメアが、声を掛けてくる。
「時間がないからな。それに、こういうのは慣れてるから」
俺は脱法アベルポーション(ファージ領の条例に合わせて調整した合法仕様)を荷物から取り出し、一気飲みする。
「あー、頭冴えてきた……うん、視界がぼやけない、はっきりしてる」
「さっきまで視界ぼやけてたんですか!? やっぱり休んだ方がいいですって!」
そういうわけにはいかない。
開発が遅れれば、それだけイカロスをのさばらせてしまう。
俺もあれだけ言いたい放題言われても耐えられたのは、後で全部イカロスにそのままそっくりお返しできると考えていたからである。
一秒でも早く撤回させたいのが本音だ。
もしも開発が明日に間に合わなければと思うと、正直気が気ではない。
「そうだ、このポーション、皆さんいりませんか? 集中力向上、眠気や苦痛の撤退、魔力上昇、様々な効果がありますよ。ちょっと副作用がしんどいかもしれませんが」
「本当にアベル、大丈夫なんですよね!? ね!?」
メアが俺の肩を掴んで揺らす。
「大丈夫だって、そんなに心配しなくても……」
そこまで喋ったとき、何かが鼻へとせり上がってくるような感覚がした。
俺がつい言葉を途切れさせると、メアが不安そうに俺の顔を覗き込む。
「アベル……?」
「ひゅっ……くしんっ!」
俺は下を向き、くしゃみをした。
「やっぱり、あんまり体調良くないんじゃ……」
「……大丈夫、だとは思うが一応病魔避けのオーテムを彫っておくか」
雨のせいで少し身体が冷えたから、体調が狂ったのかもしれない。
こんなときに不要なタイムロスを負うわけにもいかないし、病魔避けのオーテムで適当にどうにかするか。
どうとでもなるだろう、これくらい。
俺も昔ほど病弱というわけでもない。




