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二話

 二話


 七海は手にした栞をじっと見つめ、これを貰った時を思い出す。


 それは一年程前の事。

 七海が年配のベテラン先輩から担当を引き継ぐ事が決まったのは、最近売れ始めてきていて、アニメ化もした事がある作家の担当になった事に、初対面の時はとても緊張していた。

 打ち合わせはいつも必ずここで打ち合わせをすることになっているのよと、先輩に連れて来られたのはこじんまりとしているが、居心地がよさそうな雰囲気のコーヒーショップ・クレマチス。

 その店は今は従業員も増えたが、以前は若いマスターが1人で切り盛りしている、こじんまりとした素敵な空間だった。


 始めての打ち合わせの前に先輩が私に教えてくれた事は、担当する事が決まった拓海先生は、私よりも年下で、背も高くて、もの凄く美形な上に、ある企業の御曹司で二男だということ。(後で分かった事だが、クレマチスの店のオーナーもしていると聞いた時にも驚いた)

 仕事も割と早く、締め切りで何日も徹夜に付き合うと言った事も特に無いらしくて、とても助かると言っていた。 

 先輩は大げさに言う事も時々あるから、話半分だと思いながらも密かに胸を躍らせ実際に拓海先生の顔を拝見した時、まず最初の感想は、なにこの美形!だった。

 外見は確かに背も高く、誰が見ても絶対美形だと言う程で、モデルをしてると言われたほうが納得できる程に綺麗な人だった。

 男の人に対して綺麗と言う言葉が当てはまる美形な拓海先生は細身な上に色白で、切れ長の目にメタルフレームの眼鏡がまたよく似合っていたが、纏う雰囲気はシャープであまり人を寄せ付けたくないみたいだ。

 そしてさらに姿勢がとても綺麗だと言う事が直ぐに分かった。小説を書いている先生の中には、猫背の人が少なからずいる中で、この人は違うなと一目で思えた。

 細身の拓海先生は姿勢に加え、ラフな普段着を着ていても、まるでブランドを着こなしているかのようすっきりとしたラインはスタイルを更に良く見せていている。

 担当となったからには、今までの作品はすべて読んでこの場に来ている。その作品は、ライトノベルと言われるジャンルに属し、魔法や剣、いわゆるファンタジーに友情や恋愛を絡ませた王道が多く、この外見であの作品達を生み出した拓海先生に、神は二物を与えずどころか、それ以上のものを与えたんだなと思った。


 先輩から次に引き継ぎになった担当だと紹介され、ぼおっと見惚れていた七海は慌てて挨拶をした。

(イケない、イケない、しっかりしなくちゃ)

「始めまして、桜野七海といいます。このたび拓海先生の担当となりました。宜しくお願いします」

「こちらこそ、宜しくお願いします」

 互いに名刺を交換し、挨拶は無事終えた。先生の挨拶をした低いその声も、また魅力的だった。

「じゃあ、後は桜野に任せますので、私はこれで失礼します」

 そう言うと先輩は次の仕事へと向かった。

 残った七海達は店の奥にあるテーブル席が二つある方の一つに向かい合って座るとまず飲み物の注文をしようとメニューを選んでいると、新たに店に入って来た客がテーブルへときて拓海先生へと声を掛けた。

「悪い、ちょっと遅れた?」

 そう声を掛けてきたのは、先生と同年代位の男性だった。

しかし、ちょっと遅れたというのは、どういう事だろう?先生とは仕事の打ち合わせでここに居るのに。

 疑問が湧いたが、見知らぬ男性は先生の知り合いらしいので質問は控えた。

「少しな。でも、大丈夫。桜野さん、申し訳ないですが、もう一人紹介させて下さい。イラストを描いてもらっている了です。今回のシリーズも彼に描いて貰っているので、ついでに呼びました。ご迷惑でしたか?」

 突然紹介されたのは、イラストレーターの人だった。まさか、打ち合わせに一緒に同席するとは思わなかった。

「いえ、全然。お会いできて嬉しいです。今度から拓海先生の担当をさせていただく事になりました、桜野七海といいます。宜しくお願いします」

「こちらこそ宜しくお願いします」

 その男性はにこりと笑うと、雰囲気がぐっと柔らかくなった。身長は180cm近く、髪の色はかなり明るめの茶系で、襟足とサイドをスッキリとさせ、ワックスでトップに動きを出して仕上げてある。二重でしょうゆ顔。服装はアウトドアが似合いそうなラフなものだ。人懐こそうな笑顔にちょっとドキリ。

 彼の描くイラストは繊細で表紙の色使いがとても細やかな所まで描かれていて、七海好みなのだ。モノクロも好きだが、表紙のカラーはもっと好きで、目に特に魅かれる。

 しかも、脇役といえど沢山の動物キャラが描かれていて可愛いと人気があり、猫好きな自分としてもお気に入りが1つに決められないくらい可愛くて、描かれている動物キャラは大好きだ。

「了というのはP・Nで、秋庭遼一が本名です。大学時代からの腐れ縁で、むこうにいるマスターも実は同期なんですよ。名前は、もう知ってるかな?中崎浩介」

「えっ、拓海先生も混ぜて三人同期なんですか?」

「そう、一緒。でも、嬉しいなぁ、こんな美人とこれから一緒に仕事が出来るなんて」

(うおっ、び、美人!?そんな事、未だかつて言われた事無いですよっ!?)

