十話 魔獣被害③
マリアスに客室へと案内され、荷物を置いてから領地の様子を見てみることにした。
錬金術師団のこともそうだが、この領地には不安要素が多すぎる。
情報収集をしておいて損はないだろう。
俺はエリアの部屋の扉をノックする。
「外、回ってみようと思うんですけど……どうですか?」
「……今日、色々あって疲れた。休んでる」
いつもの低血圧な調子の声が返って来る。
ファージ領までの間、ずっと馬車の操縦をやってくれていたのだ。
その分、疲れているのだろう。
メアと二人でラルクの館を出たところで、門の先に人だかりができていた。
群衆の先頭に立っている男は、俺に気が付くと真っ直ぐに向かってくる。
「白い髪に赤い目……それから角ありの女の子……貴方達が、ナルガルンを倒したという冒険者の方ですね!」
分厚い経典を腕に抱えた、青いローブの男。
ラルクの館へ向かう道中、遠目から見た覚えがある。
「噂を聞いて、どうしてもこの領の英雄にお会いしてみたくなったものでして、居ても立ってもいられなくなってしまいまして……。おっと、失礼をいたしました。私はリーヴァイ教の宣教師、リングスと申します」
リングスは温和そうに目を細め、微笑みながら自己紹介をする。
どこか慇懃な雰囲気の、整った顔の優男という印象だった。
リングスの後ろに続く人の群れは、以前に見かけたとき同様、リングスの話に興味を持って近づいている一般領民達だろう。
「……どうも、自分はアベルといいます。こっちの彼女はメアです。自分達を運んでくれた馬車の御者の方と、三人でここに来ました。しばらく滞在する予定ですので、よろしくお願いします」
てっきり人だかりを見たときは、例の錬金術師団かと思った。
ラルクの話を聞いている限り、錬金術師団の団長であるイカロスという男は、領内でかなりの発言力を持ち、それをいいことに好き勝手やっているようであった。
イカロスの立場を考えれば、不確定要素である俺の確認は、真っ先に行いたいところだろう。
……錬金術師団とはなるべく接触したくなかったので、来たのが宣教師さんでよかった。
もっとも、この人もこの人でちょっと胡散臭い感じがするので、どちらかといえばあまり関わりたくはないが。
「よくもまぁ、あのように強大な魔獣をたったの三人で! 凄い、素晴らしい! よほど計略に優れているのですね、貴方達は!」
「計略?」
「いったいどのようにして、ナルガルンを討伐することができたのか! そのお話をぜひ、お伺いしたいと……! 皆様も、気になりますよね!」
……正面から、力技で首飛ばしまくっただけなんだけど。
領主のときの同じ手法で場を濁しておくか。
「あーいや、以前に大掛かりな討伐作戦を行ったんですよね? そのときに、ナルガルンが弱っていたのだと思いますよ。ほら、その際に首を一本斬り落としたとかで……」
「……い、いえ、その際に落とされた首は再生したと、討伐隊の方から直接聞きましたが」
「首を再生するのに魔力の過半数を使っていたんでしょう。外傷はなくとも、魔力欠乏でほとんど死に掛けでした。あんな大きな竜の首を再生するのには、相応の魔力を消耗しますから」
リングスの後ろでは、他の領民達が納得したように各々「なんだそうだったのか」と話し合っていた。
ただ、リングスだけは薄く目を開き、俺の顔を睨んでいた。
だがすぐに温和そうな糸目へと戻り、誤魔化すように笑った。
「は、ははは、そうでしたか、そういうことでしたか」
「ええ、ナルガルンに再生能力なんて持たせても、初見殺しでちょっと脅かすくらいの効果しか得られませんよ。昔の戦争でどこかの国が魔法陣を仕込んだのかもしれませんが、あまり賢い組み合わせではありませんね」
「……賢い組み合わせでは、ない?」
「まぁ、そういうこともあるでしょう。敗戦を目前に切羽詰まって、有り合わせでけったいな兵器を作った事案は多いそうですから、あのナルガルンもその一種だったのかもしれません」
