二十八話 悪魔の杖⓵
イーベル・バウン騒動の翌日、俺はゴードン兄弟と路地裏で待ち合わせをした。
勿論、ガストンから回収した報酬を渡してもらうためである。
約束の通りに入ったとき、こっちを見て手を振るゴードンが見えた。
ゴードンはモードンの手から袋を引っ手繰り、こっちへと走ってくる。
この様子だと、ガストンからの回収は上手く行ったようだ。
メアは初見のせいかゴードンにあまりいい印象はもっていないらしく、ゴードンが走ってくると少し口端を下げ、そっと俺の陰に隠れた。
「アベル兄貴! これ、今回の討伐報酬と根の換金分だ! すげぇぞ、いくらだと思う?」
ゴードンが袋を振り回しながら俺の前で止まり、そう言った。
少し遅れてモードンが追いつく。
「ちょ、ちょっと兄ちゃん……そんなに走らなくても……」
モードンは兄に合わせて急に走ったせいで疲れたらしく、肩で息をしている。
ガストンの報酬引き渡しは特別窓口で行われたため、いくらの値になったのか俺は知らない。
イーベル・バウンの根はそこそこ価値があるらしいし、私兵が一度撤退したことで注目度も上がっていたはずだ。
貨幣によって違うため、袋の膨らみからはあまり判別がつかない。
ここは八十万Gくらいか?
コンスタントにこんなにぽんぽん金が入ってくるのなら、もう街から出るのは月一くらいでいいかもしれないしな。
まぁ、ここで実値を上回ってしまうと空気が凍る。
予想は低めに言っておくか。
「五十万くら……」
「お、多目って、ひゃ、百万Gくらいですか!?」
俺の陰に隠れていたメアが半身を出し、わずかに上擦った声で言葉を被せてきた。
俺は咄嗟にメアの肩を押さえて前に出て、彼女の姿を隠す。
「百五十万Gだよ百五十万G! 討伐への報酬が百万! 根の換金が五十万だ!」
「ひゃくごっ!?」
そんなにあの悪魔、危険視されていたのか。
冒険者への報酬はかなり絞られると愚痴を零している奴をよく酒場で見るのに、えらく大盤振る舞いだ。
そこまで危ない悪魔だったかと言われるとちょっと微妙な気もするが、領主の私兵隊が撤退した後だったのでタイミングが良かったのかもしれない。
「ガストンがよく素直に渡してくれたな」
正直、ここまで大金となるとそのまま街を出て行方を晦ますと思っていた。
「ああ、気味が悪いくらい素直でな。なんか上機嫌だったぞ。これからも頼むと言っていた」
……あのオッサン、思ってたよりも結構ちょろいな。
評判が上がったのがそんなに嬉しかったんだろうか。
「ただ金を貸してくれと言われたから、オレの手持ちからちっと貸したが。実力バレるのが怖いから下手にパーティーが組めなくなっちまって、金の工面にかなり困ってるみてぇでよ。今度、臨時募集やってた街壁の補修工事に行くらしい」
「ええ……ああ、うん。そうなっちゃうか……」
……街の英雄さんが壁の補修工事に出てたら、そっちの方が怪しいんじゃなかろうか。
そもそもランク上げても冒険者活動できないって、あいつこのまま何になる気なんだ?
これ向こうが辞めたいって言い出したとき、引き留めずにさっさと縁切るべきだったんじゃなかろうか。
準D級冒険者から日雇い労働者になってしまったぞ。
なんであいつはそれで満足してるんだ。
「……ほ、本当に、百五十万ありますか? か、数えさせてください」
メアがまた俺から身体を出し、ゴードンへとそっと手を伸ばす。
そんなに額が気になるのか?
