三話 三つ首竜ナルガルン③
「「「ギシャァァァァァアアァァアアッ!!」」」
ナルガルンは三つ首をうねらせ、各々に咆哮を上げる。
目がさっきまでとは違う。
こちらを正式に敵と認識したようだった。
ナルガルンの足音に、周囲が地響きを起こす。
「বাতাস ফলক」
今度は二つ魔法陣を浮かべる。
風の刃で充分だとわかったら、様子見はここまでだ。
大きな二つの風の刃が現れ、吸い込まれるようにナルガルンの首へと向かっていく。
一つ目の刃によって、前方に突き出て牙を打ち鳴らしていた赤首が飛ぶ。
二つ目の刃によって、灼熱の息を吐こうと後ろに逸らされていた黄首が飛ぶ。
勢いよく飛んだ二つの首が、木々を薙ぎ倒しながら転がって行く。
今度はなるべく自然破壊しない方へ飛ばそう。
ここの木はいい木だからな。
ナルガルンが、こちらに二つ首の断面を晒す。
ナルガルンは足を止めた。
「キ、キシャァァ……」
一本残った青首が、左右を見ながら小さく吠えた。
「や、やりましたか?」
メアが怖々と尋ねてくる。
「やったら困る。三つとも飛ばしたら、生えてこなくなるからな」
「そ、そうですね」
俺は手を双眼鏡のようにして視界を狭め、ナルガルンの首の断面付近へと焦点を合わせる。
ナルガルンの首が光り、大きな魔法陣が浮かび上がって二本の首が再生する。
二本の首は、何が起こったのかわからないというふうにキョロキョロしていた。
「アベル、何か、気にかかることでもありましたか?」
「……あの魔法陣、あんまり効率が良くないな」
「えぇ……」
正直、同じ魔術師として恥ずかしい出来だ。
最初のパッと見であまり質が良くないのはわかっているが、見れば見る程酷い。
禁魔術扱いだから前例が少ないのは仕方がないが、それでももうちょっとやりようがあるはずだ。
何が酷いって、一番酷いのは成体情報を二重に送っているところだ。
なんかよくわかんないまま必死に過去の文献から引っ張ってきて混ぜたらギリギリ成功しました感が酷い。
他にも粗が目立ち、元々ナルガルンを再生させるために組んだものではなく、他の魔獣に使おうとしていたものを中途半端なまま転用したということがわかる。
首が生え変わってはいるが、ナルガルンの能力、素材としての質をかなり下げている。
生体情報の重複以外にも、不用意に魔力を循環させてナルガルンの魔力を無駄に消耗させている個所が多々見られた。
というか、あれ、左端の奴明らかに独立してるよね? 機能してないよね? いらないってすぐわかるよね?
「もし作成者に会うときが来たらたっぷり説教してやらないとな」
「えぇ……」
といっても、まずそのときは来ないだろうが。
恐らく、ファージ領の向こう側にあるリーヴァラス国での内紛に使用されていた魔獣だろう。
戦争ともなれば、禁魔術だのなんだのいっても守らない連中はいくらでも出てくる。
ただ、資料不足人材不足であんな欠陥品ができあがったのだろう。
それが何かの拍子に山脈を越え、このファージ領までやってきた、というところか。
ひょっとしたらやってきたのは大分昔で、噂通り沼に封印していたのが這い上がってきたのかもしれない。
「改良したいけど……さすがにぶっちぎりで犯罪だしなぁ……」
露見したらまずディンラート王国内で指名手配されることは間違いないだろう。
そのときはもう、リーヴァラス国に亡命して魔術研究部に配属してもらうしかない。
捕まったら某マーグスさんと並んで重要犯罪者として扱われ、縁があったらあいつの隣の牢屋に放り込まれるかもしれない。
ゾロモニアの杖を即座に引き渡した身としては、今更顔を合わせるのは気まずいだけだから勘弁してほしい。
そもそも最悪死刑まである。
「じゃ、じゃあ、もうこの辺りで止めるんですね!」
メアが嬉しそうに声を掛けてくる。
「いや、首だけ集めておこう。次はなるべく根元から行くか。劣化しても、硬度はなかなかのものだからな。使い道は何かとあるだろ。俺の計算では、あと二十本ちょっとは毟り取れるはずだ」
「あ……はい」
「「「キシャァァァァアアアァァアアァァァァアッッ!!」」」
