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最強呪族転生~チート魔術師のスローライフ~  作者: 猫子
第四章 ファージ領の改革
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ファージ領、ナルガルン攻略戦(sideユーリス)

「もはや、外部からの助けには期待できない! 我々は国から見捨てられたのだ! このままずるずると停滞していては、領民達の不満も募る一方であろう! なんとしても、我らが三つ首竜を打ち破らねばならない!」


 百名以上の兵を前に演説を行うのは、ファージ領の三つ首竜討伐隊総指揮官、ユーリスである。

 ユーリスは女であったが、ファージ領の中では誰よりも剣に優れており、カリスマ性も高い。

 元々流れ者の冒険者であったのだが、ファージ領を訪れた際、突然現れた三つ首竜に帰路を塞がれてしまったのだ。

 もう二年も前のことになる。


 ファージ領は西部には険しい山脈が連なっており、そこには危険な魔獣が多く存在する。

 そして東側に現れたのが三つ首竜である。

 完全にファージ領は世間から切り離されてしまった。


 推定危険度A級上位、三つ首竜ナルガルン。

 最大クラスの大型竜であり、青、黄、赤とカラフルな三つの頭には、それぞれ異なった得意分野があるとされている。

 青は治癒魔法を、黄は広範囲の灼熱の息を、赤は魔法等は使えないが、とにかく凶暴であるため近づいてはいけないと、古い書物にはそう綴られていた。(魔獣や悪魔は魔法陣や呪文を要さないため、魔術ではなく魔法と呼ばれることが多い)


「いいか、今回の戦いで何も成果を上げられなければ、我々は一生この地で過ごすことになると覚悟しろ! 我々は、ファージ領の総戦力である! 中途半端な戦いで、無駄に人員を減らすわけにはいかない! 全力で当たれ!」


 三つ首竜討伐隊は近接部隊、弓部隊、魔術部隊に分かれている。


 近接部隊と弓部隊は更に細かく分かれており、引きつける頭、攻撃する頭、などが決まっていた。

 これを細かく決めたのは、魔術部隊隊長兼参謀、普段はファージ領の錬金術師団団長でもあるイカロスである。


 三つ首竜の元へ移動する際の休憩中、ユーリスはイカロスの元へと近づいた。


「……イカロス殿、この作戦改定案の意図を、お聞きしてもよろしいか?」


 ユーリスに声を掛けられ、イカロスは面倒そうに目を細める。


「部下を介し、作戦書の改定案を渡した通りではないか。何か、問題があるとでも? ユーリス殿も、先ほど読み上げてくださったではないか?」


 先ほどの演説時に、最終的な作戦案を正式に全体へ周知して再確認することとなっていた。

 その再確認の寸前に、イカロスは作戦案の改定案をユーリスへと届けたのだ。

 改定案にケチをつける時間を与えないためである。


「魔術部隊を、下がらせ過ぎているように思うのだが。私には、大型ドラゴンと戦うときの定石などわからぬ。聡明なイカロス殿がこれが正しいというのなら、そうなのかもしれないが……しかし……」


 魔術部隊の人間は数が少ない。

 近接部隊五十名、弓部隊が四十名に比べ、魔術部隊は二十名しかいない。


 大型魔獣を相手取るに当たり、決定打を撃てる魔術部隊をなるべく安全な位置に置きたいということは理解できる。

 魔術師の数が減ってしまえば、その時点で三つ首竜ナルガルンの攻略の失敗は決まったようなものなのだ。


 しかし、それでもイカロスの作戦案はあんまりであった。


「なら、何を言いに来た? 文句はないのだろう?」


「前案に比べ、これではその……近接部隊の犠牲が、出やすいというか……。特に魔術部隊の配置への、近接部隊による誘導だが、とても上手く行くようには思えないのだ。前案の陣形では、どう駄目だったのか、その点を説明していただきたい。私も、近接部隊の士気を上げるため、このような誤解はないようにしておきたいと、それだけの話であり……」


