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最強呪族転生~チート魔術師のスローライフ~  作者: 猫子
第四章 ファージ領の改革
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とある宣教師の使命(sideリングス)

 リーヴァラス国からファージ領へとやってきた宣教師、リングス。

 彼はこの日、ファージ領の長老ロウブの家の居間を借り、演説を行っていた。


 聞きにやってきたのは十五人である。

 これ以上の人数は、ロウブの家には入らないのだ。

 規模を広げるためには、教会の完成を待たねばならなかった。


 屋外で演説を行うときもあるのだが、そのときは本当に宣伝が目的である。

 領内の不安要素に疲れている領民達を聞こえのいい言葉で励ますだけだ。

 今回は、少し目的が異なる。屋外では行い辛い理由が少々あった。


「こうして我が祖国リーヴァラスは、近年に至るまでの数百年に渡って不安定な時代が続いていました。幾つにも分かれたリーヴァイ教の宗派は互いを認めずにいがみ合い、長くなれば長くなるほど対立は深まり、リーヴァイ様のお言葉の真意も時代の流れという霧の中に消えてしまい、どんどん掴めなくなっていく……。もう、誰にも収集がつかなくなってしまったのです。誰もが、誰もが、平和を望んでいたというのに、です!」


 リングスは、ぐっと拳を掲げながら領民達へと呼びかける。

 領民達も自分とは離れた場所で起こった出来事でありながら、リングスの熱の籠った言い方に、つい感情を移入して話にのめり込んでいた。


 リングスは演説を行う際、意識的に気をつけていることが数点あった。

 その内の一つは、ネガティブな言葉は小さく、ポジティブな言葉を大きく話すことである。

 今回であれば、『平和』という言葉を意識して大きく声に出していた。

 こうすることで、『いいことを話している』という刷り込みを、ごくごく自然に行うことができるからである。

 リーヴァラス国では、この手の手法は常套手段であった。


「そんな混沌のリーヴァラス国に、四人の救世主様が現れたのです! 彼らの年齢や性別、生まれに一貫性はありませんでした! ただ夢でリーヴァイ様のお告げを聞き、身体にリーヴァイ様の紋を刻まれていたという共通点を持っていたのです!」


 リングスが話せば、領民達がごくりと息を呑む。

 この話を聞いたのが数度目の者もいるが、それでも何度聞いても衝撃的な話であった。

 何せ、リーヴァイを含める四大創造神は、すべてクゥドルに滅ぼされたと、ディンラート王国の神話ではそう伝えられているのだから。


 今日、初めて屋内での演説に参加した者達は驚きは勿論のこと、戸惑いの色も顔に浮かべていた。

 屋外ではずっと今まで宗教色など出さずに、ただ人の在り方や世の理不尽さへ対抗する心構えについて説いていたのだから、抵抗感を持つことに無理もないだろう。

 ただ、リングスがじっくりと育ててきた信者達が、空気を乱すことを許しはしない。


「四人は最初は、利益のために作られた新興派だと疎んじられていました。しかしリーヴァイ様からお借りした力を用い、枝分かれしていたリーヴァラス国の宗派を、あっという間にまとめ上げてしまったのです! 彼らはやがて四大神官と呼ばれるようになり、その中の一人であるサーテリア様は、新教皇となられました! これによりリーヴァラス国は、平定を取り戻したのです!」


