6 それからはじまった縁の途中
「くそッ、おい、二手に別れるぞ!」
二人の男が路地の曲がり角で左右別々に逃げていく。左に逃げたバンダナの男を赤兵が、右に逃げた帽子の男を或斗が追った。彼らはつい今しがた商店街で店を襲った強盗たちだ。住民からの通報を受けて駆けつけた或斗たちは、怪我人や死者を出すことなく近隣住民を避難させたが、実行犯である二人はその隙をついて逃げ出したのだ。
バンダナの男を追った赤兵は持ち前の身体能力でぐんぐんと男との距離をつめていき、あっという間に追いつくと、その背中を蹴り飛ばし転倒した男を踏みつけた。
「あきらめな。あたしに目をつけられたのが運の尽きだよ」
地面を転がり、素早く立ち上がった男が赤兵に殴りかかる。赤兵はその拳をたやすく掴むと腕をねじ上げ、男が痛みに身をよじったところに足払いをかけて再び転倒させた。暴れようとする男の身体を地面に押し付け、両手を無理矢理背中側に引っ張り手錠をかける。彼女は能力を持たないが、腕っぷしは能力者にも引けをとらない。
「……さて、軟弱な班長の助っ人に参りますか」
一方、帽子の男を追跡していた或斗は、男の足が速いことと或斗自身が赤兵ほどの身体能力を持たないことから、彼女ほど早々には暴漢に追いつけずにいた。それでも徐々に距離を詰めてくる或斗の存在は男の焦燥を煽るには十分で、男はうしろを振り向くと荒っぽく舌打ちをした。
「しつッけえな!」
そう吐き捨てながら、男は路地に置かれていたゴミ箱や積み上げられていた木箱などを倒して、障害物で道を塞ぎながら逃げのびようとする。最初の一手では動揺し、一時速度を落としてしまった或斗だが、そう何度も同じ手を食うほどおろかではない。次々に現れる障害物はすべて、もっとも想像が容易で、かつ邪魔にならない頭上まで障害物を跳ね上げさせ、落ちてくる前に走り抜ける。想像を実現させる或斗の体脳系の能力だ。
廃工場の裏へ続く角を曲がったとき、或斗は立ち止まった。前を走っていた男が行き止まりとなっている壁の前に立ち止まっていたからだ。しかし振り向いた男はどこか余裕を取り戻したような笑みを浮かべている。そのとき、物陰から三人の男が現れた。手にはナイフや鈍器を持っている。数で押し切ろうという魂胆だろう。
「四対一……丸腰じゃあ、ちとキツイか」
或斗が苦しそうに笑うと、サバイバルナイフを手に帽子の男が切りかかってきた。うしろにさがって避ける。縦、横、突き、斜め、あらゆる角度から迫る白刃を避けるうちに、気付くと、或斗と帽子の男の立ち位置が逆転した。つまり或斗のほうが壁際に追い込まれ、四人の暴漢に囲まれる形となってしまったのだ。
壁の前にいた男たちが、それぞれ凶器を手ににじり寄って来る。帽子の男がナイフを振り回す。そちらに気を取られ、背後の男が振りかぶった鉄パイプが当たった。頭部への直撃は避けたものの、背中に重い一撃を食らう。
「ほら、どうすんだよ、おまわりさん?」
小さくうめいてよろめく或斗に、暴漢たちは挑発的に笑っている。しかし、窮地のはずの或斗も同様に笑った。
「まさかとは思うが、数が多いだけで勝ったつもりか? ちょっと早とちりがすぎるぜ」
背後の三人の間をくぐり抜け、行き止まりに背中をつけると、或斗は短く息を吐いた。自ら進んで逃げ道のない壁側に飛び込んだ彼の行動を男たちは怪訝そうに見ている。先ほどの一撃ですっかり勝ったつもりなのか、隙だらけだ。或斗としても、それが狙いだった。
「ひとつ忠告がある。……上は見ないほうがいい」
パチン――或斗の指が鳴った。
「俺の勝ちだ」
頭上からの甲高い破壊音に、おどろいた男たちが一斉に上を向いた。次の瞬間、男たちに廃工場の割れた窓ガラスの破片が降り注ぎ、四人分の絶叫が空に響いた。もうひとつ、今度は建物の外壁に立てかけられたまま放置されていた角材や鉄パイプなどが次々に倒れ、男たちは抵抗する間もなく下敷きになる。
