二十四話 森奥に潜むモノ⑤
「পিশাচ শান্তি」
俺はぐったりとしているイベール・バウンへと杖を振るう。
光の球が真っ直ぐに飛び、イーベル・バウンの幹へと溶け込んでいく。
イーベル・バウンの口から、黒い靄のようなものが吹き出す。
これが悪魔の本体だ。
普通は簡単に追い出させるものではないが、イーベル・バウンはもう、色々と限界だったのだろう。
黒い靄は弱々しく、すでにほとんど力が残っていないのは明らかだった。
黒い靄は俺から逃げるようにすぅっと飛んでいく。
……っていうか、完全に逃げてるな、あれ。
黒い靄はどんどん拡散し、大気に混じるようにして薄れて行く。
悪魔は精霊の集合体であり、精霊は生物、無生物、土地に籠った思念が具現化したものだといわれている。
悪魔が妄執を抱えていることが多いのも、きっとその名残なのだろう。
「今、何をしたんですか?」
メアが俺の横まで歩いてくる。
「悪魔を散らして精霊に戻したんだよ。俺の集落は、元々こういうのが専門だったしな」
マーレン族は先祖の霊魂が精霊へと変わり、子孫である自分達に力を与えてくれているのだという考えがあった。
集落での儀式もその考えを中心に組まれているものが多い。
そのため精霊や悪魔に対する魔術への理解が深い。
まだわずかにイーベル・バウンの意思をわずかに感じるが、じきに完全に消えるはずだ。
精霊自体には記憶を保つ力はない。
宙を漂い、精霊語や魔法陣に従って動くだけである。
「良かった……。てっきりアベルのことだから、悪魔を生かしたままオーテムを彫るのかと思っちゃいましたよ……」
「……え、何それ怖い」
俺がわざとらしく顔を顰めると、メアの表情が真っ青になった。
「えっ。い、いや、だってアベル、今まで色々……ほらゴブリンとか、バーム鳥とか! ちょ、ちょっとなんでそんな顔するんですか!? メ、メアそんなに変なこと言ってませんよね!? ほ、本当にこれ、メアがそうしたらいいのにとか思ったわけじゃなくて、ただアベルがいつも……! だって、だって!」
メアがぱたぱたと両腕を動かし、必死に弁明する。
まぁ、ぶっちゃけそうしなかったのは長時間ストレス与えたら余計に劣化するからなんだけどな。
魚も釣り上げたら、バケツで泳がせるよりとっとと殺した方が美味しくなる。
悪魔もそれと同じである。
倒すときにちょっと甚振るくらいならさして変わらないのだが、悪魔を維持したまま憑依体を削って持続的にストレスを与えると木が変質してしまう。
俺はメアの慌て振りを一通り楽しんでから、イーベル・バウンへと向き直った。
イーベル・バウンが力尽きたせいか、あれだけ広がっていた根が一気に縮んでいた。
魔力を用いれば縮小を止められただろうが、別にその必要はない。
価値があるのは、縮んで魔力の凝縮された根なのだ。
討伐の証明にはこの根をガストンに持っていかせれば充分だろう。
まずイーベル・バウンを魔術で活性化し、劣化の進行を遅らせる。
それから木彫用ナイフでイベール・バウンの余分な枝を落とし、風の魔術で切断して高さを自分好みに調整した。
土を弄って地上に押し上げ、露わになった根を風の魔術で切断する。
高さの調整で斬り落とした分を転用し、球体関節のついた六本のアームを作る。
指の関節まで作り込んでおいた。
戦闘中は不安になったときもあったが、思ったよりも木は上質だ。
魔力伝導がかなり高い。
これならピアノだって弾かせられるだろう。
悪魔がコツコツと作ってきただけのことはある。
顔はなるべくイーベル・バウンの元の面影を残すようにした。
鼻は元よりは高くないが、それなりに再現度は高い。
最後に魔力を込め、塗料を塗ればいっちょ上がりである。
二メートル近くある巨大なオーテムの出来上がりだ。
サイズ的に持ち運びには難があるが、魔力容量が予想外に高かった。
魔力さえ溜めておけば転移の魔術で手許に持ってくることができるはずだ。
「メア、メア、完成だ! 戦闘特化のオーテムが出来上がったぞ!」
「……戦闘、特化? 世界樹のオーテムは戦闘特化じゃあないんですか?」
「え、いや、あれは万能型だから」
