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三話

 三話


 昨夜読んでいた単行本から外した栞を七海はじっと見つめた。そこに描かれているのは、景山先生の本に出て来る主人公と、ヒロインと一緒に冒険する動物達。その描かれている線の上を指でそっとなぞっていく。


 景山先生と一緒に仕事をするようになってから、一年と少しが経過した。

 その後も、何度も秋庭さんを交えての打ち合わせもしたし、それ以外にも七海がプライベートでここへ来るようになったのは、純粋にここのコーヒーが好きだからというのもあるし、くろちゃんも可愛いし、それよりも本当はよく秋庭さんもここへ来ると言う事を知ったから。

 初対面では景山先生の容姿に兎に角驚いて、秋庭さんの方はといえば、ただの仕事の繋がりが有る人と言った印象だった。それが、この栞を作ってもらった事から七海の中で特別な人となってしまった。

 ここへ来れば偶然を装い、彼に会えるのを期待して、会う事が出来なければがっかりしたし、会えればまるで10代の片思いの女子高生の様に、密かに胸をドキドキさせたりなんかして。

 そんな秋庭さんが来るのは大抵昼頃で一人の時が多く、私が座っているカウンターの隣が空いている時には隣の席に座り、一緒にコーヒーを飲む事が出来る小さな奇跡を待ち望むのだった。


 でも、私が来るより秋庭さんの方が先に店に来ていた時には、大抵この店近くのOLで、彼より更に絶対に年下であろう若い女性が彼と一緒にいて、楽しそうに食事をしているのを見かけた事が何回か有った。

 隣に居るのは毎回違う女性で、仕事でしかかかわりが無い、ましてや彼女でもない七海は、弾んだ会話をしている中に入って邪魔なんて当然出来るはずもない。何も無かったかのように、秋庭さんに会釈だけをして、コーヒーを飲んで帰るのだった。


 秋庭さんは私より3才も年下で。―――恐らく彼の好みは年下の若い可愛い子。

 自分の仕事の服装はパンツスーツに、髪は1つに束ね、薄化粧―――多分彼の好みは、派手過ぎない可愛い系で、胸の大きな子。

 背の高さもそこそこあり、胸のサイズも平均以下な私は、彼の好みには当たらないだろうと思う。

 20代最後までは、早く彼氏でも作って結婚しなきゃいけないような、そんな強迫観念めいた事を思ってはいたが、30を過ぎるとそんな考えは綺麗に無くなり、仕事が有って食べていければそれでいい、という考えになってしまっていた。

 それが景山先生の担当となった事で、秋庭さんに恋心を抱いてしまっても仕事優先なのは以前と変わりなく、どうせ年上でタイプでもない私の恋なんて叶う事がないんだから、と最初から諦めた。

 でもそんなのは、諦めたというのは建前で、振られる事が怖くて前に進めない弱い自分を今さらどうこうしたくなくて逃げているだけな事は分かってる。

 それなのに、他の人と楽しそうにしている彼を見て、ショックを受けている自分は馬鹿だと思う。それでも、自分からは動けない、動きたくない。自分に自信が無いから。

 そうして、会える事をただ期待しながらして過ごす日々・・・。


 今日は来ないかもしれない秋庭さんの姿を思い浮かべて、七海は栞を見つめて深くため息をついた。

 すると七海の目の前にすっと白いお皿が差し出された。皿にはシフォンケーキが乗っていて、差し出したのはマスターだった。それをマスターはテーブルにことんと置いた。

 皿に乗ったケーキは、柔らかそうでオレンジ色をしていて、生クリームもたっぷりと添えられていて美味しそうだ。

 けれど、七海は頼んでいないものを出されたので、その皿を差し出したマスターの中崎さんの顔を見て、違いますよと言おうとした。

「サービスです。食べて下さい、新作のかぼちゃシフォンなんです」

「でも、・・・」

「あいつは、今日はまだ来てませんけど、そのうち来ると思います。それを食べてゆっくりとしていってください。・・・見た目はいい加減な奴に見えるかも知れないですけど、根は良い奴です。保証します。今は決まった彼女も居ませんし。あれは、真正面から来られると弱いですから、そこを突くと案外上手く行くと思いますよ」

 中崎さんは栞を手にしている七海を優しい目で見つめて言った。

 七海はいきなり核心を突くセリフを言われ動揺した。誰にも言った事が無いし、言うつもりも無かったのに、なんで!?って思った。

 中崎さんは、固有名詞を使わなかったけれど、絶対分かって言ってるんだと思う。あいつと言ってるぐらいだから。

「どうして・・・」

 どうして、知っているのか。

「その栞、描いたのはあいつだって知ってますから。大丈夫、自分は何も言いませんから」

 そう言うと、洗い物に取り掛かり七海を1人にしてくれた。


2015/9/2 修正・加筆しました。

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