二十九話 悪魔の杖②
マイゼンと顔を合わせた後、お互い大した用もなかったので、メアを含めた三人で近くの酒場へ入ることにした。
パーティーの件で色々と溜め込んでいるようだし、愚痴くらいは聞いてやろう。
俺は木の机に肘をつき、店の内装を見渡す。
カウンターの方には大量の酒瓶が綺麗に並べられている。
机には光沢があり、床に残飯が落ちている、なんてこともない。
ここらの店の中では、かなり綺麗な部類に入りそうだ。
しかし、酒場なんて初めて入った。
まだ昼下がりだからか、席はほとんど空いている。
「僕はホルップ(麦酒)でいいかな。キミ達は?」
マイゼンが声を掛けてくる。
「俺はミルクでいいや」
酒は集落の儀式で飲んだことがあるが、あまり得意ではない。
吐いて倒れてジゼルに介抱してもらったことがある。
「メアもアベルと同じので!」
「あ、ああ、そうかい……。えっと、この店、潰したイーブの実を入れてるミルクがあるんだけど……」
懐かしい。
イーブの実なら、マーレン族の集落にもあった。
ちょっとドロっとしていて、甘くて美味しい奴だ。
木の実だが、苺に少し似た味がする。
「じゃあそれで」
「メアもメアも!」
「……なんだか僕の疎外感が凄いんだけど」
マイゼンは何度かここに来たことがあるらしく、店主に全員分の注文を伝えてくれた。
すぐに店員がミルク二杯とホルップを運んでくる。
いきなりパーティーの話から入っていいものかと考えていると、マイゼンが先に口を開いた。
「……そういえばガストンの件、キミだろ」
あっさりと、マイゼンはそう当てた。
誤魔化そうかと思いながら隣を見ると、メアが顔を真っ青にしてあたふたとしていた。
マイゼンなら黙ってくれるだろうと考え、隠さず喋ることにした。
「いや、やっぱりっていうか、どうせキミだと思ったよ。どう考えたっておかしいしね」
マイゼンはホルップをぐいっと飲んでから、首を左右に振る。
「そんなにか? 露呈しない内に辞めた方がいいかな」
俺はマイゼンのペースに合わせながらイーブミルクを飲む。
「……まぁ、大丈夫じゃないかな。昇級は本来、優れた冒険者への報酬のようなものだからね。下手に突いて優秀な戦力を失うなんて本末転倒だよ。全力で知らない振りをしてくれるはずさ。特にここの領主はキミに恩もあるはずだし、まず大事にはしないだろうさ」
それに、とマイゼンは続け、声を潜める。
「調査隊の人から聞いたんだけど、領主の方でガストンを英雄として担ぎ上げる計画が進んでいるらしい。引くに引けないところまで行ったら、むしろ街側が守ってくれるんじゃないかな」
「ぶっ! げほっ!」
気管にイーブミルクが入った。
喉を押さえながら、コップをテーブルへと降ろす。
「え……冗談だよな?」
「本気らしいよ。名物冒険者がいたら、街の知名度も一気に上がるからね。ほら、領主お抱えの学者、ウェゲナーがいただろう? あの人が討伐報告書を読んで、ガストンのことを気に入ったらしい。近々ガストンに連絡が入るんじゃないかな」
インチキ学者とインチキ冒険者のコンビが爆誕してしまう。
インチキはインチキと引かれ合うんだな。
「……でも、噂を聞いてガストンを仕えさせようとした貴族が怒るんじゃないのか?」
「自分の領地でもないところへ貴族様がわざわざ足を運ぶもんか。適当な下っ端を寄越して、ちょっと様子を見て実態を知ったらすぐ引き上げだろうね。ここの領主の兵団の加入試験だって面接と実技があるから、本人の実力も確かめずに冒険者ランクだけで取るなんてことはまずしないよ。よほどの馬鹿貴族なら知らないけど」
そんなものか。
どう転んでも、思ったより大事にはならなさそうだ。
「じゃあ、俺以外にも結構誤魔化してる奴いるのかな」