 内心ビビる。仕事でも薄化粧に、長い髪は黒く後ろに1つに縛っただけ。更に着ているグレーのパンツスーツも地味で、とても褒められる要素は無いと思うんだけど。

「そんなこと無いですから」

 鏡を毎日見ている自分が一番良く分かっている。地味な顔に、そこそこな身長。ひょろっとした体形は、まだお腹が出ていない事だけは良しとしているけど・・・まぁ、30も過ぎてそろそろ何かしら運動を始めなきゃヤバいとは思ってるところだ。

 けれど、例えそれが御世辞と分かっていても嬉しかった。

「ええー、そんなこと無いって。特にその髪が綺麗だと思うよ。真直ぐで、柔らかそうだし、黒いのがいいよ」

 異性からの褒め言葉に七海は、ぼっと顔が熱くなった。言われ慣れていない褒め言葉に面と向かって褒められて嬉しいよりも、照れの方が勝ってしまう。

「あ、有り難うございます」

 七海は目を合わせてお礼を言う事が出来ずに、俯いたままだったが。

 最初はそんな感じで始まった打ち合わせも、秋庭さんの大らかな明るい喋り方に直ぐに緊張がほぐれ、打ち合わせは思いのほか良い感じに終わる事が出来た。


 それから何度目かの打ち合わせをクレマチスでする予定になっていたが、予定時刻より早く来てしまった七海は文庫本を黒のブリーフケースから取り出すと、読み進めていたページから栞を外して続きを読み始めた。

 数分すると、今日は拓海先生1人と打ち合わせ予定だったが、プライベートでコーヒーを飲みに来たイラストレーターの了先生は知った顔を見つけ、私の元へとやってきた。

「こんにちは。桜野さん、もしかしてこれから仕事?けど横に座っていい?」

 今、七海が座っているのは4つあるカウンター席の1つで、両隣がたまたま空いていた。

「こんにちは、秋庭さん。隣はもちろんどうぞ。そうです、これから打ち合わせなんですけど、予定より早く来過ぎてしまって」

 あれから何度か打ち合わせを重ねるうちに、二人からは本名で読んで欲しいと言われて、今では拓海先生の事は景山先生、了先生の事は秋庭さんと呼んでいる。秋庭さんは、先生と呼ぶのをどうしても嫌がるので、仕方なくと言った感じで。

 今では、時々自分もプライベートでここにコーヒーを飲みに来るほどに常連さんになっている七海だが、いつものパンツスーツ姿を見て秋庭さんは仕事だと分かったのだろう。

「じゃ遠慮なく。巧が来るまでの間ね」

 右隣の席に座った秋庭さん。七海は手にしていた文庫本を仕舞おうと読んでいたページに栞を挟みこもうして手から滑らしてしまった。

「あ」

 ひらりと床へと落ちていった栞を七海は拾おうとして椅子から立ち上がると、同時に秋庭さんも同じように椅子から立ち上がり拾ってくれようとした。

 しかし、秋庭さんが脚を動かした時に、栞は運悪く彼の靴の下敷きになってしまったのだった。

「うわっ、済みません。踏んじゃったっ」

 踏みつけてしまった栞を慌てて秋庭さんは拾い上げ、その栞を見ると、裏の片面が白い方にバッチリと靴痕が付いてしまっていた。

「うわぁ、跡くっきり・・・。これじゃあ、もう使えないね。ほんと、済みません」

「気にしないでください、元々本に付いていたただの栞ですから」

 文庫を買った時に付いていた何の変哲もない、社名が印刷されたシンプルな栞だ。読んでいたページは後でまた探せばいい。汚れて使えなくなったからと言って慌てる程ではない。

「そういう訳にはいかないよ。俺が汚したんだから。あ、そうだ。なぁ、浩介、何か紙無い?後、描くものも貸して」

「分かった。持ってくるから、ちょっと待って」

 秋庭さんがキッチンの内に居るマスターに声をかけると、直ぐに紙とペンを数種類奥の部屋からわざわざ持って来てくれた。

 すると丁度その時、打ち合わせの景山先生が店へとやってきて、打ち合わせを始めた七海だったが、その間秋庭さんは私の為だけに、直筆の貴重なたった一つの栞を作ってくれたのだった。


 もちろんそれが、今七海の大事な大事な宝物となったのだった。


2015/9/2 修正・加筆しました。

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