「あたしの手助けはいらなかったみたいだな。しっかし、ガラスの雨とは……意外とえげつないことするねえ、班長」
あとから追いついてきた赤兵が、バンダナの男を引き摺りながら歩み寄って来る。
「傷を負わせるためじゃなく動きを封じるためのものだから、傷はほとんどないはずだ。こいつらが暴れた場合は、どうなっていたかわからないけどな」
「それにしたって、便利だな。その妄想再現能力」
「そうでもない。咄嗟には使えないし、あせると不発が出るし。生き物の動きをどうこうすることはできないし、そこにある物をどうにかできるだけだから周囲に物がないと無力なもんだ」
「だったら最初から武器持って突っ込んで行けよ」
「お前が剣を忘れて、俺の分をひったくって行ったんだろ。俺がお前みたいに、丸腰で大人数を相手取っても押しきれるほど頑丈だったらそれでもよかったけど。……さ、無駄話はこのくらいにして、さっさと連行しよう」
或斗、二十三歳。赤兵十九歳のころには、二人で外の仕事に出るのが当たり前だった。この一年で赤兵も入隊当時よりはいくらかおとなしくなった。とはいえ、荒々しい性格と目上に敬語を使わない生意気なところは相変わらずだ。集団行動もやはり苦手なようだが、それでも以前よりはうまくなじんでいる。
「なあ或斗、A班の連中が言ってた怪現象……あんたはどう思う?」
五人の暴漢をセレイア部隊の本部まで連れ帰ったあと、赤兵が唐突に切り出した。最近、国内某所の廃村で、なにもないところから突然に火柱があがったという事案が報告されるようになったのだ。赤兵の言う怪現象というのはそのことだ。
初めは根も葉もないただの噂だったのだが、火柱の目撃証言は日に日に増え、今では頻繁に通報が来る。別の部隊の隊員たちが捜査にあたっているが、まだ解決には至っていないらしい。廃墟と化した村や周囲になにもないところでの発火なので、死傷者は一人も出ていないのだが、或斗も少し気になっていた。
「どう思う――って言われても。俺は現場を見たわけじゃないし、情報も少ないからな。能力者のイタズラか、カルセットの仕業じゃないのか?」
「能力者の場合は、まあ、単純に力の使い方を練習してただけってこともあるけどさ。カルセットだった場合はやばいんじゃないの?」
「まあな。なにもないところで突然に火柱を起こすカルセットなんて聞いたこともないが、そんな危険なものがいるなら、いつまでも野放しにはできない。今のところ怪我人は出ていないけど、いつ出てもおかしくはない」
赤兵が二ッと口角を上げる。
「だったら、直接たしかめに行ってみる? 最近よく謎の火柱が出現するっていう、その廃村にさ」
「……いや、待て待て。言うとは思ったが、そもそもあれは俺たちの管轄じゃないだろ」
「管轄内とか外とか、そんなことじゃなくってさ。もっと単純に、噂の怪現象が起きた場所がどんなところなのか見に行きたくないかって話だよ」
「……今から?」
当然だとでも言いたそうに頷く赤兵。或斗はちらりと空を見て困った顔をした。空は既に赤みがさしており、夕暮れも近い。
「たしか、山のほうにあるんだろ? 今からだと到着するころには日が暮れちゃってるぞ。明日にしないか?」
「明日は明日の仕事があるし、あたしら今日はもうすることないんだろ? せっかく早く仕事が終わったんだから、行くなら今日のほうがいいじゃん」
「明日は明日の仕事があって、今日はたまたま早く片付いたのに、今から残業か。……おい、もし行ってみてなにもなかったら、今度昼飯を奢れよな」
「じゃ、行ってみてなにかあったら、或斗が昼飯奢ってくれるんだな?」
「わかったよ。行くならすぐに出発だ。善は急げってな」
「さっすが或斗班長。それでこそ、あたしの認めた男だ」
「お前に認められてもなあ」
「なんだと? こんな美女を捕まえといて贅沢な」
そんな軽口を叩きながら、二人は廃村に向けて出発することとなった。