「え!? そ、そうだったんですか……」
使いどころは多いが、特化型には勝てない。割と器用貧乏タイプになっている。
いや、それでも魔力容量や魔力伝導などの基本スペックはイーベル・バウンより高いので、勿論使いどころは多いが。
「見ろよこの腕、格好いいだろ? ああ、いいな。この感じいいな。なんか全部の腕に別の武器とか握らせてみたい!」
俺はイーベル・バウン・オーテムに抱き付き、頬を摺り寄せる。
アシュラ5000と名付けよう。
因みに五千は今までに彫ってきたオーテムの数である。
きっちり数えたわけではないが、薄っすらとは把握している。
だいたい五千くらいになるはずだし、これが五千体目のオーテムだったことにしよう。
「早速一度動かしてみるか」
俺は数歩下がり、杖を取り出す。
「পুতুল দখল」
アシュラ5000が動き出す。
六本の腕を各々に振り上げ、構えに入る。
俺が杖を振ると、アシュラ5000がシャドーボクシングを始める。
何もない宙に向けて何度も何度も拳を振り下ろす。
風を切る音が辺りに舞う。
いい動きだ。
今までに作った中で一番の出来かもしれない。
「す、凄い……。なんだか、元より速くなってませんか?」
「そりゃそうだろう。元より強くなっていなければわざわざ手を加える意味がない」
俺が得意気に言うと、メアは首を捻っていた。
「そういうもの……なんですか?」
アシュラ5000を使えば、イーベル・バウンなど一瞬で残骸と化すだろう。
ちょっと風に吹かれたくらい堪えるだろうし、あんな木の根などすべて千切って投げられるはずだ。
アシュラ5000を戦闘に使うのが楽しみだ。
「色々と機能をつけていてな。転移にも対応しているし、後は……変わったところでいうと、このオーテムを経由することで思念を飛ばすこともできる」
イーベル・バウンの思念を飛ばす力をそのままアシュラ5000に残したのだ。
ただ思念を飛ばすだけと侮るなかれ。
魔力次第でいくらでも遠いところに送られるし、魔獣の頭の中に響かせてビビらせることもできる。
それにアホみたいに魔力を突っ込めば相手の脳を破裂させることもできるはずだ。
掛かる魔力が膨大過ぎてちょっと現実的ではないが、改良次第で魔力消耗を抑えられるかもしれない。
それに、これのお蔭で魔導携帯電話に必要な理論の裏付けができた。
必要な理論が揃いつつある。
一度時間があるとき、本気で試作品を開発してみようかと思ったりもする。
スマホライフ奪還の日は近いかもしれない。
ただ現状の見通しでは、量産と魔力波の制御塔の建設、情報管理には莫大な費用が掛かりそうだ。
ちまちまと魔獣を倒して稼げる額ではない。
技術が届いても、実用化には遠い。
もしも出資者さえ出てくれば夢ではないのだが、お金を持っていそうな知人なんてウェゲナーくらいしか心当たりがない。
あの人にはちょっと頼りたくない。
もしかしたら調査隊経由で領主に出資を求める機会もあるかもしれないが、領主はエベルハイド相手に出資をして思いっ切り裏切られたところである。
余所者に対しての目はかなり厳しくなっているだろう。
「思念を? さっきの木がやってたみたいにってことですか?」
「ああ、ちょっと一回やってみるから聞いてみてくれ」
俺は魔法陣を組みながら、何を喋らせようかと考える。
どうせだし、イーベル・バウンの台詞から取ってみるか。
俺が杖を振るうと、アシュラ5000がガシャガシャと腕を振るいながら思念を発する。
『আমিদেবতাপ্রশংসা』
「ほら、ほら、頭に響いてきただろ? 今、来ただろ?」
「……な、なんだか、思念発しながら腕を動かしてるの、凄くシュールですね」
「…………」
……それはちょっと否定できない。
シュールというか、滑稽というか。
知らない人が急に見たら威圧感凄いと思うんだけどな。
『বিরক্তি……』
ぽつり、何もないところから思念が飛んでくる。
……まだ、イーベル・バウンの断片の思念が生きていたのか。
なんだか悪いことをした気がする。
最期に改造された自分の姿を見たイーベル・バウンは、いったい何を思ったのだろうか。




