二十六話 錬金術師団⑧
ラルクからの許可をもらったところで、作物開発に取り掛かることにした。
リノアに連れられ、彼女の自宅地下にある研究室に移動した。
イカロスの嫌がらせを受けないため、ラルクから地下室のある空き家を譲ってもらったそうだ。
地下室は壁は石造りであり、壁に設置された棚には薬品やら魔術の触媒などが瓶に詰めて保管されていた。
イカロスの目を盗んで密かに集めていたそうだが、無理難題をよく押し付けられていたため、実際にここを使って開発へと取り掛かる時間はほとんどなかったらしい。
「自分に任せてください。故郷で似たようなことを熟していましたから、経験がないわけではありません」
オーテムの上に座り、彼らにそう説明する。
雲寄せの魔術での活躍を目前にしたばかりだからか、どこか心酔さえ窺える様子だった。
「オーテム彫りは、あらゆる魔術の下地となる訓練ですからね。魔力を秘めた自然と触れ合うことで、自身の魔力の向上に繋がります。更には空間把握能力、集中力を高め、魔術の精度、魔術への理解を深めることができます。オーテムを俺と同じくらいの時間彫り続けていれば、これくらいにはすぐ到達できますよ! 多分!」
ここぞとばかりにオーテムの有用性を売り込んでおく。
彼らとて魔術師、自身の魔術の向上に興味がないわけがなく、ごくりと唾を呑むものもいた。
「一応、自分の故郷の秘術ですからすべてを……というわけにはいきませんが、余裕ができましたら、一部だけでもこの地に広めさせていただこうかと考えています」
おおっと魔術師達から、喜びの声が上がる。
掴みはオッケーだ。
別段隠してたわけではなく単に他所との交流が薄かっただけだけど、まぁ嘘ではないだろう。
これで希少性のお得感をちょっとでも煽ることができたはずだ。
イカロスの地位を貶めた後は、オーテムを利用してイカロス派の魔術師を取り込む。
そのための基盤をリノア一派内で築き上げておかなければならない。
「明後日までには、イカロスと決着をつけなければいけません。明日中に、なんとしても新たな作物を開発しましょう」
魔術師達は明日中という言葉には引っ掛かりを覚えている者がおおいようだが、実績を作ったばかりであることと俺の自信を見てか、横槍を入れる声は出てこなかった。
リノアが数枚の紙を懐から取り出す。
「それは?」
「……イカロスの作っている、作物開発の研究報告書の写し。これを改良した案を出して、どうにか目に見える結果を用意することができれば、イカロスの発言力を貶められるはず」
既にそういったものを用意していたのか。
手の内もわかっているのならば、かなり有利に動くことができる。
俺はリノアから研究報告書を受け取り、目を走らせる。
「……これ、報告書ですか?」
「……一応」
報告書は、かなり雑な省略が所々になされていた。
敢えてぼかして書かれているようなところも多い。
俺もラルクを誤魔化すためにちょっと複雑めに書いた部分はあったが、あれは報告書の体裁を保っていたという自信がある。
これは保っていない。
独自の記号や省略も多く、報告書というよりも私的なノート状態だった。
「あーし達は開発には触らせてもらっていないから、詳しくはわからない。でも、何度か目を通して理解はしようとしたから、部分的な説明ならできるはず……」
「いや、それは別に大丈夫ですよ」
「ん?」
リノアが首を傾ける。
「だいたいわかったんで、大丈夫です。そんな大したことは書いてなさそうですし……」
「そ、そう……」
リノアは、少しがっかりしたように肩を落とす。
イカロスの報告書は、ファージ領で元々育てていたラッズ芋を改良し、干ばつや魔草に強く、従来種よりも大きく、早く育つイカロス芋の開発を目標としているようだった。
名前はどうよと思ったが、開発が成功した暁に自分の功績をアピールするのに、これほどシンプルかつ強力な方法はないだろう。
こういうところは本当にちゃっかりしている。
イカロス芋の強みである干ばつと魔草対策は、この領地に合わせたものだ。
従来種よりも大きく早く育つ点は、報告書を読んでいる限り、開発の進行が滞っているために生じた領民達の不満を誤魔化すため、適当に付け加えただけのように思える。
そっち方面に具体的な開発の着手を行っている部分が見られないのにやたら誇張しており、頻繁に言及している。
種芋に組み込む魔法陣なんてもう、ぐっちゃぐちゃのめちゃくちゃである。
見ていられない。
錬金術関連の魔法陣を、部分部分半ば勘で繋いでいるだけである。
これに何か意図があったのなら教えてほしい。
こんなのをわざわざ作って植えて育てて結果を待っていたら、10000年掛かってもまともな作物を開発できないことは明らかである。
そりゃ膨大な時間が掛かるわと。
「うわ、こっちのに至っては術式途切れてる……うわ……メア、見てみろよこれ。あいつ、こんなの堂々と提出しといて、よくも人前であれだけ言ってくれたよ」
「メ、メアに見せられても全然わかりません……ごめんなさい……」
俺がメアに報告書の写しを見せびらかすと、メアが申し訳なさそうに身を縮める。
少し気まずくなったので、俺はそそくさと報告書の解読へと戻る。
一通り見終えてから、リノアへと報告書の写しを返す。
「……参考、なった?」
リノアが不安そうに聞いてくる。
役に立たなかったとも言い辛いので、俺は言葉を探りながら話した。
「……被って因縁つけられるのも嫌ですから、まったく違うのにしましょうか。今は干ばつも解消されましたから、魔草に強い作物を作ればいいだけですし」
「…………」
リノアも俺の本音は察したらしく、それ以上は何も言わなかった。
「幸い、自分が昔暇潰しに考えたことがあった作物があります。頭の中に記録は残っているので、それをベースに考えて行きましょう。必要になりそうなものを集めたいので、この領地に生息している魔獣や植物を教えてください」
今回の作物開発において一番優先しなければいけないのは、さっさと目に見える成果を出せることだ。
成長速度で目を引くとしたら、作れる型はかなり限られてくる。
とりあえず明後日だけ取り繕って場を凌ぐという手もあるが、イカロスが今後起き上がる隙を作ってしまいかねない。
できればここで完全にイカロスを仕留めてファージ領に攻撃していた人間への本格的な対策を行って追い出し、じっけ……領地開発に専念したいところである。