「どしたよ角の嬢ちゃん。そりゃ構わんが、ここであんま出してると怪しまれんぞ」
ゴードンから袋を受け取ったメアはそのまでしゃがみ、袋に手を入れて貨幣を数えだす。
「ご、五万、十万……十五万……」
思いつめた表情で、ぶつぶつと呟く。
……ああ、様子がおかしいと思ったら、今回の分でメアへの借金をほとんど返済できてしまうからか。
道理で妙に額を気にしていると思った。
……メアはジェームの商品を丸ごと買い取ろうとしたり、二百万ぽんと俺に貸した前科があるので、とりあえずは生活資金として俺が持っておこう。
ただずっとこのままというわけにもいくまい。
何かこう、上手い形で返せればいいんだが。
報酬金を受け取ってからは、ゴードン兄弟に手数料を渡してから別れた。
……ガストンの借金の分、多目に渡しておいた。
とりあえず大金の保管に困ったため、貴金属に換えて世界樹のオーテムの体内に隠すことにしておくことにした。
これならすぐ手許に寄せられるし、防犯もばっちりである。
下手に触られたら大声で泣き叫びながらじたばたと大暴れするように魔術で調整し、保険を掛けておいた。
結構手間を掛けたので、せっかくだから一度くらいは作動してほしい。
情報収集のため、半ば習慣的に冒険者支援所へ向かう。
ガストンの周囲からの評価を確かめておかなければならない。
以前ガストンの取り巻きだった男達を見つけたので、冒険者新聞を読んでいる振りをして近くで盗み聞きしてみることにした。
「あーガストンさん、遠くの人になっちまったなぁ……。俺はさ、いつかこうなるって思ってたよ。やっぱね、剣の振りから違ったからな。こう、豪快に、がばっと……」
頭に頭巾を被った大柄の男が、一人でうんうんと頷きながら訳知り顔でそう言う。
「……それ、剣の重みに引っ張られてるだけじゃねぇの。お前も酒場で笑ってたじゃん。ほら、剣持ってフラフラ踊って、ガストン兄貴の真似だぁって奴。ちょっとガストン兄貴が功績上げたからって、調子よくねぇか?」
集団の中では比較的小柄の男がケラケラ笑いながら大男を睨む。
大男は、むっとした表情で小柄の男を睨み返す。
「いやいや、俺っちもよ、あの人はビッグになるってわかってたさ。やっぱ俺っちらとは匂いが違うっつうかよ」
また別の男が、二人を宥めるようにガストンを称賛する。
「でも昨日はよ、あの人酔いどれ亭で飲んだくれてたらしいぜ。なぁんかおかしくね? だって急にこんなんさ、絶対おかしいだろ」
またしても小柄の男が口を挟む。
大きくわざとらしいふうに首を振り、呆れたように「はぁ」と大きく息を吐く。
意気揚々と話していた男達の顔が曇っていく。
「おいチルドよ、てめぇガストンさんの活躍にケチつけようってぇのか? あぁ?」
「え、い、いや、でも……」
小柄の男、チルドは周囲を見てから仲間がいないことに気付き、焦ったように表情を崩す。
「嬉しそうに人の話の腰折りやがってよ。何様のつもりだ? ガストンさんの剣の錆びにしてやろうか?」
ガストンさんの剣は今質屋にあるぞ。
「いい度胸じゃねぇか。ちょっと表出ろや」
「ちょっと! だ、だって! だって! おい放せよ、痛えじゃねぇか! おいっ!」
チルドはすぐさま取り囲まれ、施設の外へと連れ出されていった。
俺はメアと二人で、無表情で引き摺られていくチルドの行く先を見守っていた。
「……噂っていうのは、怖いもんだな」
多数派に真実が圧殺される様を目前にしてしまった。
チルドの言い方も災いしたのだろうが。
「そ、そうですね」
バツの悪さもあり、俺はそのまま冒険者支援所を去ろうとした。
音を立てないようにそうっと歩き出そうとしたとき、背後から声を掛けられた。
「アベルじゃないか。また会ったね」
「ひぅっ!」
思わず声を上げながら振り返ると、見覚えのある金髪が目に入る。
マイゼンだった。
「な、なんだマイゼンか。元気そうで何よ……」
顔見知りと出会ったときのテンプレートを口にしようとしたが、俺は途中で言葉を止めた。
……マイゼンの目の下に、隈ができていた。
「な、何か悩み事でもあるのなら聞くぞ? 大丈夫か?」
「ああ、うん、ま、まぁ、大したことじゃないんだけどね。この僕に掛かれば、この程度の試練はどうとでもなるさ! ……多分」
どうやら、パーティーのギスギスはまだ解決の糸口が見えないらしい。