 イカロスが目を見開き、杖を振りかぶって地を叩く。

 周囲の三つ首竜討伐隊員達が、何事かと目を見開いた。


「この俺が! 我が身可愛さに、配置を変えたと! そう勘繰っているのか! 馬鹿にされたものだな!」


「い、いや、そうではない。ラルク様からも、イカロス殿の意向に従うようにと言われている。ただ、私はだな……」


「ほう、俺よりも、戦術や魔獣について詳しいと! ユーリス殿はそう言いたいのか? んん? そうか、そうだったのか!」


「お、落ち着いてくれ。私の話を聞いてもらいたい! 私はだな……」


「俺が作戦を練る、貴女が指揮を執る。そう領主殿からも言われていただろうが! 全指揮官であるユーリス殿が、作戦を疑るような真似をしては全体の士気にも関わると、なぜそんな簡単なこともわからん!」


 イカロスは大声で喚き、周囲の注意を引く。


「あぁ、これだから女を全体指揮官にするのは反対だったというのに! その小さな考えを、三つ首竜を前にしたときは捨ててもらいたいものだな!」


 イカロスは不機嫌そうに吐き捨て、地面をがしがしと足の裏で蹴った。


 周囲からの目もあり、ユーリスとしてもこれ以上喰い下がることはできなかった。

 自分の立場でイカロスと長々揉めていては、イカロスの言う通り、全体の士気に関わる。


「……ラルク様、この領地の一大事に、あの男は人選ミスなのでは?」


 ユーリスは、誰にも聞こえないように気を付けながら、小さくそう零した。


 イカロス・イーザイダ。

 ファージ領には前代の領主のときから仕えており、信用が厚い。

 魔術の腕も高く、本来ならばこんな田舎領地の貴族に仕えているような魔術師ではない。

 領主はその引け目もあり、イカロスをかなり優遇していた。それがイカロスを思い上がらせていた。


「「「ギシャァァァァァッ!」」」


 ついにファージ領の兵達は、三つ首竜ナルガルンと対峙した。

 まるで城のような圧倒的な体格、そこから伸びる、毒々しいまでに派手な色彩を持つ三色の首。


 イカロスの作戦通り、近接部隊が前面に出た。

 ユーリスはイカロスに喰い下がることができなかったせめてもの罪滅ぼしにと、先頭に立ってナルガルンへと向かった。


 総勢五十名の近接部隊がナルガルンの気を引き、その後方から弓部隊がナルガルンの頭を狙って弓を放つ。

部隊がナルガルンの頭を狙って弓を放つ。


「いいな! まずは、青い頭を落とせ! あれが治癒魔法を扱う! あれを落とさない限り、我らの一方的な消耗戦となる! 近づきすぎるな! 足で踏まれては一溜まりもない!」


