11 嵐の前の静けさ
赤兵の言ったとおり、小さな村や集落がカルセットに襲われる事件は、ここ数週間のうちに何件も報告されている。そのため周辺集落の惨状を知ったその他の村や集落は警備隊が呼びかけると、そのほとんどが素直にカルセット襲撃への対策に乗り出したようだ。
一般的に知られているカルセットの対処法としては、敷地を囲った柵に有刺鉄線を巻き付けたり、電気柵を設けたりというような、防護柵の設置で侵入を防ぐ方法と、もうひとつ。動くものを感知して点灯するセンサーライトや、常夜灯、松明などで、人間の存在を主張し遠ざける方法が主流とされている。
だが、やはり現状もっとも効果があるのはケモノナシという植物の栽培だ。ケモノナシは魔除けの花とされており、カルセットなどの魔獣や野獣は、この花の匂いを嫌うため、人間の生活圏を囲うように咲かせておけば、名前のとおり獣たちが近付かないのだ。柵や灯りで脅かしたり威嚇するのではなく、カルセットの習性を利用した方法なので、余計なストレスや怒りを与えることなく安全に防衛できる。
難点は、花が咲く前のつぼみや芽の状態では効果がないため、思い立ってすぐに、というわけにいかないことと、ケモノナシ自体がそこまで人々の生活に普及していないことだ。
周辺の村や集落が我先にと警備体制の見直しに打って出ようとも、カルセット襲撃によりそれらが滅ぼされたという通報が止むことはなかった。週に一度は必ずどこかに被害が出ている。有害カルセットの活発化が問題視され、警備隊本部では幾度と対策会議が開かれたが、有力な解決策は未だ出ないままだった。なにをしようにも、やはり人手不足がネックとなってくるのだ。
「カルセットによる集落や村の衆で気についての対策を――」
「――の周辺んでカルセット繁殖が報告され」
「東で起きた事件の捜査も――」
度重なる事件や事故に、会議室は騒然としていた。普段から多忙なセレイア国の警備隊であったが、最近は件の襲撃事件のこともあって組織内はてんやわんやの大混乱に陥っていた。部隊長たちは頭を抱え、支部隊長も難しい顔のまま眉間にしわを寄せている。はじめこそ冷静に話し合っていた捜査会議は、三時間の拘束を経て怒号の飛び交う殺伐としたものへと変わり、各部隊の隊長たちが喧嘩別れをするようにして解散となった。
「それで、結局どうなったんだよ? 会議のほうは」
会議室からぐったりとした面持ちで帰ってきた或斗に、赤兵が笑いながら問う。或斗は、ああ、とため息をつくような生返事をした。その様子を見て、赤兵はあっはっはと高笑いをあげる。
「いやあ、はは、おつかれさん。うちらの班はこの先どうしろって?」
「カルセット襲撃事件の捜査を主に、必要なときは他班の応援だと」
「なんだよ、これまでと変わんねえな」
「そうだよ、なにも進展しなかった」
「三時間も時間を無駄にしといてか? 無能かよ」
「そういうことを言うな。誰がどこで聞いているかわからないぞ」
「ほんとのことだろ」
「上だって必死なんだよ。ただ人手がないから、できることも限られてくる。……やっぱり採用の水準を下げてでも人員を確保したほうがいいな、この組織は」
人手不足という足枷にあまりにも行動を縛られすぎている。この鈍重さはいつか危険の素となるに違いない。
「で、今日このあとは?」
「緊急時に備えて、ひとまず待機――ということになっているけど、要は他班の手伝いだ。すぐに連絡が来るだろうから、いつでも出られるようにしておけ」
「いつでも出られるよう準備万端なら、それまで自由にしてていいってことか?」
「いいけどその代わり、もしそれで遅れるようなことがあれば大目玉だぞ。気を抜くなよ」
