十七話 魔獣被害⑩
各々魔獣を手に、私兵団は帰還した。
魔獣の群れはその多くが山奥へと撤退。
魔獣被害によって今後の流通回復が妨げられることが危惧されていたそうだが、そういった心配もないそうだ。
護衛をつければ、滅多なことがない限りは他の街まで移動することができるだろう。
村の前で三つに分かれていた部隊が集合し、集まってから村へと入った。
入り口のところで整列し、ユーリスが一時解散を表明した。
緊張の残っていた隊員達が大きく溜め息を吐き、互いの無事を喜び合っていた。
「本当に、何から何まで申し訳ありません」
解散後、真っ先にユーリスが俺の許へとやって来た。
「貴方がいなければ、領主様の私兵団は全滅していたかもしれません。今そんなことになってしまったら、この領地も……」
ユーリスは顔を青くし、言葉を濁した。
口にするのも恐ろしい、といった調子だった。
「そうだそうだ! お前さんは、俺達の英雄だな! なんだ、ひょっとして都会の方じゃ有名な魔術師なのか?」
大男、ダンテが俺とユーリスの会話を聞いて近くへ寄ってきた。
強面だが、気のいい人だ。
「いやぁ、田舎の少数民族出のもので……」
「お前さんだったら、イカロスの野郎だってぶっ倒せちまうんじゃないのか? な? な!」
イカロス……なぁ。
イカロスの派閥の規模と、どれだけ纏まっているかが知りたい。
直接殴ってどうにかなる相手ではなさそうだ。
「……言い方に気を付けろ。イカロス殿と、敵対するわけにはいかない。我々の立場から言えるのは、もう少し協力的に動いてほしい、ということだけだ」
ユーリスがダンテを睨む。
「そりゃあ、そうだけどよ……でも、やっぱ腹立つじゃねぇか」
……話を聞いているに、領主も頭が上がらない相手だからな。
ユーリスの様子を見るに、私兵団の中にもイカロス側の人間が紛れ込んでいるのかもしれない。
権威を失墜させるのはかなり骨が折れそうだ。
俺とメアは私兵団の面子と別れ、領主の館へと戻ることにした。
この後は各部隊長がラルクへ報告し、手にした獲物についての話し合いを行う。
それが済んでからは再び私兵団を集め、加工、保管の作業となるそうだ。
この量だと、領民達にも手を借りることになるだろうと言っていた。
ただ俺はもう疲れきっていたので(主に移動によって)、このまま領主の館で休ませてもらうことにした。
それにさっき手に入れたハーメルンの様子も見ておきたい。
なにせ希少悪魔である。
調べたいことも山ほどある。
それに上手く行けば、ハーメルンを使役して私兵団を襲撃した精霊使いを割り出すこともできるかもしれない。
「……アベル、足、大丈夫ですか?」
「生まれてから今日が、一番歩いた気がする……。休憩したりオーテムに乗ったりしてたから、まぁ三日くらい休めば完全復帰できそう……」
日照りも酷かった。
魔術で雲を集めようかと思ったが列を止めるわけにはいかなかったし、あの魔術は無計画にやると気候が崩れてどえらいことになる。
ちょうど干ばつに困っていたから別にいいとは思うが、天候を操る魔術は下手したら戦争の引き金にもなるといわれている。
領主と……後、この地に半年以上滞在している高位魔術師の意見を聞かなければならない。
ディンラート王国にはそういう国法があったはずだ。
「お、思ったより深刻そう……。またメアがマッサージしてあげますねっ!」
「割とマジで頼む」
出発したときとは違う入り口だったので初めて通る道だが、領主の館までの道のりはすでにユーリスから聞いている。
そう複雑ではなかったので、道に迷うことはないだろう。
「ん、あれ……何か建つんですかね?」
メアの声に釣られ、俺は彼女の視線の先に顔を向ける。
少し離れたところに、建設途上の建物があった。
他の民家より一回り大きい。
高さはあるが、二階建てではないようだ。
十数人の男が出入りし、作業を進めている。
そこへ近づいていく、若い男の姿が見えた。
見覚えのある青いローブ、鈍器代わりになりそうな分厚い経典。
人のよさそうな、キレのある流し目。
水神の宣教師、リングスである。
男の一人が彼に気が付き、作業を止めて駆け寄って行った。
「リングスさん! どうですか? なかなか形になってきたでしょう?」
「おお、素晴らしい……。貴方方の信仰心、情熱が見ているだけで伝わってきます」
リングスは壁へと手を触れ、慈しむように撫でる。
「へ、へへへ。リングスさんに褒めていただけて、光栄です! 俺から皆に伝えておきます」
男は照れたらしく、頭を掻きながら答える。
「ありがとうございます。他国での教会建設は、幼い頃から私の夢の一つでもありましたから……本当に、貴方方と会えてよかった……」
「いえ、いえ! そんな、御礼を言われることじゃあありませんよ! 助けられたのはむしろ俺達の方です! もっと他の奴にも、リングスさんのお話を聞いてほしい……その一心で皆集まってるんですから!」
「私の言葉が、皆さまの助けになるのなら……これ以上喜ばしいことなどありません。不安もありましたが……この地に来て、本当に良かった。水神様の言葉通りです。『混ざれど濁れど、源流は一つ』」
水神リーヴァイの教会が建つのか。
ディンラート王国の国教、クゥドル教は一部を除いて異教徒に優しい……というか、関心がないので問題ないとは思うが……。
「少々懸念がありましたが、そちらも片付きましたし……」
「懸念? 何かあったんですか?」
「おっと、いえいえ、なんでもありませんよ」
リングスはふっと笑みを浮かべ、それから俺の方へと身を翻した。
目が合った。
その瞬間、リングスの動きが止まり、表情が凍り付いた。
「な、なんで……何が、どうなっている。参加してたはずじゃ……」
リングスはその場に膝をつき、口を手で押さえる。
「リングスさん? リングスさん、大丈夫ですか? おい、誰か水持って来い! リングスさんの顔色が悪い!」
男が慌てふためいて、作業中の他の者へと指令を出す。
何か妙なものでも見たのだろうか。
俺は振り返って自分の背後を確認してみたが、特に気になるものはなかった。
「アベル、どうしましたか?」
「まぁ、いいや……。今はとにかく、日の当たらないところで横になって寝たい」
俺は身体の向きを変え、止めていた足を再び前へと動かそうとした。
「クソがぁっ!」
リングスの吠える声と、鈍い打撃音が聞こえ、思わず再び振り返ってしまった。
リングスは拳を固め、建設中の教会の壁を殴っていた。
幼い頃からの夢じゃなかったのか。
「リングスさん? リングスさぁぁぁん!」
「なんだ、リングスさんに何があったんだ!」
建設作業が完全に止まり、大騒動になっていた。
すぐにリングスは冷静に戻ったらしく、息を荒げながらも「私としたことが、取り乱して申し訳ありません……」と周囲に頭を下げていた。
「なんだ、喧嘩か?」
「……今、あの人、アベルの方見てませんでしたか?」
もう一度後ろを確認してみるが、何もない。
思い返してみれば、俺じゃなくてメアの方を見ていたような気がしなくもない。
ただ余計なことを考えている体力の余裕はなかったので、そのまま真っ直ぐ領主の館へと向かうことにした。




