何かする前にお帰りください。
「魔王を倒すべく勇者を召喚しようとした王とそれを止められなかった神を〆てこい。被害者の勇者と無関係は記憶と能力を消去した後元の世界に戻してやれ」
机の上に適当に投げられた今回もたっぷりとした書類を手に取りパラパラと捲る。
対象者の顔写真とプロフィール。今回の経緯。全部載っていることを確認。毎度毎度プライバシーとかその辺はどうなのか気になるけれど深みに嵌りそうなのでスルー。毎度正確だし、ちょっと怖いし。
「珍しいですね。いつもはどうしようもなくなってから仕事が回されるのにまだ初期じゃないですか、頑張れば修正が可能な」
「お偉いさんが試験的に、事が酷くなる前に処理して修正が可能かを観測するらしいぜ。……面倒臭そうな顔するなよ」
試験的ならこっちに仕事を回さないで欲しかった。休暇が消える。適度に休ませてくれたって良いと思う。ボイコットをすべきなのか。
「……さっさと済ませます。今回も正座さん大活躍してくれそうです」
「お前それ好きだもんな……」
「皆大好きジャポニズムですよ。……っと」
今回の指示を確認しつつ渡された資料に目を通し終わる。そして幾つか気になった点を確認する。
「質問よろしいでしょうか」
「何だ?」
「ひとつ目、被害者のほうがごねた場合の対処。ふたつ目、予想以上に事態が進行していた場合の対処。そして対象が正座することを拒んだ場合の対処。これらどうしましょう」
「最後は知らん。ひとつ目とふたつ目はいつも通りでなんとかなるんじゃねぇの?」
三本立てた指。問い掛けの答え。最後のが一番大切なのに。何より解答自体雑すぎる気がする。
「……わかりました。行ってきます」
「おう、行ってこい。朗報だけ待ってる」
資料片手に一礼。
部屋を出ようとする私の背中に忠告のようなものが投げかけられた。
「間違えるなよ、お前がやらなきゃならんのは其処の指示に従って速やかに任務を終わらせることだ。考えることは必要ない」
彼がいつも吹かしている煙管の煙が纏わり付くような気がした。
そんなこと、とっくの昔に理解してるのに。
△▼△
「……して、我々は貴公らに魔王を倒して貰いたいの………………っだ!!」
溜めてから最後を締めたんだ、と思われた方には申し訳ない。上から降って来た私に踏みつけられただけだから。
送り込まれるポイントは毎度運任せなことが多い。対象の近くに送られることはわかっていても空に投げ出されたこともある。あれは死ぬかと思った。
だから今回はまぁ良い。クッションになられた王様?には悪いけれど。
「ぶ、無礼も……」
「ちぇすとー」
思い切り声をあげようとしていた眼鏡をかけたでっぷりお腹の方の顔面に膝蹴りをお見舞い。みしって、膝の下で何かが折れたか割れたかしたような音もしたけれど気にしないに越したことはない。鼻が折れた音ではないだろうし。眼鏡が割れただけだろうし。……恐らく。
高そうな真っ赤な絨毯の上に降りてあたりを見回す。
人は多くない。召喚するのに使われたらしい干涸びた誰かの死体が幾つか転がっているけれど。その辺は、まぁ、気にしない方向で。
更に頭を抱えて悶絶する王様らしき方に鼻を押さえて悶えるでっぷり元眼鏡。
キョトンとした顔の可愛らしいドレスを着たお姫様。……あえて、可愛らしいドレスを着た、と言っておく。
そして、魔法陣らしきものの上に立った二人の少年。恐らく、召喚された方。
……突っ込みどころが多過ぎて困る。
人があまり多くないのは嬉しい。けれど守衛の方だとか近衛の方だとか守る役職の方が居ないのはどうなのか。それと、王様やお姫様のような要人が居るところで何が出てくるかもわからない召喚なんてして良いのか。
召喚された少年らに目を向ける。ひとりは正義感溢るる私の苦手な目をしていてひとりは怠そうに、けれど驚いたように此方を見ている。こっちが、チートか。
資料を捲って確認するお説教しなくてはならない方の頁。王様と神様と、申し訳程度に書き加えられている宰相様の顔とお姫様の顔。
どうしよう私の間違いでなければ宰相様らしい方はさっきの膝蹴りのせいで顔が変わってしまった。
……気にしないことにしよう。
指差し数えていくと一人足りない。照らし合わせる。素敵美し美人神様が足りないのか。
もう一度、今度はその神様のところに出向いて〆るとなるとそれは面倒なので、どうやって呼び出そうか思案していると、ふと、目に入る被害者の方々の足元、魔法陣。
解析してみると結構杜撰な、一方通行でなにか強いモノを呼び出すことが出来る魔法陣。
「邪魔です、退いて下さい」
