三十五話 そして伝説へ④
「表の方が騒がしいと思ったら、そんなことになっていたのか」
マイゼンが水を飲みながら苦笑する。
俺は机の上に突っ伏し、大きく息を吐いた。
「……本当にもう、ここからどうしたらいいんだろうな」
ガストンがシャーロット王女と共に冒険者支援所を去って行った後、俺は状況を整理するために休憩所へと戻っていた。
その頃にはもうマイゼンのパーティーの修羅場も収まっており、あの問題の二人組、リーシャとティーダのカップルは冒険者支援所を出た後だった。
「事情はあまり知りませんが……何やら大変そうですね」
……そしてなぜか、間男だけ残っていた。
間男は名前をクリフというらしい。
どう考えても一番残っちゃ駄目な立場の人だと思うのだが、俺が休憩所に戻ってきたとき、クリフとマイゼンはわりかし仲良さげに互いを慰め合っていた。
「えっと……その、さっきの痴話騒動は落ち着いたのか?」
俺が尋ねると、マイゼンは小さく舌を出した。
「み、見ていたのか。見苦しいところを見られてしまったね。……僕達のパーティーは、解散ということになったよ。ちょっと間が悪かったというか、まぁ、それがなくても時間の問題だったのかもしれないけどね」
マイゼンは寂しそうに言い、首を静かに左右へ振った。
「マイゼン……」
「それでとりあえず、僕とクリフで組んで狩りを行うことにしたよ。ちょっと人数は減っちゃったけど、仕方ないね」
俺はマイゼンの隣に座っている短髪の男、クリフを見る。
リーシャの浮気相手であり、今回の修羅場の発端でもある。
「あ、どうも……なんだか重要な話みたいなのに、すいませんね。俺、席外しましょうか?」
どの面下げてここに残ってるんだと怒鳴りたくもなるが、割と普通にいい人そうだから困る。
さっきの喧嘩も止める側に回っていたし、マイゼンが納得しているんだったら俺からは何も言うまい。
「……もういいや、全部終わっちゃったことだし」
今更聞かれたところで、もうどうとでもなれ状態である。
まさかこんなことになるとは夢にも考えていなかった。
「ああ、そうだ」
俺は机に頬を乗せたまま、マイゼンを見る。
「人数少ないっていうのなら、丁度仲間を欲しがってる二人組を紹介するぞ。近接と弓使いのペアで、ちょっと柄が悪いけど、根はいい奴だから。もしも変な我が儘言うようだったら、俺の友人って言っときゃ大人しくなるはずだ」
「そう? なら後で頼もうかな」
勿論、ゴードンとモードンの二人組である。
あの兄弟もゴードンの人当たりの悪さのせいで組める相手がおらず、苦労していたはずだ。
「話を戻すけど……今回の件、アベルが思ってるほど大事にはならないんじゃないかな。王家の親衛隊といえば聞こえはいいけど、所詮王子達の子守のようなものだからね。実用性というよりも、威厳さえ保てればどうにかなるんじゃないか。むしろ名前だけ売れてて実力の追いついていないガストンには適任かもしれないね」
特にこの国は平和だし治安もいいから、とマイゼンは続ける。
「そ、そうなのか……ならいいんだけど」
「ああ、ディンラート王は代々前任者の指名制でね。王子達は地方の視察や同盟国への挨拶、自らの親衛隊員の構成等を行って自分の能力を王に示すんだよ。だから名前の広がりつつあるガストンは、実力に関わらず飾りの一つとして丁度良かったんだろう。戦力面の期待はあんまりされてないのかもしれないね」
だから真偽をロクに確かめず、怪しい噂だけで引き抜きを行った、ということか。
むしろ下手に突いてメッキが剥がれたら困る、そのメッキが欲しいのだ、と。
そう考えると、あの王女の言動にも少しは納得がいく。
「なんだ……なら安心だな。親衛隊隊長にするなんて聞いたから、てっきり何を考えているのかと」
「し、親衛隊隊長?」
マイゼンの顔がさっと青褪めた。
「ん? どうしたんだ?」
