三十九話 後日談
ブライアンを無事に撃退した後、俺はメアと二人でアッシムという街で二日ほど休んでいた。
アッシムという街は、ロマーヌと王都エルクシアのちょうど中間地点にある。
来るときも一度物資の補給のために寄っている。
今回俺がここで休んでいるのは、あの後ガストンがどうなったのかをいち早く知るためだ。
王都から遠く離れたロマーヌまで行ってしまえば、ガストンの情報が入ってくるのもそれだけ遅れてしまう。
そもそもロマーヌの街が俺にとって安全なのかどうかも怪しい。
ガストンのあの後の処遇次第では、俺も正直ちょっと危ない。
逆恨みでシャーロット王女から命を狙われかねない。
そのためアッシムの街の冒険者支援所に頻繁に足を運び、情報収集を行っている。
近隣国の内紛が大分前に終わっていたらしいだとか、辺境の方で三つ首のドラゴンが出たとか、国内で伝説の冒険者を見かけただとか、割と興味のない話しか入って来ない。
しかし今日、そろそろ王都の闘技場で起きたことの詳細が伝わってきてもいいころ合いのはずだ。
アッシム支部の冒険者支援所に入り、辺りを見回す。
ロマーヌの街に比べると、大分人影が少ない。ロマーヌのように、手頃な魔獣がうろついている場所が街の近くにないからだろう。
受付でも、平気にカウンター越しに受付嬢と世間話をしている女冒険者もいる。
特に誰も注意する様子はない。
他にも受付窓口は空いているので、止める理由も特にない。
「あ、メアちゃんとアベルちゃん」
女冒険者がくるりと身を翻し、こちらを振り返る。
ポニーテールの髪がふぁさりと靡く。
彼女はF級冒険者、シェイムである。
魔獣が近くにほとんどいないこの街で、冒険者である彼女が何をしているのかは知らないが、妙に愛想がよく色々と教えてくれる。
「来たよん。例の、王都の情報。昨晩、闘技大会を見に行ってたって人に会ってね」
「本当か? どうだった?」
「ガストンと戦ったブライアンって騎士さん、自信失くして、田舎へ畑仕事を手伝うために帰っちゃったんだって。勝ったのはブライアンのはずなんだけどね」
ブ、ブライアン……。
あの後、そんなに落ち込んでたのか。
「第一王子の一番の騎士がいなくなっちゃったから、次男の第二王子が王の有力候補になったーって、大騒ぎになってたらしいよん。有力な騎士を引き留められないってなると、それだけで人望のなさが窺えるもんね。第一王子さん、代わりの騎士を死に物狂いで捜してるらしいけど、まず見つからないでしょうねぇー」
シェイムはそう言い、ケラケラと楽しそうに笑う。
「そ、そう。それで、ガストンは……?」
俺が尋ねると、シェイムは指先で自分の首を切る仕草をし、皮一枚のところで止めた。
「あの一戦、常人には理解できないなんか物凄い戦いがあったってことになってるらしいよん。ブライアンが自信を失くしたのがその証拠だって。王女が自分の失態誤魔化すために必死に広めてるデマだとは思うけどね」
「……つまり、皮一枚、繋がったってことか」
「まぁ、そうなんじゃない? 例え万人から疑われても、建前として王女自身が自分の大ミスを認めるわけにはいかないもんね。噂じゃ、王女が無理矢理伝説級冒険者に推薦したらしいし。ガストンって、アベルちゃんの知り合いなんでしょう? よかったじゃん」
「あ、ああ、うん、ありがとう」
……ガストンは今、王女の体面のために逃がすわけにもいかないし、かといって表に出すわけにもいかないという、恐ろしく不安定な立場にいるということか。
ま、まぁ、命あっての物種だろう。ガストンには、なんというか、強く生きてほしい。
「……で、メアちゃんもアベルちゃんも、もうロマーヌに帰っちゃうの?」
「え、ああ、そのつもりだけど」
「そっかそっかぁ、アタシ寂しくなっちゃうなぁー」
目前の問題ごとはとりあえず全て片付いた。
まだロマーヌでやりたいこともあるし、しばらくはあの街にいることにしよう。
ガストンは動かせなくなったが……もう、これからは地道な狩りに留めて、ゆったりと生活することにしようかな。
なんというか、もう余計なことをするのに懲りたというか……。
「そう言えばさ、ロマーヌの街に、アベルちゃんみたいに髪と肌が白くって、目の赤い集団がいるんだって。エキゾチックで目立つ容姿だから、噂になってるーって……ひょっとして、アベルちゃんの親戚の人かなん?」
「「え?」」
俺はメアと二人して固まった。
「あれ、アタシまずいこと言っちゃった?」
シェイムが緑髪の毛先を弄り、苦笑いを浮かべる。
俺は眩暈がし、その場に倒れ込みそうになった。
メアがあたふたと俺の身体を支える。
「ほほ、本当なんですかそれ!? 冗談じゃありませんよね?」
「こんな嘘吐かないわよ。どうしたの、そんなにアベルちゃん、実家の人と仲悪いの?」
「にに、逃げましょうアベル! ロマーヌ以外の、どこかっ! どこかにっ!」
メアが俺の身体を揺らす。
「そ、そうだな。とにかく、こういうときこそ落ち着いて、冷静に考えないと」
不本意だが、田舎の……情報の流通も不便な、辺境地へ向かうのがいいかもしれない。
とにかく、ロマーヌには戻れない。しばらくどこかで身を顰める必要がある。
「でも、どうして集団……せいぜい、追いかけてきそうなのなんて、ジゼルとジゼルとジゼルくらいなのに……」
本当に、そこまでしそうなのがジゼルくらいしか思い浮かばない。
ひょっとしたらそこにシビィがついてくるかもしれない程度である。
なんで団体旅行みたいになっているのか、まったく理解できない。
都会巡りツアーでも開催したんだろうか。
「ア、アベル? ジゼルって、誰なんですか? ね、ねえ、アベル、アベルっ!」
メアが一層強く俺の身体を揺らす。
「ストップ! 肩外れる、肩外れるから……」
「ご、ごめんなさい……つい……」
どうにも、俺もメアも半ば混乱状態になっていた。
落ち着け、落ち着け俺。落ち着いて今後どう動くかを……。
シェイムは俺達の様子をぼうっと見ていたが、やがて閃いたようにポンっと手のひらを叩いた。
「なんだ、どうしたんだ?」
「そういえば、頭に角があって、額に宝石みたいなのをくっ付けてる集団もロマーヌにいたって。メアちゃん……とは、ちょっと違うかなぁ……」
二本の角に、額の魔力結晶。完全にドゥーム族だ。
メアは俺から力なく手を放す。
「う、嘘、ですよね? そんな、ど、どうしてメアにそんな嘘吐くんですか? だって……メアなんて、ただの石無しで……わざわざそんな、捜してまで殺すような価値、ないはずなのに……」
「え、えーっと……ご、ごめん。アタシも噂で聞いただけだから、詳しくは知らないーっていうか……ど、どうしたの、メアちゃん?」
「うっ、うぶっ、おえっ……」
メアはふらふらと数歩下がり、しゃがみ込んで口を押さえた。
過度のストレスのためか、口から吐瀉物を吐き出した。そのままぐらりと首をもたげ、その場に倒れた。
「お、おい、メア? メアッ!」
俺はメアの身体を抱き起し、名前を呼んだ。