 ナルガルンの赤い首が素早く伸び、近接部隊の騎兵へと頭突きをかました。


「あぁっ!」

「ぐぁっ!」


 避ける隙もなく、隊員は吹っ飛ばされ、まともに受けた数名が地を転がった。


「ひ、ひっ!」

「やっぱり無理だ! あんなの、勝てるわけがない!」


 どうにか被害を免れた兵も、すぐ横にいた人間が散らされたショックからか体勢が崩れ、陣も乱れた。そこを狙い、黄の頭が炎を吐き出して焼き払う。

 あっという間に辺りは地獄絵図へと変わった。


 赤い頭が、空を見上げるように首を傾ける。

 騎兵の乗っていた馬を丸呑みにしたのだ。

 牙に噛み千切られた馬の頭部だけが、ぼとりと地に落とされた。牙の間からは、絶え間なく血が流れている。


 当初の予定では、ナルガルンの三つの首を魔術部隊が魔術で攻撃し、ナルガルンの動きを牽制するはずだったのだ。

 それがイカロスによる突然の変更により、ナルガルンを魔術部隊の射程圏内へと誘導し、迎え討つという戦法に急遽変更されたのだ。


 剣と矢だけでは、ナルガルンにとても対応しきれない。

 ユーリスはそのことを嫌という程思い知らされた。


 隊が分裂してでも止めるべきだったのだ。

 なんなら、後日仕切り直させてもよかった。

 士気がいくら下がろうが、そちらの方がまだいくらかマシだった。


「分かれろ! 左右に分かれろ! 反対側へ回れ! 赤い頭には絶対に近づくな!」


 ユーリスは恐怖の感情を押し殺し、必死に叫んだ。


「ギシャァァァッ!」


 ユーリスの目前へと、優先攻撃対象である青い頭が降りてきた。

 ユーリスは歯を喰いしばり、剣を振り上げる。


শিখা(炎よ) পরা(纏え)


 ユーリスが呪文を唱えると、剣の刃を炎が包んだ。

 彼女は、ある程度の魔術の心得もある。


 ユーリスの剣は、魔法陣の仕込まれた特別製である。

 戦闘時に素早く魔術を発動できるようサポートする、杖に近い機能を持っていた。


「これでもっ、くらえっ!」


 青い頭の顎を、真っ赤に燃える剣が叩き切った。


「ギシャアァツ!」


 青い頭が悲鳴を上げ、目を閉じて大きく仰け反った。

 傷口を焼き切ったため、血は出なかった。


「い、いける! もう一発……」


 ユーリスが構え直したとき、青い頭が目を開いた。

 さっきよりも早く、ユーリスへと飛び掛かって来る。


「ユーリス殿っ!」


 背後から若い男の声が聞こえ、次の瞬間、青い頭の鼻先に三本の矢が突き刺さった。

 青い頭が見開いたばかりの目を瞑った。


 いける、そう思うのとほぼ同時に、ユーリスの身体は宙へと投げ出されていた。

 青い頭の、力押しの攻撃に負けたのだ。


 青は攻撃特化ではないとはいえ、大柄のドラゴンだ。

 人間相手に正面からぶつかって遅れを取ってくれるような、甘い魔獣ではない。

 少しでも青にダメージを与えておきたいという焦りが、判断を見誤らせた。


 地面に剣を突き立てて止まり、どうにか頭を打ち付けることを避ける。


「こ、こんな程度で……」


 立ち上がろうとするが、腰に激痛が走った。

 青い頭の一撃を受けたとき、足腰の骨に罅が入ったのだ。

 ユーリスは体勢を崩し、膝をついた。


「ギシャァァァッ!」


 青い頭が大口を開け、うつ伏せに倒れているユーリスへと襲いかかってくる。


「……ここまでか」


 ユーリスが目を閉じる。


「「বায়ু(土よ) টাই(縛れ)」」


 二つの声が重なって聞こえる。

 土が変形して縄となり、青い頭の首許を拘束した。


বাতাস(風よ) ফ লক(刃を象れ)