その、杜撰だからこそ使えそうな魔法陣の上に居座る方を退かして改めて見直す。
少し弄れば神様も呼び出せそうだ。
手を開いて仕事道具の草刈り鎌を大きくしてゴテゴテと装飾を施したような鎌を呼び出す。
後ろに下がらせた被害者さんたちとか王様たちだとかが息を飲む音が聞こえた。
「ふぉるむちぇーんじ」
気迫の欠片も無いゆるぅい声とともにそれを掲げる。
それなのに何処と無く禍々しい光を放ちつつ神々しい輝きに包まれてカタチを変える。変身が終わった時私の手に握られていたのはファンタジックな杖。
振り上げた手を振り下ろす。槍で言う石突に当たる部分が魔法陣の真ん中に甲高い音を立てて打ち付けられた。
打ち付けられたところから目に突き刺さるような光が溢れた。
光が収まったころ。その場にへたり込んでいたのはどんなポーズでも様になる、まさに女神様。神々しくて目が潰れそうです。
わけがわからないと言うように視線が定まらないビビットなカラーの目が揺れて、軽くうねったこれまた目と同じ色のファンシーな髪が床でとぐろを巻いている。
私は手を杖をしまって書類を脇に挟み手を打ち鳴らす。
「しゃんとして下さい。……全員揃ったようなので、耳の穴かっぽじって聞いて下さいね?皆大好きお説教の時間ですよ」
びくり、と女神様が肩を震わせる。
私はその女神様を王様たちのほうに押しやって、一列に並んで頂く。
「とりあえず……正座して下さい」
▲▽▲
「……とりあえず、言いたいことはひとつです。自分の世界のことの尻拭いを他の世界の方を呼び出してさせるんじゃない」
「だがこのままでは我が国は滅びて……!」
「自国の問題を自国で処理出来ないような国なんて滅びてしまえばいいとは思いませんか?」
何故か被害者の方々も正座していることを除けば概ね問題はない。足が痺れたらしいお姫様が足を崩そうとするのをさっき止めたくらいだろうか。
そのまま固めて彫像にすれば高く売れそうな女神様は涙を湛えた目で微かに震えている。真っ青な顔をしているから自分がなにをしてしまったかはわかってるのかもしれない。少なくとも前の美少女神様より聡明だ。
……何故、そんな彼女が召喚なんて愚行、止められなかったのか少し不思議だけれど。けど、それを考えるのは私の仕事では、ない。
「そもそも魔王を倒してくれってなんですか。この世界はRPGですか。レベル制ですか。そもそもこの世界において魔王様は世界征服なんて企んでないじゃないですか」
被害者二人が同郷者を見る目で私を見ているけれど気にしない。
資料のこの世界の説明には魔王は人間に対して不干渉で……と綴られている。
「世界征服したいのはあなたなんじゃないですか、王様。勇者の力を使ってーとかよくありますけど、その辺どうなんです?あなた方が勇者と呼ぶ人たちにも人格がある個人だと認識してますよね?」
中々表情に出さないのが得意なようで顔色の変わらない王様や宰相様の横でお姫様の顔色がくるくると変わる。
「一応当たり前ですけど、あなた方がやったことは誘拐ですからね?拉致ですからね?帰る方法無いのに呼び出すとかたち悪過ぎますからね?」
ちらりと被害者の方々に目を向ければ正義感に満ちた目をしていた少年は嘘だろ、と言うような顔をして、怠そうにしていた方が何処か納得したように、けれどそれを私が言ったことに驚いているようだった。
きっと彼は私が言わなければ彼自身が言って、そして此処を飛び出しテンプレ通りチーレムで……そしてその後私に処分されてたのか。
少年、君らも結構綱渡りな人生を歩んでますね。南無。
「と言うわけでー、今回は世界の筋道さんとかを狂わせきったわけでもありませんし修正はおそらく可能かと思われますから……」
魔法陣のそばに転がっていた変死体さん方には目を向けないようにして、淡々と述べる。あの中にこれからの物語において重要なポストを占める予定の方が居た気もするけれど、うん。あんな干涸びた死体じゃ見間違いもするだろう。きっと。
「王様、宰相様は物語に支障が出ないことがわかっていますので蓄えた私財、全部没収しますね。お姫様は……まぁ、この後色々あるようなのでスルーで」
処分について書かれた頁を捲る、お姫様はこの後クーデターでまぁ悲惨なことになるらしいから無視して良いと書いてある。
「女神様はトリップを止められなかった責任等がありますので本部にて事情聴取があります。その後の処分に関しては本部から指令が下りますのでそれをお待ち下さい。……以上です」
悲愴な顔をした女神様が何故か妙に気にかかった。けれど上司が刺した釘が思考を止める。