 椅子に座っていた領民達は揃って立ち上がり、拍手をした。

 座っていた新顔達もリピータ―に釣られ、恐る恐ると立ち上がり、戸惑いながらも拍手に混ざる。

 こういったとき、閉鎖的な空間が役に立つ。


 今のリングスは、多少の疑いの目を向けられてもどうとでもできる立場にいた。

 干ばつ続きのファージ領がここまで何とかなっているのは、錬金術師団が魔術で水を生成して領民に配っているから、という面が大きい。

 十分までにはいかないとしても、ないよりはずっとマシである。

 錬金術師団の団長であるイカロスが、領地が不安定になってから急速に権力を強めているのも、領民への水の補給を行っているからである。


 水魔術が得意であったリングスもこれに協力しており、そのお蔭でファージ領に深く根を張ることに成功した。

 直接は口に出さずとも、水の配給の優先順位をちらつかせることで領民に機嫌を窺わせることができるからだ。

 だから本心からでなくとも、友好的にしておいた方がいいと考えてリングスに擦り寄ってくる者は多かった。


(行ける……順調だ。雨雲を止めている限り、ファージ領における私の地位は揺るがない。教会さえ完成してしまえば、一気に計画を進められる)


 計画の核であった、領地を封鎖するためのナルガルンが倒されたと聞いたときには、リングスも眩暈がした。


 ナルガルンに魔法陣を仕込んだのは、生体魔術に傾倒して牢に繋がれていたリーヴァラス国の賢者、ペンラートである。

 彼はリーヴァイに見込まれて紋を刻まれて以来、多くの生体兵器を造り上げて宗派の統一に大きく貢献し、今では四大神官とまでなった。

 信仰心よりも探求心の方が強く、四大神官となった今でもそれは変わらない。根っからの研究者である。

 再生ナルガルンは『不滅の多頭竜』とリーヴァラス国でも恐れられ、賢者ペンラートの最高傑作とまでいわれていた。


 それを何も知りもせず、散々ケチを付けてくれたクソガキ共は必ず八つ裂きにしてやろうとリングスは心中で深く誓っていた。

 リングスにはアベルが何の言っていたことがどこまで正しいのかはわからなかったが、争いの中で成長してきたリーヴァラス国の魔術は一級品である。

 その頂点である賢者ペンラートの魔法陣に対して、ガキがパッと見て上から目線で説教垂れられるわけがないのだ。


 間違っているのは、あのガキの方に決まっている。

 ナルガルンが死んだのは、きっと何か事故のようなものだったのだ。

 そうリングスは結論付けていた。


 しかし不気味なことには違いなかったし、話を聞いている限り、まったくの偶然だったとも思えない。

 不安の芽を摘むため、私兵団諸共ハーメルンに処分させることにした。

 私兵団の団員を殺す理由はなかった。

 しかしハーメルンを持ち出して狙った場所で奇襲を掛ける以上、裏で糸を引いている人間が存在するという事実が、明るみになりかねない。

 アベルの死を、野性の魔獣との接触による戦死として扱うための犠牲であった。


 そのはずだったのに、あっさりと全員生還した。

 悩みに悩んだ。撤退した方がいいのではないかとも思った。

 ストレスで体調が狂い、領民からも急に老けたと心配される始末である。


 しかし、領地に深く根を張ることには成功している。

 目標の達成までは、後もう少しなのだ。

 リングスの信仰している神、リーヴァイの意向に沿うためには、なんとしてもファージ領を押さえる必要があった。

 これは試練だと、乗り越えられる波なのだと、リングスはそう自分に言い聞かせていた。


 天候も領民も領主も、すべて制御下にある。

 この地に長年滞在している魔術師イカロスも、目前に利益をちらつかせれば面白いように領地の足を引っ張り、領民の不安を煽ってくれる。

 いずれは利害の対立が生じるだろうが、その前に消せばいい。


 問題は、急に降って湧いてきた天災アベルである。

 アベルを倒す手立てはあるが、万が一取り逃がした場合、こちらの正体が完全に露見することとなる。

 そうなれば、苦労を重ねて築き上げてきた領民との信頼がすべてオジャンとなる。