 動きが止まった青い頭を、風の刃が捉える。


「ギシャァァッ!」


 風の刃が青い頭の瞼が裂き、片目を抉った。

 青い頭が雄叫びを上げる。


「俺の許可なく動くなと言っていただろうがぁっ! 勝手に動かれては困ると何度言えばわかる!」


 イカロスが遥か後方から叫ぶ声が聞こえてきた。

 彼の待機させていた魔術部隊の人間が勝手に他部隊を助けに動いたため、怒っているのだ。

 イカロスは、意地でもナルガルンに近づかないつもりでいた。


 ユーリスが声の方へと顔を向ける。

 手助けに来てくれた魔術部隊の数名の内の一人は、イカロスへ顔を隠しながら舌を出していた。


「ギシャッ!」


 青い首が頭を振って暴れる。土の縄の衝撃を吸収する仕掛けが働き、淡く光って抵抗したが、ナルガルンの前には小細工でしかない。

 あっという間に魔力が尽きて砕け散り、ただの土へと戻った。

 しかしその隙に、一騎の騎兵がユーリスへと駆けつけた。


「ユーリス殿、しっかり!」


 騎兵の男はユーリスを乗せ、ナルガルンから離れる。

 その背に向かい、今度は黄色い頭が首を伸ばしてくる。

 他の部隊に気を引かせていたのだが、青い頭の悲鳴を聞いてユーリスの側へと関心を移したのだ。


 黄色い頭に代わり、青い頭が退いていく。

 風の刃による魔術の直撃を受けた傷を、お得意の治癒魔法で治したいのだろう。


「あーし達が壁を作るので、お下がりくだしー」


 三つ編みの背の低い女の子が率いる、四人組がユーリスの前に飛び出した。

 三つ編みの彼女は名をリノアといい、こう見えても魔術部隊の副隊長である。ノワール族という本来他の大陸に多い種族であり、一生を子供の姿のままで過ごす。


「……いや、悪いが、前に出てくれないか? 最大の敵である赤い頭は、後方に回り込んだ他の兵が気を引いてくれている。今、『転移の陣』を使えば、弱った青い頭を叩けるはずだ」


 青い頭は治癒魔法を使える。

 奴を落とさなければ、一方的な消耗を続けるばかりだ。

 それまではまともな勝負にさえならない。


 黄色い頭が出て来たのを見て、ファージ領側の戦力の大半は、火の息から逃れようとナルガルンから離れていた。

 しかし黄色い頭は動作ばかり大きく、脅しを掛けて兵を逃がすのが目的のようにもユーリスからは見えた。

 それに伴い、青い頭は、安全に回復に専念する機会だと気を緩めているようだった。


 恐らく、今が青い頭を潰せる最大の好機だ。

 ユーリスの長く冒険者業を続けて培った勘が彼女にそう告げていた。

 

「正気で? ここの四人なら、転移は使えるけど……ナルガルンの足許から頭まで、なんて長い距離を正確に飛ばせるのは、あーしだけよ?」


 リノアの、ノークスと比べれば長い耳がぴくぴくと動く。


「……なら、リノア殿には私の転移を頼む。一撃くらいなら、今の身体でもまだやってやれる」


 ナルガルンの頭に転移し、帰って来られる確証はない。

 それでも、今の機を逃して無駄に兵を消耗させたとなれば、永遠にナルガルンを倒すことはできない。

 ユーリスは、そう判断しての決断だった。


 正直、ユーリスの今の身体でどこまでやれるか、ユーリス自身にも把握しきれてはいなかった。

 ただ、やってみせるという執念があった。

 そもそも捨て身の攻撃など、発案者である自分が出なければ、誰も続かない。


「共にナルガルンの頭へ飛んでくれる者はいるか? 後、三人ほしいのだが。無理して出なくてもいい、転移を無駄打ちされても困るからな。腕に自信のある者だけ来い」


「挑発的だな、そう言われたら行かざるを得ないではないか!」


「俺も行くぞ! いつまでもクソラルクの元で、ひもじさを嘆いてる気はねーからな!」


 発破を掛けたわけではなく、純粋に本音を述べただけなのだが、幸いにもそれが効果的だったらしく、すぐに二人が来た道を切り返し、ナルガルンへと向かう。


「……この流れだと、ユーリス殿を連れている俺が行くのが一番手っ取り早い感じかな?」


 ユーリスを助けた男が冗談交じりに言い、すぐに二人の後を追った。

 それに続き、魔術部隊の四人組も駆け出した。

 ナルガルンの気を引くための陽動役として、逃げようとしていた他の兵達も彼らへと続く。


 急に進路を変えて近づいてきた兵にナルガルンも驚いていたようだが、すぐに黄色い頭が大口を開き、灼熱の息を兵達へと浴びせる。


「全員、一か所に固まってー!」


 リノアが叫び、声に続いて兵達が纏まって行く。


「「「বায়ু(土の) প্রাচীর(壁よ)」」」


 リノア以外の三人の魔術師が、息を合わせて詠唱する。

 巨大な魔法陣が浮かび、土が盛り上がって宙に浮き、大きな盾となった。


আমি(我が) জাদু(魔力よ)


