二十話 錬金術師団②
イカロスが去ってから、ラルクとファージ領の抱えている問題について話し合って洗い出し、纏めることにした。
何らかの理由でファージ領を狙っている者がいたとすれば、問題ごとを一つずつ潰して安定させてしまえば手出しはできなくなるだろうし、急いて尻尾を出してくれることも考えられる。
以下がラルクと話し合って纏めた、ファージ領の抱えている十項目の問題ごとである。
・再生術式付きナルガルンによるファージ領の閉鎖。(討伐済みだが、故意に嗾けられた可能性あり)
・魔獣の異常繁殖、及び変異種の発生。(元凶である悪魔は回収済みであり、魔獣の大幅な間引きも達成済み)
・武具の素材不足。(ナルガルンの鱗により暫定的に達成済みだが、イカロスの横槍が入ったため動かせない状態にある)
・冒険者支援所の閉鎖と私兵団団員の帰省による大幅な戦力不足と、それによって予想される治安の悪化。
・干ばつ、魔草による作物への被害による食糧不足。
・領民の不満を紛らわせるための娯楽の開発。
・領民と領主の不仲、及び私兵団への不審感。
・錬金術師団の長であるイカロスによる足の引っ張り。
・異国の宗教の急成長による、内部での対立の危険性。
・何者かによるファージ領への工作。
上記十項目が、現在ファージ領の抱えている課題である。
ナルガルンによる領地の封鎖は解けたものの、流通はまだほとんど回復していない。
まだ安全が保障しきれるわけではない以上、あまりに活発にも動けない。
とりあえずポーグ(伝書鳩)と使者を面識のある貴族や王都に飛ばしたそうだが、元よりナルガルンに対して何の対抗策も取ってくれなかった彼らが特に手助けをしてくれるとも考えられない。
魔獣の間引きもハーメルンの性質のお蔭で纏めて数を減らすことができたとはいえ、まだ取り逃がした凶悪な魔獣は多く存在する。
これから減って行くであろう戦力で対抗しきれるかどうかは怪しい。
俺も協力したいが、アシュラ5000からどうにかこうにか逃げおおせた魔獣達は、全員かなり臆病になっているはずだ。
ハーメルンの魔法による興奮状態もとっくに解けているだろうし、野を駆け回って追いかけるというのは残念ながら俺の不得意分野である。
ハーメルンを利用すればどうにかなるだろうが、あまり遠くまで行かせればそのまま逃げられる可能性もある
捕まえたハーメルンを野放しにしたとなれば、かなりの重罪である。
治安の維持にも手が足りてない以上、魔獣の間引きだけに俺が手を貸しても仕方がないことだ。
今の領地は、絶望的に人手が足りない。
治安の維持に徹するのならば私兵団員の方が動かしやすいだろうが、復興に力を入れたい今、私兵団の増強はどうしても費用が掛かり過ぎてしまう。
冒険者支援所の機能の回復を優先するべきだろう。
武具の素材にしても、ナルガルンの鱗はイカロスの言いがかりによってしばらく動かせない状態になってしまった。
一日でも早くあの品のない魔術師崩れには引退してもらわねばならない。
それも周囲の支援によって簡単に立ち直れないよう、なるべく大きめの恥を掻いてもらう必要がある。
死んでもらうのがベストだが、俺としてはそういう手は好まないし、支持者からの反感も大きい。
「酷いですね……いや、改めて見ると本当に酷いです……」
俺はラルクが書き纏めた紙を見て、思わず呟いた。
失礼だと思い直したのは、完全に口に出した後だった。
口をさっと手で覆ったが、ラルクも力なく首を振るばかりだった。
「……返す言葉もない、本当に」
「す、すいません……なんだか、すいません……」
「……謝らないでくれ。酷いのは事実であるし、おまけにその原因は、すべて私の手腕にある。君には、本当によくしてもらっている。感謝してもしきれない。もう、何度この地はお終いだと思ったことか……」
さすがにそれだけじゃないと思うけどな……。
この一大事に派閥作って妨害しまくってたイカロスがいなければ、それだけでかなりマシだったはずだ。
あのオッサンはもう、打ち首にされても文句言えないレベルだろう。
