二十六話
ガストンを捜すため、ガストンが見当たらなければ森の騒動が終わったことを広めるため、俺とメアは冒険者支援所へと向かった。
冒険者支援所は騒々しいが、いつものような活気はなかった。
皆陰鬱な雰囲気を纏い、ひそひそと話し合っている。
「繰り返し通達します。ただ今を以て、北の森を危険度B級以上と定めます! 今後、B級未満の冒険者の北の森への侵入は、場合に寄っては罰せられます! 注意してください! 詳細については掲示板をご覧ください!」
職員が大声で叫んでいる。
どうやら領主の調査隊が逃げ帰ってきたことから事態を重く見て、北の森への侵入に制限を掛けたらしい。
このロマーヌの街の冒険者支援所には、B級以上の人間はいないはずだ。
少なくとも俺は聞いたことはない。
C級以上になった者はここの領主が呼び出して私兵として迎え入れるか、それに漏れても別の地の貴族の使いが来て軽い面接と下調べを行い、滅多なことがない限りは雇うらしい。
冒険者支援所の権威に寄って強さの保証された即戦力だ。多少の性格の難は瞑っているのだろう。
つまり今回の通達は、冒険者支援所の利用者に取ってみれば、実質的に北の森の封鎖である。
北の森は一番手頃な狩り場である。
このお触れが通れば、今後、不慣れな狩り場へ挑む羽目になる冒険者も増えることだろう。
大怪我を負うかもしれないし、下手を打てばこれが元で命を落とすことだってある。
ふと前に、肩を落としている二人組を見つけた。
話している内容から察するに、北の森を狩り場にしていた者のようだ。
「……俺、これを機に、冒険者なんかやめちまおうかな」
「つっても、これからどうすんだよ。他のことなんて俺できねぇし、伝手だってねぇよ。んなもんあったらこんな実入りの悪い仕事してっかよ」
「けどよぉ……」
俺はその男の肩を叩く。
男は俺を見て訝し気に目を細める。
「ああ、なんだガキ。馴れなれしく肩触るんじゃねぇよ」
男は苛立ちを隠そうともせず、そう言った。
俺はすうっと息を吸ってから、冒険者支援所全体へと向けて大声を出す。
「安心してください! 実は、ガストンさんが北の森に巣喰っていた化け物を退治したんですよ! じきに封鎖も解けるはずです!」
「は、はぁ? ガストンがぁ? んなわけあるかよ!」
「いえいえ、本当です! 俺、たまたま森にいて見たんですよ!」
俺が言い切ると、辺りの騒めきが少し小さくなった。
何人かは、俺の話へ耳を傾けているようだった。
片割れだったもう一人の男が会話に入ってくる。
「で、でもガストンの奴、大量のバーム鳥を仕留めたって豪語してなかったか? あれが本当だったのなら……」
「まさか、そんな……。お、おいお前、デマじゃないだろうな。顔は覚えたからな。後で嘘だってわかったらただじゃおかねぇぞ!」
男達と話していると、冒険者支援所の奥にゴードン兄弟が見えた。
何事かと俺の方を見ていた。
俺は彼らを手招きして呼び、それから冒険者支援所を後にした。
外に出たところで、ゴードン兄弟が追いかけてくる。
「お、おい何があったんだ? まさかアベル兄貴が倒しちまったってのか?」
「そうそう。それで、あれをガストンに渡したいんだよ。中には、森の化け物の貴重部位が入っている。討伐証明には充分のはずだ」
俺はメアの抱えている袋を指で示す。
中にはイーベル・バウンの根が入っている。
「そんな、あっさりと……。あ、ああ、でもガストンなぁ……」
ゴードンがモードンへと視線を向ける。
モードンは困ったように眉根を寄せた。
「問題でもあったのか?」
「いや、実は……アイツの愛剣売り飛ばしたのがよっぽど堪えちまったらしく、アイツ今、一人で人目のない酒場を回ってフラフラしてるみたいなんだよ。顔合わせたから声掛けたけど、もうアベル共々関わんないでくれって言われてよ」
「えっ」
元はと言えばガストンを宥めるためにわざわざ表に立ててきたのに、折れるのがちょっと早くないだろうか。
今だってガストンが倒したと言いふらかしてきたところだし、それはちょっと困る。
それに人をコロコロ変えていれば、それだけ不審に思われる確率は跳ね上がる。
そんな勝手に逃げられては困る。
「だからもしアベル兄貴がよかったらオレか、それが駄目ならもっと扱いやすそうな奴に表に立ってもらうとか……」
「そ、それちょっと俺も困る……なるべく、ガストンにやってもらわないと……」
「えっ」
「いくらなんでも職員側が怪しく思うだろうし、そんなコロコロ変えたくないんだよ。せめて今回だけでもガストンにやってもらわないと。それにガストンだって、ようやく扱いやすくなってきた兆しが見えてきたところだったのに……。そもそも元はと言えばガストンを納得させるためにわざわざこんな回りくどいことしてたのに、そんな自分の不始末で剣手放す羽目になったからもう嫌ですって、そんな……」
提案してくれたところ悪いが、ここは引き下がれないのだ。
俺は言葉に熱を乗せ、身振り手振りで必死にそのことを伝える。
「……あ、アベル兄貴、結構クズいな」
ゴードンは、若干引き攣った顔で俺にそう言った。
「ということで、なんとかガストンを見つけて引き摺り出して換金させてくれないか?」
ゴードンは再度、モードンへと顔を向ける。
モードンはちょっと考える様子を見せた後、小さく頷いた。
「ま、まぁ、アベル兄貴が言うのならそうすっけど……」
「よかったよかった。実はもう、散々ガストンがやったって吹聴した後でさ……」
「お、おう」
ゴードンはメアから袋を受け取り、モードンと二人で繁華街の方へと走って行った。
あの二人、本当にいい奴だな。
今回は入ってくる金額もそこそこ大きいだろうし、手数料にちょっと色をつけてやろう。




