三十三話 そして伝説へ②
ガストンは取り巻きである女の子達に獲物を運ばせていた。
取り巻きは前はむさ苦しい荒くれ者揃いだったのに、いつの間にか華やかになったものだ。
「ガストンさん、どうぞ、どうぞ前へ!」
受付に並んでいた男が、さっと列から離れる。
その後手を振って、他の者達へと呼びかけを始めた。
「おいガストンさんが来たぞ! 列を空けろ! 早くしろ!」
皆その様子に疑問を感じていないらしく、続々と従っていく。
以前ならガストンが強引に脅して列を空けさせて他の者から猛反発をくらっていたのに、今では周囲が勝手にやってくれて皆が納得して去るんだから、世の中どうなるかわからないものだ。
「え、で、でも私急いでて……もうすぐだったのに……」
列の前にいた女の子がそう、小さく不満を洩らす。
「ああ? そりゃどういう意味だお嬢ちゃんよ。この街が平和なのは、ガストンさんのお蔭なんだぞ? それなのに……お前はとんだ恩知らずだな!」
「ご、ごめんなさい、そういうつもりじゃ……」
「は? だったらどういうつもりなんだよ! おい、こっちへ来いガキ!」
男はずかずかと大股で女の子に近づき、その腕を引っ張る。
「止めんか馬鹿が!」
ガストンが、施設全体に響き渡るような声で一喝する。
辺りが水を打ったように静まり返った。
「おい、列を戻さんか。俺様は最後尾につく。当然だろう? 今やってきたばかりなのだからな」
皆がガストンの言葉の意味をゆっくりと理解していき、ざわつき始める。
「何を驚いている。俺様は、この街のあらゆる冒険者達の見本とならなければならぬ存在なのだ。そんな俺様が横入りなど、そんなケチな真似をするわけがなかろう。俺様も安く見られたものだな」
お前思いっ切りやってただろうが。
「お、俺達が間違っていた……こんなことをして、ガストンさんが喜ぶと思っていたなんて……」
「テメェのせいで、あと一歩でガストンさんの名を穢すところだったんだぞ! 何ぼさっとしてんだオラ!」
「ひ、ひぃっ! そんな、俺は良かれと思って……」
以前のガストンの振る舞いを覚えている者も絶対にいるはずなのに、皆手放しにガストンの言葉に心を打たれ、感服しているようであった。
その場の雰囲気って恐ろしい。
因みに女の子の腕を掴んでいた男は、彼よりもガタイのいい男五人に囲まれ、別のフロアへと引き摺り出されていった。
「……これが崩れたら、どうなるんでしょう」
「俺もちょっと怖くなってきたわ」
マイゼンが言っていたように、領主がわかった上で見過ごしてくれていて、ガストンの英雄像を取り繕ってくれている説に賭けるしかない。
それならもうしばらくは持つだろう。
ただしその場合、どこかの貴族がガストンを仕えさせようとしてそこから発覚するのが怖いが……まともな貴族ならば、視察と試験で落とすので、さして大事にもしないだろうとマイゼンは言っていた。
……よほどの馬鹿貴族なら、即決で雇おうとするかもしれないが。
しかし、ガストンだってさすがにそこまで馬鹿ではないはずだ。
もうここまで来てしまったら、自分が仕えればその日の内にボロが出ることはわかっているだろう。
俺がガストンの背中を眺めながらぼうっとしていると、背後から大きな声が聞こえてきた。
「貴様ら! とっとと掃けろ! 何を溜まっている! 邪魔だ!」
よく通る声が響き、皆が一斉に振り返る。
文句を零していた人達も、声の方を見ると口を噤んで唖然としていた。
俺は周囲に少し遅れ、後ろを振り返る。
冒険者支援所の出入り口には、青い輝きを放つ鎧を纏った男達が、六人並んで立っていた。
彼らはこの施設内では浮いていた。
冒険者にしては鎧が見るからに高価なものであり、ほとんど汚れや傷がなく綺麗過ぎる。
それに、整列が整い過ぎていた。
鎧の胸元には紋章が入っていた。青黒いヴァーシュ(薔薇に似た花)の背景に、触手が渦巻いている。
この国、ディンラート王国の紋章である。
ヴァーシュは育てるのが難しく価値が高いため高貴な者の象徴として描かれており、背後の触手はこの国にクゥドル神の加護があることを表している。
まさか、王国騎士団か?
周囲も彼らの素性を察したらしく、また一層とざわつき始める。
だが、先頭の男が厳しい目つきで施設内を見回すと、静かになって行った。
「こらこら、ランスロット。あまり脅かさないの、めっ。可哀相でしょう?」
その声と共に、男達の奥から一人の少女が現れた。
少女はウェーブの掛かった金髪を掻き上げ、口端を吊り上げて笑っていた。
黒と青、白の三色から構成されているドレスを身に纏っており、頭には青いヴァーシェの髪飾りを付けている。
「はっ! 申し訳ございません、シャルロット様!」
シャルロット様と呼ばれた少女は薄く笑い、施設内を見回す。
まるでゴミでも見るかのような、そんな冷たい目だった。
目が合いそうになったので、思わず俺は床へと目線を落とした。
シャルロットという名には聞き覚えがある。
現ディンラート王の第四子、王女シャルロット。
……詳しくは知らないが、王家一の問題児だという悪評を耳にしたことがある。
「私ではなく、そこで脅えている平民共に頭を下げてあげたらどうかしら?」
「いいえ、それはできません! 私はシャルロット王女親衛隊隊長である身! 主であるシャルロット様の威厳のためにも、この様な輩へ頭を下げることなど!」
「くくっ、そうでしょうね。さて、あまり長居して私に平民の匂いがついても困りますし、さっさと本題に入るとしましょうか」
シャルロットが手でひらひらと、自分の鼻先から周囲の空気を逃がすように扇ぐ。
彼女の様子から見て取るに、親衛隊隊長さんの返しは織り込み済みというか、お約束のようなものらしい。
なんだこの人、失礼とかなんかもうそういう次元じゃないぞ。
親衛隊隊長ランスロットは、シャルロットに深々と頭を下げた後、施設内へと目を向ける。
「ここにガストンとやらはおるか! シャルロット様が、会いたがっておられるのだ! この国の人間として、これほどに名誉なことはあるまい! 今すぐ出て来るがいい!」
ランスロットがそう高らかに宣言すると、辺りにどよめきが上がった。
「おっ、おい! 王女様がガストンさんに直々に会いに来たぞ!」
「ガストンさんのスカウトか?」
周囲が嬉々として騒ぎ立てる中、俺はメアと二人して無言で青褪めていた。
馬鹿貴族どころか馬鹿王女が釣れてしまった。
対応を一歩間違えれば、どうなるかわかったものではない。
最悪の場合はガストン共々俺の首まで危うい。
ここロマーヌの街は、王都からそれなりに距離が開いているはずだ。
三日で伝令が届き、それからわざわざ王女が足を運んでやってきたとは思えない。
恐らく近くまで所用で来ていたところでゾロモニアの杖の事件を耳にしてガストンに興味を持ち、予定を変更してロマーヌの街へとやってきたのだろう。