「わかってるよ。じゃ、来るときに備えて腹ごしらえだ。行こうぜ」
「はいはい、仰せのままに」
二人連れ立って食堂へ向かう。昼時にも関わらず自分たち以外には三人ほど、散り散りになって座っているだけで他に隊員はいなかった。そのうち一人が、食事をさっさとかき込んで、小走りで食堂を出て行く。みんな忙しいのだ。カウンターで料理を注文し、適当な席に着く。
「ガラガラじゃん。最近いつ来てもこんな感じだよな。みんないつ飯食ってんだか」
「食堂に来たいやつは予定を切り詰めてどうにか時間を確保しているから、食事の時間がバラバラなんだ。ほとんどの隊員は食堂を利用せずに軽食を持参して移動中に食べてるか、昼を抜いたりしてるんだよ。お前はいつも決まった時間に三食きっちり座って食ってるけどな」
「食べ歩きは行儀が悪いだろ」
「肘をついて食べるな。行儀が悪いぞ」
赤兵の雑談に相槌を打ちながら事務的に食事を済ませ、そのあとすぐにE班からの応援要請が入った。もう少し休みたいと駄々をこねる赤兵を引き摺って、他のB班隊員たちとともに出動する。
行きの列車のなかで赤兵はしばらく居眠りをしていたが、到着の少し前に目を覚ますと或斗をじっと見つめて口を開いた。
「実際のところ、どう思う、或斗」
「そうだな。お前も寝ている間は静かでかわいげがあるもんだが……」
「このアホ。こんな絶世の美女に向かってなに言ってる。というか、あたしの話じゃない」
「襲撃事件のことか」
或斗は窓の外へ目をやり、黙り込む。時間にしてたっぷり十秒。長い沈黙のあとに、ふう、と息を吐く。神妙な面持ちだ。
「……まだなんとも言えん」
考えはあるが、確信は持てない――そう言っているように聞こえた。仲間たちがお互いの顔を見合わせるが、赤兵だけは外を眺め続ける或斗の横顔をじっと見ていた。
甲高いブレーキ音とともに列車が減速し、やがて目的地に到着する。セレイア東部にある寂れた村だ。村の名前が書かれていたらしい看板は風化してしまって文字が読めない。村の中でちらほら動き回っている隊員に声をかけて状況を聞き、B班もあたりの捜査に加わった。
「今までと同じ、カルセットの大群が村を荒らしまわっての惨状だ。村人もほとんどがやられてしまっているようだが、まだ生存者がいるかもしれない。人命救助を最優先に、なにか手がかりになるものが残っていないか調べるんだ」
或斗の指示に、B班の隊員たちは短い返事と敬礼をして四方に散った。赤兵だけが或斗の傍に残る。土の地面に残った獣の爪痕を写真に収める或斗に、赤兵は尋ねた。
「或斗、なにか考えはあるのか」
「赤兵。今は人命救助と周辺の捜索が先だ。もし生存者を発見したら、すぐに知らせてくれ」
「……了解。でも、なにか考えてるんなら、あとで教えろよな」
「わかってるよ」
村の中をくまなく調べた結果、重傷を負った三十代前後の男が一人と、無傷の幼い少女が一人、発見された。男のほうは隊員たちが手当てをする途中で息絶えてしまい、少女のほうは自宅の地下室から発見されたことから、そんな予感はしていたが、外でなにがあったのかを理解していないようだった。
今朝、急に外が騒がしくなり、様子を見に行った父親が強引に彼女を地下室へ押し込んだらしい。なにか恐ろしいことが起きているということはわかっていたが、外の様子を見たわけではなく、襲撃にあった明確な時間すらも把握していないようだった。
E班の班長が少女を保護して本部へ戻るように或斗へ告げた。村の捜査ももうじき終わるころなので、少女を連れてB班は村から撤退する。本部へ帰り着き、医療班に少女を引き渡すと、間もなく今度はD班の応援へ向かった。D班は今、辺境の村と集落に注意喚起の視察をおこなっているらしい。或斗たちも彼らにならい、手分けして村々の視察をおこなった。