酷い話では、無理して生体魔術で大きな化け物を作って、暴走してそのまま滅びかけた国もあったと聞く。
結局敵対していた国が戦争のために備えていた武力で化け物を討伐し、二国の間には平和が戻ったとされている。
「しっ、しかし、ナルガルンは元々複数の魔法を備えていますし、かなり魔力の高い魔獣ですから、組み合わせとしては間違いではないでしょう! 弱っていたというのには、他の理由があったのではないかと私は思いますがね」
リングスは若干声を荒げてそう言った。
顔が赤くなっている。
まずい。
軽い冗談のつもりだったが、リーヴァイ国を馬鹿にされたように感じたのかもしれない。
ナルガルンは山脈を越えてきた先にあるリングスの故郷、リーヴァラス国の魔術師が昔作った魔獣兵器の生き残りである可能性が高い。
故郷が戦争時に作っていた魔獣兵器を他国の人間に貶されたら、直接的な関わりがないにしても、あまりいい気分にはならないだろう。
宗教や歴史が絡む話に繋がる可能性もある。
下手に触らないでおくべき部分だ。
リングスのこめかみがピクピクと痙攣している。
明らかにリングスは苛立っていた。
尾を引かないといいんだけど。
「あ……はい、確かにそうですね。ナルガルンは、魔力が高いですし……再生の魔法陣を組み込むのには、持って来いですね。きっとそうです、間違いありません。機動力も高いですし、先陣を切らせればかなり有利に動けることでしょう。自分の浅慮でした」
俺が気を遣ったのを察したらしく、リングスが口を手で押さえた。
自分が気を遣わせたのだとわかったのだろう。
メアはそんな俺とリングスの気まずい雰囲気を落ち着きない様子で眺めていたが、何かを思いついたように顔色を輝かせ、口を開けた。
「あ! そう言えばアベル、再生の魔法陣の作りが雑だとか、効率が悪いとか、作った奴は魔術の本質が理解できてないとか色々言っていましたね! ナルガルンが弱ったの、あれのせいじゃないんですか?」
一瞬、空気が凍り付いた。
恐らく、気まずいのは意見が食い違ったからだと、メアは考えたのだ。
ここで両者が冷静になったところで三つ目の案を出して、なんだそうだったのかはっはっはっで流れると踏んだのだろう。
違う、今、そういう援助は求めてない。
空気を打開しようとしてだったのだろうが、助け舟のつもりか砲台のついた戦艦を押し付けてきちゃったよ。
「……リングスさん、どうしましたか?」
「体調でも悪いのですかな。近くに儂の家がありますので、少し休んで行かれては」
後ろについていた領民達が、彼の様子を案じて声を掛ける。
リングスはそれを聞いて冷静に戻ったのか、小さく首を振って表情を戻す。
「ははは……少しだけ、眩暈がしまして。日に当たりすぎたのかもしれませんね。ではご厚意に甘え、お邪魔させていただきます。で、では、この辺りで……興味深いお話を聞かせていただき、ありがとうございました」
老人からの誘いを言い訳にするように、さっと身を翻して俺から離れた。
領民達がぞろぞろとその後を付いていく。
「……ああ、そうだ。アベルさん」
そのまま去って行くのかと思いきや、途中でリングスは俺を振り返った。
「貴方、明日に予定している魔獣の間引きにも参戦する予定だと、噂でお聞きしましたが」
「え? ああ、はい」
ラルクの客室で休んでいる間に噂が広がったのか。
外部から来た人間が通路を遮っていた魔獣を倒したんだから、領民達の関心もそれだけ引いてしまうか。
だからこそ、リングスが会いに来たんだろうし……。
「つまらないことで命を落とさないよう、お気をつけてくださいね。貴方は、この領地の英雄であり、希望なのですから。リーヴァイ様が仰ったとされる言葉の一つに、こんなものがあります。『希望なくば、虚構を掴むしかなし。それが水のように手中をすり抜けてしまうとしても』と」
それだけ言い残し、今度こそリングス達は去って行った。
「……なんだか、引っ掛かる言い方だな」
リングスが見えなくなってから、俺は小さく零した。




