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7 火のない所に煙は立たぬ

例の怪現象が頻発しているという噂の廃村は、本部から北西に向かって列車で一時間ほど移動し、閑静な町を通り抜けたところにある、小さな山の奥にあった。或斗が思ったとおり、村に到着するころには日はほとんど落ちており、あたりは薄暗かった。


「暗いな」


「なにかが燃え上がった時にわかりやすくていいじゃんか」


「なにも燃え上がらないのが一番いい」


村には長らく人の出入りがないらしく、使われなくなった建物は名も知らぬ植物たちに侵されており、ところどころになにかが焼けたような痕跡があった。村というより、小ぢんまりとした集落のようだ。当然ひと気はなく、虫の声と或斗たちの足音だけがさびしくその場を満たしていた。暮れかけた空の暗さも手伝って視界が悪く、光もない廃村は、気味の悪さを惜し気もなく醸している。


「さっき言っていた火柱の正体だが――能力者が力を使う練習をしていたとは思えないな。噂に聞くような大げさな能力の練習に使えるほど、ここは広くないし。こんなところで炎を扱えば山火事にもなりかねない。ただ、そうなっていないということは、放火目的の何者かの仕業という線も薄い」


「じゃあ、やっぱりカルセットか」


「ここいらの部隊も、その線で捜査を進めてるだろう。俺はカルセットに詳しくないから、これがカルセットの仕業だとしても、それがどういう生態で、どういう外見なのか、どういうところに生息するのかもわからない。出てこいと言われて出てくるような相手でもないし、情報がないから偶然に出くわしでもしない限りはお手上げだな」


「そりゃ、そうだけど」


「まあ、本当に今、この場でそれに遭遇しても困るだけだろうから、よかったのかもしれないけど」


「困るだけかどうかは、なってみなきゃわかんないだろ。あたしは、あたしとあんたならなんとかなったと思うけどな」


「おいおい、あんまり過剰評価するなよ。俺の能力は、その場にある物を使ってなにかできるってだけなんだからな。言っとくけど、なにもないところから水を出すようなことなんて、いくら鮮明に想像したところでできっこないぜ」


「なんだい、使えないね」


「悪かったな。……ともかく、なにもないみたいだし今日のところは撤退しよう」


村の入口へ戻り始める或斗に、赤兵は不満そうな声をあげた。


「ええっ、もう帰るのかよ」


「バカ。これ以上、明かりもなしにまともな調査ができると思うか? わかったら寮の門限までに帰るぞ。続きは明日だよ」


「寮の門限なんて誰も守っちゃいな……って、なんだよ、案外やる気じゃん」


赤兵は打って変わって機嫌良さげに或斗についてきた。そのまま隣に立つと、頭のうしろで手を組む。


「ああ、懐中電灯かなにか持ってくりゃよかったな。そうすれば、もうちょっと調べられたのに」


「んなこと言ったって、外で強盗を捕まえて、その足で出てきちゃったんだから仕方ないだろ」


「明かりさえあればなあ」


ごう、と風がうなった。


熱風とともに、オレンジ色の強い光があたり一帯と、赤兵と或斗の背を照らした。


瞬間、二人は弾かれたように振り返る。思わず言葉を失った。


炎、が――。


「な……んだ、あれ」


大きな火柱だ。


山のふもとの町から真っ赤な炎があがっている。


立ち上る炎を呆然と眺めていた赤兵の肩を叩き、転がるように山をおりた。熱気にみちた町が近付くにつれ、人々の悲鳴が大きくなっていく。住民たちは逃げ惑い、周囲の民家は燃え盛る。町は全体がパニックに陥っていた。


「或斗!」


追いついた赤兵が火の海と化した町を見て愕然とし、息をのんだ。凄惨な情景を前に或斗は停止しかかった思考を無理矢理まわす。一度、深呼吸をすると、周囲の町人たちに誘導の声を張り上げた。


「みなさん、落ち着いて! 東のほうは火がまわっていません! こちらから避難を!」


近くにいた住民の何人かが立ち止まり、東だ、東だと声をかけあいながら、それに従って逃げていく。


「赤兵、住民を炎から遠ざけて、安全なところに避難させろ。俺は負傷者を運ぶ」


「っつったって、あの火はどうすんだよ、ほっといていいのか!?」


焦燥感からか、周囲の喧騒に張り合ってか、赤兵の声は大きい。対する或斗は冷静に、静かな声で赤兵を諭した。


「消火より人命救助が優先だ。家は焼け落ちてもまた建てられるが、喪った命は二度と戻らない。これだけ大きな炎が上がってるんだ。通報するまでもなく、近くの部隊が気付いている。応援がくるまでに、できる限りのことをしろ」