「……えっと、王都には、闘技場があるんだよ。闘技大会の開始前には、王子の親衛隊隊長同士を戦わせて王家の威厳を示す習わしがあって……僕も一度、見たことがあるんだけど……」
「ガ、ガストンがそこに……?」
「……わからないけど、わざわざ信用のない荒くれ冒険者を急いで隊長にしたがっていたんだったら、もしかしたらそこへ引っ張り出すつもりなのかもしれない。ここでの勝敗は王の指名にも関わると、僕は聞いたことがある」
王の指名に関わるということは、当然王家が総出で観戦に来るということだ。
王都ではさぞビッグなイベントなのだろう。
何千人、いや何万人が身に来るに違いない。
「それ……いつあるんだ?」
「……いつも、火龍季と氷龍季の始まりに行われるはずだよ」
今は火龍季の終わり頃である。
後十数日と経たぬ間に氷龍季が始まる。
「お、終わった……完全に詰んだ……」
「ま、まだわからないよ! そもそも途中で王女が気づいたら、ガストンを引っ込めるはず……」
「いや、もうなんとなくわかったわ。ガストン出るわ、これ出ちゃう奴だわ」
嫌な偶然というのは、不思議と度々重なるものなのだ。
もう、ここまで重なったからわかる。ガストンは出る。御前試合に出てしまう。
何万人の前に引き摺り出され、他の親衛隊隊長と闘うことになるのだろう。
あの馬鹿王女が途中で気付いて慌ててガストンを引っ込めてくれる未来が、もう全然見えない。
処刑台に嬉々として全力疾走していくガストンの姿しか浮かばない。
「よくわからないんですが……ガストンさん、闘技大会の前試合に出るんですね!」
クリフは嬉しそうにそう言った。
事情は掴めていないが、とにかくガストンが大会前の見せ試合に出るということだけはわかったらしい。
「これはロマーヌの冒険者みんなで応援にいかなければ! 今から準備をするとなると、急がないと間に合わないませんね! 席の予約もありますし!」
「い、いや、どう考えてもロクなことにならないから止めた方が……」
クリフはマイゼンの制止を聞かず、受付の人が多いエリアへと走って行った。
「みんなー! 聞いてくれー! ガストンさんが、ガストンさんが王都の闘技大会の前試合に出るらしいぞー! みんなで応援に行こう!」
クリフが叫ぶと、賑わっていた施設内が一層と騒がしくなった。
「マジかよ! あのガストンさんの凄まじい戦いっぷりがこの目で見られるのか!」
「おいおい、馬鹿貴族共がんなもん見たら興奮のあまり気絶しちまうんじゃないのか!?」
むしろロマーヌの冒険者がショック死しそうで不安でならない。
「俺金厳しいんだよなぁ……王都までの往復の金なんてねぇよぉ……」
「馬鹿野郎! 借金してでも掻き集めるだろ!」
そこまでして見に行く価値は絶対にないぞ。
「うわぁ……楽しみだな。正直俺、半信半疑でさ。木を引っこ抜いて振り回したとか、朝に投げた魔獣が日の暮れに落ちてきたとか……」
「は? てめぇガストンさん馬鹿にしてんのか?」
「い、いやそんなつもりじゃなくて!」
俺は無言でメアを見た。
目を下に逸らされた。
「ご、ごめんなさい……。メア、つい……派手なのがいいかなって……」
メアはそうっと頭を持ち上げ、上目遣いで俺を見ながら言う。
もう、そんな次元超えてるから今更なんだけどな……。
「……どうするんだアベル? ここまで話が進んでしまったのなら、何も知らない振りをして逃げた方がいいと思うが」
「どうにか、試合に魔術で干渉できれば誤魔化せるかも……。そこで機嫌を取れれば、王女に話をする機会をもらえるかもしれない」
「数万人の目があるんだぞ。おまけに、相手は親衛隊の隊長だ。そう簡単に……」
「そこはどうとでもなると思う。問題なのは、王女と話をする機会がもらえるかどうか……」
「そ、そうか……うん、そうだったな……」
マイゼンは半ば呆れたふうにそう言ってから首を曲げ、窓の外へと目をやった。
「どうした? 何か飛んでいたか?」
「……いや、昔キミが空から落とした物を思い出してね」




