二十二話 錬金術師団④
「……下手にこっち手伝ったの、イカロスにバレたら動きづらくなる。早く戻った方がいい」
リノアは俺に対して信用しきれていない面があるのか、はたまた雨寄せの魔術を妨害している何かに不穏なものを覚えてか、俺が参加するのを認めてはくれなかった。
雲寄せの魔術に関しては扱いがややこしいため、ラルクから俺への直接の許可はもらっていない。
形式としては、錬金術師団の団長であるイカロスが、雲寄せの魔術を行使する指揮権限をリノアに譲った形になる。
だから俺が単独で雲寄せの魔術を行う、というわけにもいかない。
リノアに協力する体裁を取る必要がある。
辺境地にあるファージ領においては完全に形式の問題なので、事後承諾でも目を瞑ってもらえそうな状況ではある。
あるのだが、下手を打ったらイカロスに弱みを握られかねない。
ちょっとでも隙を見せたら粘着質に責めてきそうだ。
ここはどうにか信用を得てリノアから許可をもらうという、正当な手続きを踏んでおきたい。
「雨寄せに用いている魔法陣を見せてもらえますか?」
俺が頼むと、リノアは目を細めて数秒ほど思案していたが、すぐに無言でさっと杖を振った。
魔法陣が俺と彼女の間に展開される。
かなり大きめのものだ。見やすいようにと拡大してくれたのだろう。
「この魔法陣、魔力減衰が激しいですね」
「……ん? そう?」
少しプライドが傷付けられたのか、リノアがむっと口を歪ませる。
「簡単なところで言うと、略化できる術式部位があることですね。当然それに伴い、全体のバランスも整える必要がありますが。しかし何より、この型の魔法陣ですと雲への距離がネックです。そこを念頭に置いて、別の術式をベースに組み直した方がいいのではないですか。気流も、従来の流れをもっと利用した方がいいですし。アーシファ式の魔法陣ベースならその辺りの問題は補えますし、現状雲寄せの魔術が上手くいかない原因となっているかもしれないと推定できる要素も、いくつか潰せますよ」
「アーシファ式ベースに、組み直す? でもそれ、ほとんど一から……。確かにアーシファ式から組めたら、欠点は補えるかもしれない……けど、魔法陣、組み直せるので?」
「二日もらえれば、確実に。順調に進めば一日でできますよ」
俺の発言に対し、リノアの部下達から「おおっ」とどよめきが上がる。
リノアも俺の言葉を聞いて揺れたらしく、手を口の前に当てる。
勿論、俺としてはこんなところで二日も掛けたくはない。
イカロスのタイムリミットに引っ掛かる。
今のはあくまで、使っている魔法陣の欠点を具体的に指摘してリノアを納得させ、自分が魔術に精通していることをアピールするのが目的だ。
「因みに、自分の故郷でやっていた木偶人形を使う雲寄せの魔術なら、今すぐ実行できますよ。魔法陣を組み直すより効果があると思いますけど、試してみませんか?」
「…………!」
リノアは目を見開く。
俺がこの順番で話した意図に気が付いたようだ。
リノアは後ろにいる部下達の顔を目線で追って確認をした後、向き直ってから頷くことで俺の案を受ける意思表示を示した。
「……わかった。この場での指揮権限を、一時的に預ける。指示、出してほしい」
「いえ、別に俺一人でも……」
必要なのは、俺がリノアに協力したという体裁だけだ。
雲寄せ自体なら俺一人でも可能だし、言っては悪いがそっちの方が多分効率もいい。
世界樹のオーテムを手許へ転移させようと杖を構えたが、そこでふと一つの考えが頭を過った。
「あ……ではまず、小刀を村の方から集めてきてもらっていいですか? あと、鑢と塗料も」
「……小刀?」
リノアとその部下である魔術師達が、揃って首を傾げた。
一時間後、村へ戻っていた道具調達班の魔術師達が帰ってきた。
大きな道具袋に、小刀を初めとした様々な道具が入っている。