早足気味に歩きながら、或斗は何枚かの写真や付箋を挟んだメモ帳をぱらぱら捲った。前方不注意に見えるが、障害物や人をするすると避けており、危なげない。
「足跡と血痕、人々の遺体、襲撃後に調べて分かった事柄から推測した結果、カルセットの群れがやってくる方角がある程度絞れた。どうも南のほうに群れが滞在している可能性が高い。そこから森や林を経由して、辺境の守りが薄い村を襲っていると考えられる」
「よく調べたな。隊長たちには?」
「もちろん伝えたさ。でも範囲が広すぎる。足跡が南に向かっている傾向にある、というだけのことだし、足跡をたどっても、いずれ森や林に入っていくから、そこから先はどこへ向かったのか」
「なんだよ、じゃあ、あんまり役に立たねえじゃねえか」
「変だと思わないか」
「え?」
頭のうしろで指を組ませ、わざとらしく残念がっていた赤兵が、或斗の言葉に首をかしげる。
「村に残った爪痕、遺体の傷口、その深さ。カルセットの種類はそれらのあらゆる情報から、ほとんど特定されている。おそらく一角狼か、鎌虎角の仕業だ。だが、その二種はあまり大群で行動するようなカルセットじゃない」
「いっかくろー? かまこ……なんだって?」
赤兵はなんのこっちゃとさらに首をかしげる。或斗はじとり、と赤兵を見た。カルセットの種類をそこまで絞り込んだのは或斗ではない。この話は以前の朝礼でセレイア部隊全員が聞かされている情報なのだ。当然、赤兵もその場にいた。しかし、彼女はまるで覚えていないらしく、或斗の呆れた目にむっとした。
「んだよ。あたしはそういうの詳しくねーだけだ」
「いや……。一角狼は、主に森や山に生息するカルセットだ。とくに珍しくもないが有害で、動くものを見ると問答無用で襲い掛かって来るが、実は獣型で随一の知性を持っている。基本的に夜行性で、日中はあまり積極的には活動しない。狼よりひとまわり大きいくらいが平均的なサイズで、額に生えた大きな角と、耳元まで裂けたでかい口が特徴だ」
「カマなんとかってのは?」
「鎌虎角は一角狼よりさらにひとまわり大きい。こいつも角があって、毛の模様がトラに似ていることと、大きな爪が鎌のように鋭いことが名前の由来となっている。ほとんどのやつがカマトラってあだ名で呼んでるな。こいつらは昼行性で、夜間は活動しない」
「はっきりどっち、ってのはわかんないのか?」
「村が襲われたと思われる時間が、昼だったり夜だったりするからなあ。今回は朝方だったが、これまでの村には夜の間に襲われたとしか思えないところもあったし、まだ特定は難しい。そのどちらでもない、っていう可能性も、まだ消えてはいないからな」
「そのうちのいくつかは、また別の群れが襲って、たまたま時期がかぶっちまった、ってこともあるかもな。で、変だってのは?」
「襲撃が定期的すぎる。それに、毎回必ず森や林を通るのは、不自然じゃないかと思うんだ」
「なんでだよ、元々そいつらって森にいるようなやつらなんだろ? だったら、通り道とかじゃなくって、ただ自分の住処に帰っただけじゃねえのかよ」
「それもそうなんだが……ああ、もやもやする。なんか腑に落ちない。なんだ、この突っかかりは」
がしがしと頭を掻く或斗に、赤兵は苦笑する。
「おいおい、なに悩んでんのか知らないけど、そうむずかしく考えすぎるなよ。今はとりあえず、目の前の仕事を終わらせようぜ」
或斗の背中を軽く叩き、赤兵はどんどん先に進んで行ってしまった。