「最後に。異世界に関しては不干渉が定められている理由をもう一度考え直して下さい。召喚が何故禁忌なのか、とかね?」
▽▲▽
「……さて、あなた方を送り返させて頂きますね。今回はまだ被害者でしかないので記憶を消去するのみの処分です」
誰も居なくなった広間で被害者の方々と向き合った私はもう一度杖を取り出して言った。
「ちょ、っと待ってよ!いきなり召喚されたのは困ったけど困ってる人がいるなら助けるって言うのも……
「そんな自己満足で私の仕事を増やさないで下さい。迷惑です。これはゲームじゃあありませんから」
時代と世界が違えば英雄となることも可能な資格を持つ少年の頭を杖で殴り飛ばした。楽なんだ、この方法。
殴られた少年は吹っ飛ばされて、そして光の粒になって消えた。
残ったもう一人の少年の顔色が目に見えて変わる。
「容赦ねぇな、あんた」
その口調に上司と似たものを感じ取った私はすこしいらっとしてひとりの人間を光の粒に変えた杖を構える。
「な、何かが気に障ったなら謝る!……ところで質問をひとついいか?」
「もうすぐ死ぬ人がなにを聞きたいと言うのです?」
「こえぇよ!」
少しお茶目な冗談なのに。
「あんたが言ってた物語だとか筋道とかって、何だ?それと、あんた、神様呼び出したり帰せないとか言いつつ帰すとか、何者なんだ?」
彼は、参謀の資格を持っているのかな?少しだけ、鋭い。けれど、それは弱いってことだ。
「……さぁ?……でも、それは知らなくて良いことです。ねぇ、少年?これは、ただの人間たるあなたが知るべきことではありません。知らない方が、良いことですよ」
▼△▼
「以上が今回の報告ですね。女神様は本部に収容され世界観測は別の方がやっていると伺っております。被害者の方々は忘れて普通に生活を送っているとのことです」
「ごくろーさん。……下がって良いぞ」
いつもより少しだけ綺麗な部屋の中と、いつもより突っかかってこない上司が何処か引っかかりつつも下がる。
「失礼致しました」
何処か引っかかることが多い今回の仕事について勝手に心の中で考察を述べつつ歩いていると正面から歩いてきた誰かにぶつかった。
「すみません」
「いや、今回は故意にぶつかったからね、謝らなくて良いよ」
うわの空で謝った声に対する声に目を見開く。
思わず相手の顔を見やり怒鳴りつけるために息を吸った。
「……ッ!!」
「駄目だよ、そんな大きい声。僕、見つかったら困るんだよね。……それに、僕と一緒にいるとこ見つかって困るのは、君だよね?」
声を上げる前に口を塞がれる。
「今回のお仕事やってて気づかなかった?あんな女神様がトリップなんて許すはずないってさ。それと、依頼自体、可笑しいじゃないか。ねぇ?今まであんな依頼、見たことなかったでしょう?」
上司に考えるなと言われた本当のことがこいつの口から暴かれるのが堪らなく不愉快だった。
私だって、気になってたのに。
「あれ、僕らのせいだよ」
何処か得意げに呟く目の前の人が
「トリップするのを止めようとしてた女神様の力を破って押し込んだんだ、すぐに対処されちゃったのは残念だったけど……でも、どの位の対応速度なのかわかった」
何処か、遠く見える。
「僕らが関与したからこそ、上の方々は早めに手を打ったんだよ。君の上司さんの部屋ではそのことが話されてるね。……まぁ、君は体の良い雑用だよね」
私のものとよく似た顔が。
嗤う。
私の口を覆っていた手が外された。
「……私に借金押し付けて、私を置いて行って、何がしたいんですか、あなた方は」
必死に感情を押さえ込んで平静を装い、問い掛ける。
「やだなぁ、前から言ってるじゃん。需要があるから供給があるんだって。それを求める人がいるから僕らは提供してるだけだよ?」
「……でも、私は……」
もう一度口を塞がれて彼は一歩下がる。
「でもここからは仲間じゃない君には話せないかなぁ?こっち、来る?歓迎してあげても良いよ?」
くるりと、彼は優雅に回って一礼する。
「今回は忠告で警告で宣言で宣誓。きっとまた会える。すぐにでも、ね?」
にやりといやらしく吊り上がった口元を最後に、まるで元々私ひとりだったかのように彼は居なくなった。
非常に、不愉快である。
言いたいことだけ並べてこっちの意見なんて欠片も聞かないで居なくなるあたりはずっと前から何も変わっていない。
「不愉快です。そして嫌いです」
私がこんなところで働かざる負えない元凶のひとり。
「迷惑なんですよ、……家族、なんて」
借金返済まで、残り四億をきったばかり。