ナルガルンが俺達に背を向け、駆け出した。
こっちへ向かって来たときよりも速い。最初から本気出せよ。
「エリアさん、あれ、追いかけてもらっていいですか?」
「ナ、ナルガルンが可哀相……」
エリアは唇に手を触れながら、小さくそう零した。
「あ、貴女も……ほら、そう思うでしょ? どうにか彼を説得……」
エリアがメアへと声を掛ける。
「メメ、メアは……メアは……アベルの言う通りにするのが、いいと思います」
「ねぇ、ちょっと、目を逸らさずにもう一度言ってみて?」
そうこうしている間にも、どんどんとナルガルンが離れて行く。
あれ、ファージ領の村がある方に向かってるんじゃ……とりあえず、足だけでも止めないとな。
「পৃথিবী জলা」
俺は呪文を唱え、ナルガルンの足許に大きな魔法陣を浮かべる。
次の足をナルガルンが踏み出した瞬間、ズボォと足が沈み、ナルガルンの巨体が沼へと沈む。
「「「キシャアアァァァッ!」」」
ナルガルンの哀れな悲鳴が響く。
ズブズブと沈んでいき、最終的に首だけぽっかり沼から三本生えていた。
単に沈み切らないよう調整した結果だったのが、今の状況と合わさってほとんどただの処刑場だった。
足場の沼の粘度を上げて、完全に動けなくしておくか。
「キシャァ……」
赤い頭と黄色い頭が沈黙して項垂れている中、青い頭が小さく漏らした。
屠殺場の豚を連想させるような鳴き声だった。
「む、惨い……」
エリアが呟く。
「い、いえ、とりあえずファージ領の村へ行かないようにしただけで、別にそういうわけではないというか……」
――それから一時間後、合計二十五本のナルガルンの首が辺りに並んでいた。
ナルガルンの首が色とりどりに並んでおり、なかなかの壮観であった。
俺は最後の方に切断した、他より一回り小さくなってしまっている首を手で叩いた。
「うん、まぁ加工すれば何かの使い道はあるだろ」
「……なんていうか、もうお客さんが何をしても驚かないことにするよ」
エリアが若干引き気味にそう言った。
「メアは! メアはアベルがどうなっても、絶対に一緒にいますからね!」
「え、ああ……うん、ありがとう?」
しかし、問題なのは運搬だな。
アシュラ5000に引き摺らせるのも、五本が限界だろう。
縄は土や木から錬金すればいいから、さした問題ではないが。
「数本なら運べるだろうけど、全部は無理だな」
俺が言うと、馬車の馬が首をぶんぶんと振った。
大丈夫、馬車に括りつけるような真似はしないから。
「とりあえず、今は放置して、ファージ領の人間に協力してもらって後で回収するか。少しでも早くゆっくり休みたいし……」
やっぱり俺みたいなインドア派からして見ると、何日も馬車というのはやはり堪える。
「……一本は持っていかないと、誰も信じないんじゃないかな」
「そう? じゃあ一応、三本くらい持っていくか」
「でも、領主のラルクは欲深くて怠け者っていう評判だから、応援の要請も気を付けた方がいいかも」
「参ったな」
応援の要請をしたら、ラルクにつけ込まれる隙がその分増えそうではある。
そもそも、領地内で捌くときにも既に税だなんだと言いがかりをつけて数割ほど持っていかれそうな予感がする。
元々俺は貴族に目をつけられたくなくてガストンまで使っていたのに、こんなところで性悪貴族に捕まっては本末転倒だ。
ラルクが欲を出して他所に俺の名前を出し始めたら、マーレン族とドゥーム族がこっちまで押し寄せてきかねない。
「様子見ながら、慎重に動くしかないな……とはいえ、ナルガルンを丸々手放したくもないし……」
ファージ領以外に丁度いい場所がなかったとはいえ、なかなかこの先も苦戦強いられそうだ。
ラルクについては、ファージ領自体がナルガルンが出現する以前から、他の地との交流を積極的に取りたがらなかったこともあり、抽象的な評判以外はほとんど情報がない。
ファージ領についたら、まずはラルクの情報収集からだな。
領主であるラルクをどう攻略するかが、ファージ領で暮らす上の最大のポイントになりそうだ。