 リノアがそれに続き呪文を唱える

 土の盾を魔力が覆ってコーティングし、強度を引き上げた。


 灼熱の息が、土の盾へと襲いかかる。

 盾でカバーしきれなかった範囲が真っ赤に染まった。


 ユーリスはその圧倒的な様を見て、ナルガルンの恐ろしさを再認識した。

 それは他の者も同じだったらしく、先ほどまでの士気を削がれつつあった。


 ユーリスは自らを痛みで鼓舞するため、唇の内側を噛み千切る。

 それから周囲に聞かせるため、大声で叫んだ。


「リノア殿、送ってくれ!」


「……座標は、青首の項。হন(運べ)


 リノアがユーリスへと杖を向け、呪文を唱える。

 ユーリスの身体を強烈な浮遊感が襲う。


 不安や恐怖が圧し掛かってくるのを、必死に頭から振り払う。

 余計なことを考えないため、目を閉じた。


 リノアの魔術が正確に飛ばしてくれるのなら、転移した瞬間は視覚など不要だ。

 身体に染みついた型を振るえばいい。


 やがて辺りが揺らぎ、空中に放り出されたのを感じた。


শিখা(炎よ) পরা(纏え)!」


 ユーリスは叫びながら剣を振るった。

 硬い竜の肉で止まりそうになるのを力押しで振り切り、即座に二撃目を放つ。

 続けて三撃目を振るいながら、ようやく目を開いた。


 他の魔術師では座標が安定しないとは言っていたものの、三人も奇跡的に青い首の近くに飛ぶことができたようだった。彼らも青い首へと猛撃を振るっていた。

 間違いなく、風は自分達に向いている。


「ギシャァ! ギシャァァァァァッ!」


 青い頭は、首に四人からの集中攻撃を受けてさすがに堪らないのか、大声で鳴き喚いた。

 とはいえ首にしがみつかれてはナルガルンも対処が難しい。


 ナルガルンは首を捻じり、身体を大きく動かす。

 ユーリスたちは肉に剣を突き立てて必死にくらいつき、片目が潰れている青い頭の死角に回り込むように動きながら、執拗に斬りつけ続けた。


 一人が振るい落とされたが、彼らに下を見ている余裕はない。

 剣を狂人のように振るい続ける。

 青い首から肉が削がれ、血が舞う。一層と高い声で青い頭が吠える。


「はは、ははははっ! おら、もっともっとだ! ここで潰さねぇと、俺達降りられねぇぞぉっ!」


 恐怖が麻痺したのか、一人が笑いながら叫んだ。

 それに続き、より勢いを増して斬り続ける。


「ギシャァァァァッ!」


 ユーリスの背後から凄まじい怒気の籠った雄叫びが響いた。

 直後、ナルガルンの身体そのものが大きく揺れ、ユーリスは吹っ飛ばされた。

 最後にユーリスは、渾身の力で剣を投げ飛ばす。青い首の肉が削がれた首に、剣が突き刺さった。


「ととっ! ナ、ナイキャッチ私っ!」


 冒険者時代からの仲間だった女剣士が、ちょうど落ちてきたユーリスを抱きとめた。

 それから猛ダッシュでナルガルンから離れて行く。


「……マヤか。今日は、本当に運がいいな」


 ユーリスがそう零すと、女剣士は彼女の肩を叩き、指で頭上を示す。


「運がいい? そりゃそうだよ! あれ、あれを見て!」


 ユーリスが頭を上げると、ナルガルンの青首がだらんと力なく垂れさがっているのが見えた。

 ボロボロの首は血肉に汚れており、四人掛かりで削られた部位が折れているようだった。

 残った隻眼にも光はなく、絶命しているのは明らかだ。


「や、やったのか! ナルガルンの、青い首を!」


「赤い頭が、ユーリスを落とそうとして青い首に頭突きして……それでそれで! 弱ってた首が、ぱっかーんって!」


 さっきの大きな衝撃は、赤い頭が青い頭に頭突きをかましたときに生じたものであったらしい。

 厄介な治癒の頭が取れた。

 これで一方的な消耗を強いられることはない。


「ふ、ふふ……そ、そうか! しかし、兵の疲弊が激しい、一時撤退だな。気を抜いてはいられんぞ、次はあの黄頭と、暴れん坊の赤頭を落とさねばならん。今回よりもハードな戦いになるだろう」