その間に残りの魔術師達には木材調達班となってもらい、木を風魔法で切って用意してもらっておいた。
なんのためか。勿論、オーテムを彫るためである。
ファージ領の木は、なかなかオーテムの材料として質がいい。
放置しておくには勿体ない。じゃんじゃんオーテムとして活用するべきである。
さすがにマーレン族の集落に生えている木ほどではないので、できることは色々と限られてくるが……基本的なオーテムを彫るだけならば、十分である。
マーレン族の技術を外部に漏らしている形ではあるのだし、むしろ劣化版くらいがちょうどいい。
教える部分も、その辺りには気をつけて絞っておこう。
慎重に考えて判断しなければいけない部分だ。
「これで早速その、オーテムとやらを彫ればいいのですかアベル殿?」
魔術師の一人が俺に尋ねる。
「ああ、そうだ! 今日は作り直しをしてもらう時間的な猶予がないから、一発で作ってもらうことになる! 最低限機能する形にまでは持っていってもらう! 細かい指示を出すから、慎重に動いてほしい!」
声を張り上げる俺の背を、つんつんとメアが突く。
「どうしたメア?」
「……アベルなら、六つくらいすぐに彫れるじゃないんですか? 教えたいだけだったりしませんよね?」
メアが声を潜めて言う。
「い、いや、それだけじゃないぞ」
「やっぱりそれもあったんですね……」
教えたかった、というのは否定できない。
確かに俺は蘊蓄を傾けるのも講釈を垂れ流すのも大好きである。
しかしオーテム技術の伝承が上手く行けば、イカロスの派閥を切り崩すのにも役立ってくれるかもしれない、という望みもある。
ファージ領に置いてラルク陣営に欠けているのは人望、つまり支持者の数だ。
イカロスの派閥を崩すのには、錬金術師団が領を救うと信じている一般領民は勿論のこと、イカロスを慕っている錬金術師団の魔術師も引き抜く必要がある。
技術伝承は、派閥の形を大きく変える。
マーレン族でもカルコ家が香煙葉の技術伝承を独占していたお蔭でのし上がり、他家をいくつか傘下に入れて派閥を作っていたくらいだ。
オーテムで雨を降らせた実績を作れば、イカロス陣営から数人は裏切る人間が出てもおかしくないはずだ。
魔術に熱心な人間ほど、オーテムの技術を逃したくはないだろう。
俺が逆の立場ならば、絶対にそうする。
六人の魔術師が、俺の指示に従ってオーテムを彫り始める。
なかなか皆、熱心に取り組んでいる。
この調子なら、ファージ領をオーテムで埋め尽くせる日も遠くないかもしれない。
「ああっ! あの、腕の位置の比率は、先に示した通りにお願いします!」
俺はオーテムを彫っていた魔術師の一人に駆け寄り、そう伝える。
大雑把でいいとは言ったが、さすがに比率くらいは守ってほしい。
「え……でも、ほら、言われた通りですよ! ほら!」
魔術師が自前のオーテムを前に突き出す。
俺は彼らがオーテムを彫っている間に作った、木の板に目盛りを刻んだものをオーテムに押し当てる。
「……1:1.48、残念ながら規定外ですね」
「そ、そんな! でも、作り直しはしないんじゃ……」
「特例として認めましょう」
「特例なのに判断早くありませんか!? でもほら、俺がずれてるのなら、あいつのもズレてると思います!」
そう言って、他の魔術師を指で示した。
指の先にいた魔術師は、自分の彫っていたオーテムを抱えて隠す。
俺は歩み寄り、無言で手の指を曲げ、出すように催促した。
「こ、これだが、別に問題ないよな?」
オーテムに先ほどの木の板を押し当てる。
「作り直しでお願いします」
特例二件目である。
「あんまり最初から厳しくしない方がいいんじゃないかなって、メアはちょっと思ったり……」
「いやでも、結構ズレてたし……」
「小数第二位まで読んでませんでした?」




