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9 再びの小休止

「それで……結局、その火柱の事件はどうなったんですか?」


噂の現場まで行って、本当に噂の火柱を目撃し、或斗がどうにか消し止めたあとに部隊に戻った――というところで、二人はまるでこの話は終わりだとでも言うように、語るのをやめた。梨乃香の問いに、赤兵は参ったと言わんばかりに肩を竦め、苦笑を浮かべる。


「いや……それが、実は未解決なんだわ。或斗は当時の記憶がさっぱりなくなっちまってるし、あたしもあたしで、別になにかできたわけでもないし。手がかりがね」


或斗が唐揚げをつまみながら補足した。


「というか、そもそもその夜以降、火柱が上がる怪現象自体が起こらなくなったんだ」


「そ、それって……どうなんでしょう。どうなるんですか? ほうっておくしかない、ということでしょうか」


「現状、そうなっちまうねえ。未解決事件だってんで、まだ向こうじゃ定期的に調べてはいるんだろうけど……どうあれ、こっちの部隊に移ったあたしらには、関係のないことになっちまったからな」


不完全燃焼な話だ。どうもすっきりしない。


「ああ……そういえば、俺が初めて探偵のことを知ったのも、ちょうどあのころだったような気がする」


或斗が不意に呟く。探偵――というのは、名の通り探偵をしている男で、世界的にも有名な名探偵である。現在は礼が所属するギルドの一員として腰を落ち着けたが、それまでは世界中を転々としながら、行く先々で出会った難事件を次々と解決する、まさに神出鬼没の名探偵と謳われていた、謎多き男だ。礼はジョッキを持ったまま手を休める。


「そうなのか?」


「おう、たしか……ちょうど火柱の一件があったころだったか。礼、そのころにあいつがセレイアに行ったこと、なかったか?」


「え? うーん、どうだかなあ。探偵の仕事に関しては、全部が全部俺を通してるわけじゃないし。年がら年中、あっちこっち行ったり来たり、忙しいやつだから。セレイアなら何度も言ってると思うけど」


「……ん? ち、ちょい待ち、或斗。探偵って……あの『探偵』のこと言ってる?」


赤兵が口をはさんだ。梨乃香も不可解な顔をしている。二人が礼と探偵の関係を知らないままだということを、或斗は忘れている。


「そうだよ、あの探偵だ。知らないのか? あいつ、今はロワリアに住んでるんだよ。一応はこいつの部下だ」


「は?」


「ほ、本当なんですか?」


梨乃香と赤兵が礼を見る。礼は少し笑って補足した。


「部下っていうより、協力者って感じかな。あいつは俺の下についたつもりはないだろうし、俺だって同じだ」


「南大陸に居着いたらしいって噂だけなら聞いてたが、まさかそんなに近くにいたとは……」


「俺も最初はおどろいた」


或斗がうんうんと頷く。その探偵と呼ばれる男について、実際に会ったことはないものの、梨乃香も噂話をよく耳にしていた。報道紙などでたびたび「毒舌探偵」「悪名高い善人」など、散々な書かれ方をされているのも、よく目にしている。或斗と礼の話によると、なんだかんだで人望のある名探偵なのだそうだ。


「探偵さんって、よく性格がキツイとか口が悪いとか言われてますけど、本当はどうなんですか?」


「ああ、キツイな」


間をあけずに礼が答える。或斗は笑った。


「礼のとこの連中で、一番キツイ性格なんじゃないか、あいつ」


「間違いない」


「そんなにかよ?」


赤兵が可笑おかしそうに問う。礼はうなっている。


「いいやつなんだけどね? 信頼できるし、なんだかんだでみんなに好かれてるし」


「あいつは喋らないほうがいいタイプだよなあ」


「まあねえ。……話を戻すけど、その火柱の噂については、俺も何度か聞いたことがあったよ。詳しくは知らないけど――」


ああ、と思いついたような声で言葉を繋ぐ。


「なんなら、セレイアに聞いてみようか? ちょうど現場に居合わせたんでしょ? 自分の国で起きたことなら覚えてるだろうし、それが今どうなってるのかくらいは教えてくれると思うし。それに、ちょうどその当時に探偵が来てたって話が本当なら、探偵あいつもなにか知ってるかも」