 あくまでも最終手段としたい。


 ナルガルンに大規模結界による天候操作、作物病魔、魔草の持ち込み、その他内部工作。

 ここまでしてファージ領の篭絡を狙っているのは、ディンラート王国内にリーヴァラス国の拠点を作るためである。


 それも国を刺激して警戒させない、緩やかな支配。

 リーヴァラス国からディンラート王国へ攻め入る際、障害となるのが国境を隔てる山脈である。

 そのために国境外側の領地を宗教的に支配し、ゆくゆくは兵を休めさせるための拠点を作るのが最終的な目標である。


 それが水神リーヴァイにより、リーヴァラス国が賜った使命であった。

 絶対にしくじることはできない。だからここまで過剰にお膳立てをしてきたのだ。


(下手な動きを抑え、計画の進行を遅らせるしかないか……。いずれ、再び何らかの手段によって、ファージ領とディンラート王国の交流を断たねばならない。あのアベルとかいう魔術師からの妨害を避けられる形で……)


 天候を支配している限り、自分の地位は揺らがない。

 長期的に見ればいい。なんなら、魔術師を数人殺せばそれだけでファージ領におけるリングスの重要度は跳ね上がる。


 と、外から領民達の騒ぐ声が聞こえてきた。

 リングスは何気なく、自分の背後にある窓を見た。

 閉塞感を出すためにカーテンを閉めてはいたが、外が時間にしては暗くなっていることに気が付く。

 耳を澄ませば、ぽつ、ぽつと、わずかながらに雨音も聞こえてくる。


「嫌な天気ですね。大雨が来そうな……」


 何も考えずにそう言った後、頭を金槌でぶん殴られたような衝撃を受けた。


「はぁぁっ!? 雨!? はぁぁぁあっ!?」


 厳かな雰囲気が保たれていた室内が、リングスの発言で騒めき出す。


「あ、雨ですと!」「本当だ、外が暗い!」

「リングスさん、少し様子を見てみます!」

「わ、私も……」


 皆次々へと、希望に満ちた顔で外へと駆け出していく。

 リングスは一人呆然と立ち尽くしていたが、我に返って家を飛び出した。


 空を見て、驚いた。

 雲が、四方から押し寄せてくるところだった。


「な、なんで! なんで……嘘っ! なんで!」


 ぽつり、ぽつりと雨が降り注いでくる。

 それはどんどんと威力を増していき、周囲の者達は喜びの声を上げながら家へと逃げて行く。


 リングスは土砂降りの雨の中、ただただ一人突っ立っていた。

 力なく膝を着くと、泥で膝がひどく汚れた。


「…………なんで」


 ぽんと、誰かが肩を叩いた。


「いやぁ、凄いですね。これも宣教師さんが、水神様とやらにお祈りしてくれたお蔭に違いありません! さぁ、早くロウブさんの家に戻りま……」


 ハッハッハと、領民の青年は快活な笑みを浮かべる。

 あまりにも軽い言い方で、それは極限状態にあるリングスの神経を綺麗に逆撫でしてくれた。


「んなわけあるかぁっ!?」


 目を血走らせ、襟首を掴んで首を絞めながら持ち上げる。


「せ、せ、宣教師さん……や、やめ、ぐるし……」


 青年を地面に叩き付け、リングスは息を荒げる。


「はぁー……はぁー……クソ、なぜ、なぜこんなことに!」


 リングスは怒りを抑えるため、自分の人差し指を噛んだ。

 血が滲み、第二関節が砕けるような音が鳴り、激痛が走る。

 それでも噛むのを止めなかった。その痛みの分だけ、どうにか冷静さを取り戻すことができた。


 遠くにある建設途上の教会を睨み、自分に言い聞かせる。


(教会の建設まで来たんだ……私ならやれる……これだけ基盤があれば、私ならやれる。落ち着け、リーヴァラス国と違い、平和ボケした馬鹿ばかりだ。なんとしてでも、信仰を繋いでみせる。あのアベルだって、直接対決という手を取らなくても、適当に篭絡するという手もある。もう少し領民達の教育が進めば、誘導していびって追い出すことだってできる……信仰さえ繋ぐことができれば、時間はいくらでもある)

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