因みに項目の九つ目、異国の宗教とは勿論水神リーヴァイ教のことである。
水神リーヴァイは土神ガルージャ、火神マハルボ、空神シルフェイムに並ぶ、四大創造神であるといわれている。
(ディンラート王国が讃えているクゥドル神は四大創造神には含まれないが、法神として五大神とするケースもある。)
しかし水神リーヴァイは少なくともクゥドル聖典においては四大創造神の中では最も力が弱く、クゥドルの手加減して放った炎で大聖堂ごと身体の八割を蒸発させられ、残った二割は聖杯に注いで呑み干されたと記述されている。
リーヴァイ教を国教とするリーヴァラス国も弱小国であり、おまけに聖典の解釈で割れて幾つもの宗派に細かく分かれ、内戦を繰り返していた。
なので、はっきりいって、リーヴァイ教の中には胡散臭い宗派もかなり多いはずだ。
枝分かれした宗派のいくつかは、聖職者崩れが都合のいい奴隷欲しさに立ち上げたものがあってもおかしくない。
リングスの宗派がどの程度正式なものなのかもわからないし、表立っては出さなくてもリーヴァイ教の中にはクゥドル教を敵視している連中もいると聞いたことがある。
このまま順調に力をつけていったらいつか厄介な事件を起こさないとも限らないと、ラルクは危惧しているそうだ。
ラルクも領主の立場として規制すべきか悩んだが、宣教師であるリングスは物腰柔らかで優しい性格であり、何よりラルクへ挨拶に来たときにはすでに領民から好かれていた。
領民達の過激な行動を抑えるきっかけにもなると思い話をするだけならと許可は出したが、いつの間にか教会が建設され、どんどん規模は大きくなっていく。
ファージ領に深く根を張りつつあり、今更追い出そうとすればそれこそ反乱の引き金になりかねない。
まさかとは思うが、万が一を思えば今一番警戒したい相手でもあるそうだ。
「う~ん、宣教師さんの問題は俺には無理ですね。下手に触ったら大反感くらいそうですし……ここまで大きくなってしまったのなら、後回しにしてまずはラルクさんの領主としての信用を回復させた方がいいのでは」
「周囲の反感が怖いのは、イカロス相手でもそう変わらないのだがな……」
……厄介な相手ばっかりだな。
直接魔術でねじ伏せるだけなら自信はあるが、まず土俵にまで引っ張り出さなければならない。
イカロスはかなり悪知恵が利きそうだし、ナルガルンの回収期限を考えるとあまり猶予もない。
「イカロスとぶつかるには、錬金術師団の副団長であるリノアに相談するがいいかもしれない。錬金術師団はイカロスと甘い汁を啜っている者が大半だが……リノアの一派だけは、私に協力的な面を見せてくれている。ナルガルンの討伐隊を組んだときも、イカロスの傍観命令を無視して動いてくれたそうだ」
「わかりました。じゃあ、話だけ通しておいてください」
「わかった。私からリノアに、君のことを紹介しておこう」
「あ……と、それから、制限魔術の行使許可がほしいんです。明日にはもう動き始めたいので、今日中に印鑑もらっていいですか」
「確かに、領地問題に関わる魔術は、その土地の責任者の許可が必要なものが多いとイカロスも言っていたな。君の要請とあれば、私の権限で許可を出せるものなら何でも出そう」
よし、これならどさくさに紛れて変な要請を混ぜても通りそうだな。
「えっと、じゃあ三十八枚ほどいいですか?」
俺がそう口にすると、ラルクは表情を引き攣らせた。
「三十八枚!? え、もう枚数も決まってるの? 今ついでみたいに言ったけど、かなり頭の中で纏まってたんじゃ……? ちょ、ちょっと待ってくれ、あの、やっぱり少しだけ考えさせてほしいというか……」
「あまり時間もありませんから、早速纏めてきますね! 領主様、お互い領地復興のために頑張りましょう!」
俺はぐっとガッツポーズをかまし、そそくさと執務室を抜け出した。
良かった。
領地改革にかこつけて大規模な生体魔術の実験もできそうだし、領地問題が終わってからも好き勝手できそうだ。
領地の足を引っ張るような真似はしないから、これくらいの役得は見逃してほしい。