「……了解した」


「みなさん、我々の指示に従ってください! 安全な場所へ避難します!」


或斗が再び大声をあげる。赤兵が目の前で転んだ女性を支え、手を挙げた。


「私が誘導します! あわてずに、ついてきてください!」


しかし、その声に反応し従う者がいれば、半狂乱となって声が届いていない者もいる。火柱がいっそう大きく燃え上がった。炎が勢いを増すような、そんな燃料になるものはなにもない。町は混乱を極め、泣き声と、怒声と、悲鳴が絶え間なく響いている。


「くそッ、混乱を鎮められない!」


「さすがに二人だけじゃ無理か。……赤兵、作戦変更だ。これ以上、被害が拡大しないよう、俺が炎を消す」


「そ、それこそ無茶だ! 第一、消すったって方法が……水は出せないんだろ!?」


「なにもないところからは、な」


或斗が走った先にあったのは大きな井戸だった。岩の縁に手をつき、目を閉じて意識を集中させる。暗闇の中、木造の建物が焼けて行く音と、人々の混乱の声がぐるぐると頭をめぐる。


あせらず、あわてず、おちついて。井戸の底へと全神経を集中させるのだ。


わずかな希望と、自らが持てる力のすべてをここに。この一手に賭ける。


――頼むから、不発に終わってくれるなよ。


「あとは頼んだぞ、赤兵」


そっと目を開け、おもむろに右手をあげ、指を鳴らした。


数秒後、地の底から響くような轟音と大量の水が一気に井戸から噴き出した。突然の出来事に、パニック状態だった住民たちも、思わずその動きを止める。


井戸の水が、バケツをひっくり返したような豪雨のごとく町中に降り注ぎ、町を焼く火の手を、すさまじい火力で燃えあがる火柱を、一斉に消火した。


目の前で起こった信じられない光景に町中が静まり返り、しかし、ようやく状況を理解した住民たちが歓声をあげる。助かった、と。


井戸の前で立ち尽くす或斗に赤兵が駆け寄り、興奮した様子でその肩を叩いた。


「お、おい、……おい! おい、或斗! な、なんだよあんた、今の、あんたすげえじゃん! ……或斗?」


ぐら、と或斗の体が倒れていくのを、咄嗟に支えた赤兵は、あわててその体を揺さぶった。


「あ、或斗! 或斗? ど、どうしたんだよ、おい! なあ、しっかりしろって! 或斗!」


繰り返し名前を呼び、或斗を揺り起こそうとする赤兵。或斗の目は閉じられたまま開く気配はない。或斗が気を失っていることに気付いた数人の住民たちも、心配そうに二人を見ている。突然の事態にあせるばかりな彼女の背後から、一人の男が声をかけた。


「いやたまげた。今のはそいつの能力か、たいしたもんだ。たしか体脳系の能力者で、脳に力があるんだったか。いいモン持ってんなあ」


赤兵が振り返ると、銀髪の男がそこにいた。左右非対称に伸びた髪と、髪色とは対照的な、鋭い目つきの黒い瞳。右目の下には十字架の刺青があり、耳には十字架のピアスがちらつき、襟元には同じくチョーカー。薄手のコートのフードをかぶり、赤兵たちを見下ろすその男の顔に、赤兵は見覚えがあった。


「セレイア……キルギス……」


セレイアは二人の傍に屈むと、或斗の頭を掴み、まじまじとその顔を眺めた。


「おおかた、無理に高度な技を使ったもんだから、脳ミソがショートしちまったんだろ。つっても、ただ魔力が切れて気を失ってるだけだ。ほっといてもそのうち目を覚ます」


「あ、あんた、お国さんがなんでこんなところに」


「あん? この国は俺の庭だぜ。俺がどこをどう散歩してようが俺の勝手だ。いやなに、たまたま近くを通ったら、いきなりでけえ火柱があがるのが見えたもんでよ、キャンプファイヤーでもやってんのかと思って見に来ただけだ。もっとも、俺様の出る幕はなかったようだが」


赤兵は或斗の右腕を自分の肩にまわし、左手で彼の腰のベルトを掴んで体を支える。セレイアは、赤兵が立ち上がるのにわずかに手を貸すと、そのまま誰に気付かれることもなく、何事もなかったように町を出て行った。


その後、赤兵たちは住民たちのすすめもあり、町の宿に一泊することとなった。厚意に甘えて部屋を借りることになったはいいが、帰りは明日の朝になってしまうだろう。だが、さすがの赤兵も、こんな状態の或斗を連れて、列車に乗り込む気にはならなかった。

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