二十七話
ゴードン兄弟と別れてから、冒険者支援所へと戻った。
メアと二人で後ろの壁に凭れかかり、他の冒険者達の様子を眺めていた。
皆、口を揃えて森にいた化け物の話をしている。
そこまで凶悪な悪魔だったとも思えないのだが、まぁ、恐怖や噂は誇張されるものか。
調査隊が皆殺しにされたという噂まで上がっていた。
報告に来てくれたのはあいつらだろうが、と。
俺が散々撒いたお蔭か、ガストンが倒したらしい、という話もちょろちょろと聞こえてきた。
信じている人間はほとんどいないようだったが。
この辺りでガストンが来てくれれば……と考えていた正にそのとき、入り口の扉が開けられ、三人の男が入ってきた。
「もういいと言っているだろうが! 俺様の言うことが聞けんのか! だいたいなんだ、この汚い根っこは!」
「いいからそろそろ黙りやがれ! こっちがアベル兄貴に怒られんだろうが! お前はこの換金だけ済ませりゃいいんだよ!」
ゴードンとモードンが引き摺って、ガストンを連れて入ってくる。
どうやらガストンは一人でやけ酒を飲み歩いていたため、イーベル・バウン騒動を知らないらしい。
ガストンが現れた瞬間、施設内のすべての人間がガストンを振り返り、口を閉ざした。
しんと、さっきまでの喧騒が嘘のように静まり返る。
嘘に決まっている、だが、もしかしたら……という期待の眼差しだった。
ガストンは施設内の異様さを訝しみながらも、モードンの持っていたイーベル・バウンの根が入った袋を引っ手繰る。
それからゴードンをギロリと睨んでから前を向き、ずかずかと大股で受付へと歩む。
「ち、とっとと済ませるか。今回限りだからなぁ! おい、貴様ら退け! 俺様は虫の居所が悪い! 揃いも揃って辛気臭い顔をしおって! 見ているだけで腹が立つわ!」
ガストンは並んでいる人達へ、鬱憤の八つ当たりを兼ねてかそう叫ぶ。
列の横入り、いつものガストンである。
ガストンに怒鳴られた若い冒険者は、横にいる仲間に声を掛ける。
「なぁ、あの袋……木の根のようなものがはみ出していたないか?」
「ま、まさか……」
施設全体が、再びどよめき始める。
「なんだ貴様ら。退かないのか? んん?」
ガストンがにじり寄ると、若い冒険者は表情を輝かせる。
「さ、ささ、どうぞ! どうぞ先へ!」
若い冒険者が掃けると、それに続いて列から人が消えて行く。
まるで示し合わせたように左右綺麗に人が掃ける。
後ろから眺めていると、ガストンが海を割ったモーゼのように見えた。
「な、なんだ? なんなのだ?」
ガストンは顔にあからさまな困惑の色を浮かべ、おどおどと左右を見回す。
全員の目が自分に向けられていることに気付くと不気味に思ってか半歩下がったが、その後意を決したように受付へと歩んで行った。
ガストンは袋を投げるようにカウンターに置き、それから再び背後へと目をやる。
「おい女、とっとと査定を済ませろ。なんだか気味が悪い」
「は、は、は、はい……」
受付嬢が、ガストンから渡された袋を慎重に開く。
そして出てきた黒い根を見ると、ごくりと唾を呑み込んだ。
「こ、ここ、これはいったい?」
「知るか! 報告書を読んで確かめろ!」
ガストンは皺くちゃの紙をカウンターへと叩き付けた。
メアの書いた、ガストンが素手でイーベル・バウンをへし折り、摩擦熱で根を残して消し炭にする架空の報告書である。
イーベル・バウンの残骸を捜されると厄介なので、本体は無理矢理消し去ることにした。
せめて武器を使わせたがったが、本人が丸腰なので仕方ない。
受付嬢は大慌てでその紙を開く。
興奮で手が震えているのか、上手く開けられないようだった。
やっとの思いで紙を開くと、目を見開いて報告書に目を走らせる。
「ちょ、ちょっと待って! それを見せてくれ!」
施設の奥から他の職員が現れ、受付嬢の手を掴む。
それに続き、見覚えのある男が現れる。
イーベル・バウン討伐に来ていた、領主の調査隊の隊長だ。
整った髭と、独特な三白眼……確か、レジーノという名前だったか。
施設の裏側で話をしていたのだろう。
受付嬢が広げた報告書を、男の職員とレジーノが顔をくっ付けて文面を熟読し始める。
「信じられんが、しかし、間違いない……思念波に、地中からうねる黒い根、強風を起こす力。この特徴、間違いなく俺達の隊を壊滅させた化け物だ」
「なんだと!? それをあの厄介者がたった一人で、それも素手で仕留めたというのか? そんな馬鹿な! ガストンは、長い間準D級で燻っていたんだぞ!」
職員達のやり取りの様子を見て、冒険者達が湧き始める。
「お、おい、本当にガストンがやっちまった雰囲気だぞ」
「う、嘘だろ? あの問題ばっかり起こす野郎が?」
「いいや、俺は信じてたね。ガストンの兄貴はやるときはやる男だって」
騒めきはどんどん大きくなる。
さすがのガストンも事態を把握し始めたらしい。
口をぽかんと開けたまま突っ立っていたが、ぶるりと身震いをさせたかと思うと苛立ちの表情が消え、ゆっくりと普段の上機嫌そうな顔へと戻っていた。
「すげぇ……こいつはぁすげぇ」
「貴族の私兵隊が逃げ帰ってきたんだろ? それを、たったの一人でか?」
「俺達は伝説の始まりを目にしているのかもしれんぞ」
ガストンは鼻息を荒くしながら冒険者達の言葉へ耳を傾けているようだったが、受付嬢から声を掛けられると、すぐに振り返った。
「あの、ガストンさん。浮足立ってしまい、お待たせして申し訳ございません」
「ふ、ふ、ふん! それくらいよかろう」
「知っておられるかもしれませんが、今件には少し複雑な事情がございまして……」
「はんっ、知らんな。倒した奴のことなど、覚えていてはキリがないわ!」
ガストンが得意気に言うと、おおっと周囲がまた一層湧き立つ。
ガストンはその様子を尻目に見て、口角を上げてニタニタと笑っていた。
ガストンは見てもないんだからそりゃ知らないよな。
あの様子だと、メアの報告書も目を通してなさそうだし。
「今すぐ特別窓口にお越しいただけますか?」
「ふ、ふふん! 俺様は忙しい身なのだが、ま、まぁよかろう! 手短に済ませろよ」
大歓声の中、ガストンは特別窓口へと移動していった。
だ、代役を立てておいてよかった。
まさかあそこまでの大騒ぎになるとは思わなかった。
俺だったら緊張でぶっ倒れかねないところだ。
……でも、ガストンのあの様子だと、もうしばらくは頑張ってくれそうだな。