「……そこまでして、キミみたいに隠したがる冒険者が他にいないからね。そんな余計なことしてる暇があったら、ちょっとでも自分の狩りに専念したいだろうし。僕はやっぱり自分の功績は自分の功績として認めてほしいし、人の功績もらって喜ぶ気持ちもよくわからないね。キミにはキミの事情があるんだろうけどさ」
「は、ははは……」
じっとりとした目で睨まれたため、俺は目線を逸らして笑って誤魔化した。
マイゼンは、あまりこういうやり方は好きではないのだろう。
「そ、そういえばほら、パーティーの様子はどうだ?」
露骨に話題を変えた俺に、マイゼンが苦笑する。
「……一応、打開策は見えてきたよ」
「ほう」
どうにかなるはず、というのはただの投げやりではなかったらしい。
正直あのリーシャとティーダを引き離す以外にないと思うのだが、どんな策を考えたというのだろうか。
「僕達のパーティーはさ、なんかちょっと上手く行ってないんだよね。掛け合いも心掛けてるけど、なんていうか、穴が開いちゃうっていうか、連携が崩れてるっていうかさ。昔はそうでもなかったんだけど」
間違いなく、リーシャとティーダが連携取れてないんだろうなぁ……。
「それでなんでかって考えたらさ、メンバー構成のせいだと思うんだよ。そのせいで、互いに役割を果たせないっていうか」
やっぱりマイゼンも、あの二人を引き合わせてはいけないと気がついたらしい。
どっちか辞めさせるか、どっちも辞めさせるか。もうマイゼン自身が抜けた方が早そうな気もするが。
「それでさ、メンバーを一人増やすことにしたんだよ。魔術と剣術両方の心得がある奴と酒場で意気投合してね。近い内にあの二人とも顔合わせさせる予定さ」
「えっ」
そっちに行ってしまったのか。
それよりもっと大きい問題が転がってる気がするんだけど。
「メンバーのランクが上がってきたから、ついつい魔獣の強い地域まで行きがちでね。三人じゃ無理があったんだろう。探索が上手く行っていないから不和が広がって、そのせいでまた探索が上手く行かない」
……もう、ばっさり言った方がいいかもしれない。
このままだと心労被害者が増えるだけだ。
「なぁ、多分、そのリーシャとティーダの不仲のせいだぞ。もうその二人残してる限り、絶対上手く行かない気がする」
「い、いや、だとしたら、きっとどっちかとっくに辞めているはずさ。あの二人は残ってくれているんだから、まだどうにかできるはずだ。……ま、まぁ、うん、あの二人のどっちかが言い出したらその方向でも考えてみようかな」
マイゼンは、言い辛そうに詰まりながらそう口にした。
……やっぱり気付いていないわけはなかったか。そうだよな、さすがにここまで鈍いはずがない。
でもあの二人は、マイゼンがランク上だから抜けたくないだけだと思うんだけどな……とっとと解散した方がいいんじゃなかろうか。
マイゼン本人には思い入れがあるようだし、そう簡単にはいかないのだろうが。
「そうだ、せっかくだし何か摘まめるものも頼もうか。ここ結構美味しいから……」
「うわぁぁあああっ! 逃げろ、逃げろぉおっ!」
マイゼンの言葉を遮るように、街の方から悲鳴が聞こえてきた。
それに続き、次々と叫び声が上がる。
酒場の店員が、外の様子を見ようと扉を開ける。
その隙間から、店の前の通りを人込みが我先にと駆けていくのが見えた。
店員は顔色を青くし、手にしていた盆を床に落とす。コップや皿が地に落ち、床に酒や料理が飛び散った。
他の客達も扉の外を見て異常に気付いたらしく、慌ただしく立ち上がって酒場から去っていく。
マイゼンは立ち上がりながら懐から貨幣を出し、机の上に撒いた。
「……よくわからないけど、ちょっとヤバそうだね。これで充分足りるはずだから、すぐここを出て声の方に向かおう」
逃げる、という選択肢はないらしい。
こういうときのための冒険者だろう、という心意気なのだろう。そういうところは素直に感心する。