「そんなピンポイントに来てたっけなあ」


或斗の記憶は曖昧だ。赤兵が横から裏付ける。


「来てたよ。あんたといるときに廊下ですれ違ったのを覚えてる」


「赤兵、お前そんなこと、よく覚えてるな」


「バーカ、あんたが覚えてなさすぎなんだよ。まあ……それより、礼さんよ。あんたいい加減、何者だ? あの探偵と仕事の関係があって、そのうえ、まるでセレイア・キルギスと直接連絡が取れるみたいな口ぶりで」


「取れるよ、連絡」


さらりと言う礼。赤兵はぽかんとした。


「マジ?」


「マジ」


「赤兵、礼はな……えーと、あっちのほうにでっかい建物があるだろ。あそこでギルドという名のなんでも屋をやってる。その組織の一番上にいるやつだ。ギルド長。つまり、ロワリア国の化身とこいつは、国のツートップと言ってもいい。あそこは元々、国同士が使う会議場でもあるし、ロアさん以外の化身たちとも顔見知りだろうし」


ロアさん、というのはロワリア国の化身であるロア・ヴェスヘリーだ。或斗だけでなく、民草の多くは親しみを込めてそう呼んでいる。赤兵がたまげて声を上げ、のけぞった。


「へえ、いや或斗、あんたなんでそんなスゲーのと知り合いなんだよ」


「いや、ちょっと大げさじゃない?」


「大げさなもんか。なんだよ、礼。お前ってそんなに謙虚なやつだったのか?」


「そうじゃなくってさ。俺は別に、なにか大それたことしたわけじゃないし。今の立場も、なんかなんとなーくそういう流れになったから、こうなったってだけだし。肩書きだけが立派で俺自身がどうってわけじゃないから」


「それでもひとつの組織の長だ。その若さで指揮を執って大人数の部下をまとめることができている。上に立つ者としての素質は十分あるんじゃないか?」


「違う違う。なんとかやれてんのは、みんなが手伝ってくれてるからさ」


礼は軽く笑って否定する。彼は上だの下だのというのが苦手なのだろう。


「うちのギルド員たちはさ、ありゃあ部下じゃなくて、家族みたいなものだよ」


「なら、組織の大黒柱だ」


「そう――いうことになるのかなあ?」


礼はジョッキの中身を一気に飲み干す。彼は或斗と赤兵の話を聞く間もずっと飲み続けていたので、既に相当な量のアルコールを摂取していることになるのだが、一向に酔った様子を見せない。思っていたより酒に強いようだ。


「言い飲みっぷりだね。よし、もう一杯」


「おいおい赤兵、無茶すんなよ。礼も。明日も仕事だろ」


「あんまり飲むと倒れちゃいますよ」


赤兵が礼を乗せようとするので、或斗と梨乃香がたしなめるが、礼は平気平気、とへらへらしながら注文を追加する。


「俺、酔いつぶれたことないから多少は大丈夫よ」


「おっ、そいつは頼もしい」


そうは言うが、そもそも礼などは素面しらふの状態が既に酔っ払っているかのような態度であるのだし、酒が入っても酔っているか客観的には判断しづらいだけなのではないか。どうあれ、彼がかなりの酒豪であるのに変わりはないのだろう。ただ、どういうわけか今日は平常よりよほど真面目らしい印象だ。


「班長……」


「カタいこと言うなって、梨乃。パーッといこうぜ、パーッと!」


「そうそう、パーッとね。な、或斗」


「わかった、付き合うよ。でも、ほどほどにな?」


「わかってるって」


赤兵もなかなか酒に強いようだが、さすがに平常より陽気になっている。いつもは気を引き締めているだけで、もともとこういう人柄なのかもしれないが。


そういえば、と再び礼が話を戻した。彼は普段、脱線した話を戻すより話を脱線させることのほうが多いのだが、今日は珍しく話の軌道修正に徹している。


「たしか、或斗がロワリアに来たのって、まだほんの最近のことだったんだよな?」


「ああ。俺がセレイア部隊で昇進するのをキッカケにな」


「昇進って、やっぱり普段の積み重ねですか? それとも、なにか大きな事件で活躍したとか……」


梨乃香の質問に或斗は、さあなあ、ととぼけた返事をするので、代わりに赤兵が答えた。


「たぶん両方だろ。決め手になったのは、今からほんの少し前に起きた、さる事件に関わったことだ。なかなか大変だったからねえ」


赤兵が頬杖をつきながら、話を再開させた。それは、概要だけならば礼や梨乃香も知っている、とある事件の話だった。

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