 そう言いながらも、ユーリスの声は弾んでいた。


「……しかし、三つ首竜討伐隊の内部の意識を統一せねばならんな」


 ユーリスは続けて、小さく零す。

 危惧しているのは、イカロスのことだ。

 イカロスさえ余計なことさえしなければ、もっと上手く立ち回れたはずだ。

 今回は奇跡的にどうにかなったものの、幸運はそうも続かない。

 このままの状態では、三つ首竜討伐隊はナルガルンの黄、赤の頭を落とすことはできない。


「ユーリス、何か不安なことでも?」


「……いや、あの二つの頭を討つために、どう動けばいいものかとな」


 ユーリスは、ナルガルンの二頭を睨む。


 ファージ領の兵達はすっかり浮かれムードだった。

 何せ、ナルガルンの首を一つ落とせたのだ。

 これならファージ領解放の日も近いはずだと、そう考えてしまうのも無理はない。


「……む?」


 赤い頭が、青い頭の首へと喰らいつき、勢いよく千切った。

 死んだ首を捨てて軽くするためかと思ったが、どうにも何かがおかしい。


 ナルガルンの首の断面を、大きな光が覆った。

 光は禍々しいまでに激しく、一種の呪いめいたものであることがわかった。

 光は術式を象り、大規模な魔法陣となった。


「ま、魔獣が魔法陣など、使えるはずが……」


 ユーリスが目を擦る。

 目前の不可解な現象を否定したかったのだ。

 だが次の瞬間、もっとあり得ないものを目にすることになる。


 光が首の形を象り、青い頭へと変化したのだ。

 さっき赤い頭が噛み潰した青い頭の残骸は、依然としてナルガルンの足許に残っている。

 新しく生えた頭は辺りをギョロギョロと見渡し、ユーリスを見つけると目を細めた。


「「「ギシャァァァァァッ!」」」


 生え変わった青い頭を交え、三つ首竜が嘶く。


「ば……馬鹿な、あり得ない……そんな……」


 決死の覚悟でついに落とした、青い頭。

 なぜあれが、平然とナルガルンから生えている。


 治癒魔法だとか、そういった次元ではない。

 せいぜい治癒魔法は自然回復を早める程度のもののはずである。

 腕を生やすだとか、失った眼球を元に戻すだとか、そういったものは高等禁魔術の領域である。

 たかだか魔獣が使えるものではないし、首一つとなるとそういうレベルですらとっくに超えてる。


 犠牲も決して小さくはない。

 なのに、その対価がいくらでも生えてくる首一つではあまりにあまりである。

 そもそも、これ以上いくら戦っても無駄であるということがはっきりとユーリスにはわかったし、他の者も全員同じ結論に至っていた。


「ふ、ふざけるな、ふざけるなよあんなの!」

「今まで俺達はっ! 何と戦っていたんだ!」


 先ほどまで喜びの歓声に包まれていた兵達が、一目散に悲鳴を上げ、命令を待つことなく散り散りになって引き返していく。

 どさくさに紛れてファージ領の外へ逃げようとした者もいたが、赤い頭に捕らえられて無残に殺されていた。

 ナルガルンは、ファージ領の反対側に出て行くものを執拗に狙っているようだった。


「わわ、私は……なんのために……」


「ユ、ユーリス! ちょっと! しっかり!」


 ユーリスは失意のあまり気を失い、だらりと旧友に凭れ掛かった。

【次話予告】ファージ領の兵を退けたナルガルンに更なる強敵が襲い掛かる!


【活動報告】呪族転生書籍版のラフ画と改稿点などを記載しました!

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