七話
「そ、そうだ! 確認をして来いユーリス! ナルガルンの亡骸を、確かめて来い!」
ラルクは俺の手を握ったまま、ユーリスへと指示を出す。
そろそろ離してくれないかと軽く引っ張ってみたが、びくとも動かない。
俺は諦め、手をされるがままにしておくことにした。
「いえ、もう私が見てきたところです。三本綺麗に並んでいるのを確認しました」
「ならば、本当なのか! 本当に、ナルガルンが……あぁ、良かったぁ……」
……想定していたのと、全然キャラが違うぞ、この人。
妙に門番が難色を示していたのはあれか、ノイローゼだったから領主の方を刺激したくなかったのか。
悪評に関してあまり具体的な話が出てこないと思ったら、そもそも実体がなかったとは。
まぁ、領民の不満が募れば特に悪いことしてなくても吊し上げくらうのは領主さんだろう。
「それで……あの、手……」
「おお、おお! 私としたことが、恩人に対し、挨拶がまだではないか。私はラルク・ファージと申す、このファージ領を治める領主だ。では、そちらの名を伺わせてもらっていいか」
仮にも貴族さんが凄い下から来たよ。
どれだけ追い詰められてたんだこの領主さんは。
俺は視線で手を放すよう促したが、気付く様子がなかったのでとりあえずは後に回すことにした。
「自分がアベルで、右からメア、エリアです。実は、しばらくこの領地に住まわせてもらえないかと……」
「ほう、ほう! こんな領地でよければ、いつまでも滞在するといい。しかし今は、問題が多発しているものでな……」
ラルクは恥ずかしそうに言い、俺の手を握っていた手を放し、額を押さえる。
「食糧問題に魔獣被害、干ばつ……おまけに、盗難や喧嘩の件数も年々急激に増加している。対策も練ってはいるのだが、正直、あまり好転していない」
……そして加えて、領主の評判が致命的に悪い、だな。
新たに領主に身を保証してもらう立場としては、一部から妙な反感をくらってもおかしくはない。
俺はナルガルンの一件で領民に恩ができた形ではあるが、この領地を守っている自警団ですら、ラルクの部下というだけで領主の犬扱いされていた。
俺とて、どのような目で見られるかわかったものではない。
……さすがに、あそこまで極端なのは少人数だと思いたいが。
「領主である私が言うのもなんなのだが、あまり勧められる状態ではなくてな。いや、君達の衣食住は勿論、私の身を削ってでも保証してみせるが。治安があまりよくないということは理解してもらいたくてな」
そこまで言われると逆に重いんだけど……。
問題を抱えていることは来る前から承知していたが、ここまで遜られると、こちらとしても話が進めづらい。
「いえいえ、そうご謙遜なさらないでください。ここはとてもいい領地ですよ。領民の人柄も……」
人柄……そういえばこの人、館に有精卵投げられたって嘆いてるところだった。
領民の人柄がいいなんて領主に言っても、なんの世辞にもならないぞ。
他にも色々と考えてみたが、ファージ領のいいところが、何一つ浮かばなかった。
「えっと……と、とにかく、ここはいいところですよ。今後、よろしくお願いいたします」
「う、うむ、うむ、そうか」
ラルクもこちらの心情を悟ってか、気まずそうに毛先を指で弄っていた。
「安心してくれ! 君達のために、豪邸を建ててみせよう! 五階建てくらいの、立派な奴を!」
「い、いえ、事情があってすぐに去ることになるかもしれないので、宿か空き家で充分です!」
「……そ、そう?」
……なんでこの人はこうも極端なんだ。
五階建てって、領主の館よりも遥かに高いし……そもそも、この領の状態でそんなことをしたら、ヤンチャな領民の方々から真っ先に目を付けられそうだ。
何はともあれ、領主への挨拶は済んだから……後は領地の雰囲気の確認がてらに、領民への顔見せか。
冒険者支援所が機能しているのかも確かめておきたい。
それからナルガルンをどうするか、だな。
その後は……魔獣の間引きでも、手伝ってみるか。
冒険者支援所の機能状況によっては報酬はあまり期待できないだろうが、これから住もうという場所の治安が悪いのは俺としても避けたいところだ。
多少なりとも目先の問題ごとが片付けば、領民達も大人しくなるだろう。
元々ここは他との交流の薄い辺境地であるし、当主であるラルクの様子からしても、他領地との厄介ごとを引き起こしたがるタイプには見えない。
多少繋がりができても、妙な争いに引っ張り出されることもまずないだろう。
最悪逃げてしまえば追って来たり、他の領地に圧力を掛けて脅すような真似をできる力もないはずだ。
あれ……俺が仕えておくには、一番丁度いい所なんじゃなかろうか。
上手く領地を盛り返せば恩を作れるし、魔術の研究費用の出資をしてもらうことだってできるかもしれない。
領地の利益に繋げるという名目さえあれば、信用さえ作っておけば、利益の見込みを前借できる。
ばかりか技術や材料調達に手を貸してもらえる可能性もある。
将来的には、前々から作りたかった魔導携帯電話の作製、魔力塔の建設、大量生産まで可能になるかもしれない。
「アベル……アベル? 急に黙ってどうしたんですか? なんだか、悪そうな顔してますよ?」
それに辺境地の領主の恩人ともなれば、屁理屈をつけて条例を好きに曲解して弄ってもらうことだっていずれば可能になるはずだ。
つまりそれは、生体魔術に関する、複雑に雁字搦めにされた規制をちょこちょこっと領主権限で取り払ったり、特別許可を出してもらうことだってできるということだ。
「ど、どうしたのかね、アベル君? 何か、私が気に障ることでも……」
「いえ! 自分、魔術の腕にはそれなりに自信がありまして! ぜひこの領地の復興に、役立たせていただければ、と!」
「なんと、それは心強い! あ……いや、しかし、私の名の下に管理している魔術組織があるのだが、そちらにも少し問題があって……」
またかよ。
どれだけ問題抱えてるんだこの領地。
横目でメアとエリアの顔を確認すると、彼女達も同意見だったらしく、表情が死んでいた。
ユーリスにもちらりと目を向けてみたが、無言で目を逸らされた。
「それで……だな、私としては、別枠で動いてもらいたいのだが……その、魔術で私に協力するという名目である以上、組み込まれることは避けられないだろう。あれは、その、私があまり、手出しできないというか……」
え、ええ……。
今さっき、自分の管理下の組織って言ってたばっかりなのに……。
ま、まぁ、いいか。
ここまで来たら、今更些事だろう。
「……でしたら、そちらに配属させていただければ」
「い、いや! もう少し様子を見てから、君が問題ないと思えば入ってもらって構わない! もっとも、向こうから引き込もうとするかもしれないが……何にせよ、君から急いで足を運ぶ必要はない!」
……いや、貴方の管理下の組織なんですよね?
そもそも、この領地で一番偉い人なんですよね?
実は他に領主がいて、不満ぶつけさせておくためのスケープゴートかなんかだったりしませんよね?




