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青春の岐路(六)  作者: 松島 圭(本名・成尾五邦)
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第十一章 再会(続き)  第十二章 指導措置  第十三章 退学

青春の岐路(六)


第十一章 再会(続き)


              2


 中尾、畠中、石原は、近づいて来る途中で、歩く速度がのろのろと遅くなり、前を歩く二宮亜希子から離れてしまっている。三人とも、固い表情をしていて、明らかにおびえている様子だった。

 三人が、剛志の前に、怖々《こわごわ》と立った。

 その様子を見て、竹岡里沙が言った。

 「村山君、やっぱり、あなたが相当なワルだってことが、この生徒たちの様子を見れば、一目でわかるわ」

 剛志は、土下座どげざしたまま、ひざの上に置いた両腕を突っ張って、項垂うなだれているしかない。

 「村山君、この三人に何か言うことはないの?」

 「・・・・・」

 「黙ってたって、ダメよ。わたしたちも許さないわよ」

 「・・・・・」

 「見損みそこなったな。おれたちをコケにするつもりかよ!」

 新井のあきれたような声が上から降ってきた。

 「この野郎、どういうつもりなんだ!」

 屋宮の怒声どせいが続いた。

 剛志は、項垂うなだれたまま、何も言えない。

 「村山君、あなた、『絆』のメンバーになってもいいと言ってくれたことがあったわね・・・覚えてるでしょう? あれ何だったの? あの時、『絆』のメンバーになるってどういうことなのかわかってたの? わかっていなかったんじゃない? そう思ったものだから、あのまま別れることにしたんだけど、やっぱり、わかっていなかったのね。そうでなかったら、こんなことになってるはずないもの」

 剛志は、里沙にそう言われて、突然スイッチが入ったロボットのように立ち上がった。

 中尾の前に立つと、中尾の右手を両手で握って、頭を下げた。

 「中尾、ごめん・・・おれ・・・ 悪かった・・・」

 中尾は、戸惑とまどって、どうしていいのかわからない。

 剛志が、肩を震わせながら、手を握って離さないので、中尾は、剛志の手から自分の手をそっと離しておいて、逆に剛志の手を両手で握り返しておいて、こう言った。

 「・・・ぼくも、ワルなんで、村山さんだけを責めることはできません。ぼくも気をつけるんで、これから、いい先輩になってください」

 剛志は、神妙な顔をして、中尾に殊勝にうなずいてみせた。

 剛志は、今度は、畠中の前に立って、ごめんな、と言って、深く頭を下げた。

 畠中は、戸惑って、オロオロしていたが、

 「・・・あやまってもらえるとは思ってなかったんで、うれしいです。これから、いい先輩になってください。お願いします!」

 と、言って、丁寧に頭を下げた。

 畠中は、適当な言葉が見つからず、中尾の言葉を一部借用することになったようだが、最後の、お願いします、に全ての思いを託したようだ。

 剛志は、石原の前にも立って、同じように頭を深く下げて、謝った。

 石原は、何も言えず、右手の指の先で目尻にまった涙を払った。

 新井が、村山、裏切るなよ、今度こそ容赦しないぞ、と釘を刺した。

 屋宮も、裏切ったら、地獄を見せてやるからな、とドスをかせた。

 里沙も何か厳しいことを言うだろうと剛志が覚悟していると、里沙は、少年たちの前に立つと、解散を宣言した。

 「今日はこれでいいわ。これから先のことは、私たちが責任を持つわ。後で問題が起こらないように、しっかりけじめをつけておいてあげるから、心配しないでね。お父さん、お母さんや、学校の先生方には、私たちの方から、ご報告しておくわ。これで解散することになるけど、送って行ってあげなくていいかしら?」

 里沙の気遣きづかいに、中尾が、学校へ一旦帰るけど、歩いて行けるから、大丈夫です、と言うと、畠中も、ぼくも大丈夫です、母が学校に迎えに来ることになってます、と言った。

 石原は、しゃくり上げていて、何も言えない。

 畠中がわって言った。

 「石原君のお母さんも学校に迎えに来ることになってます。一緒に歩いて行くから、大丈夫です」

 里沙、新井、屋宮、二宮は、少年たちを取り囲むようにして立っていた。

 剛志は、もう一回、中尾、畠中、石原と、一人一人の前に立って、ごめんな、と言いながら、頭を下げて回った。

 三人は、それぞれ、素直に頷いた。

 石原は、泪顔なみだがおに、笑顔をかさねている。

 中尾と石原と畠中が、期せずして、横並びに並んだ。

 思い思いの場所に立っていた『絆』の四人は、慌てて、同じように、横に並ぶ形を取った。

 中学生たち三人は、申し合わせたように、四人に向かって、丁寧に頭を下げた。

 『絆』の四人は、感心した様子で、思い思いの答礼を返した。

 「じゃあな。もう、心配いらないからな」

 と、屋宮。照れ臭そうな笑顔がゴリラ顔をやわらげている。

 「何かあったら、おれたちが許さんからな」

 と、新井。これも、強面こわもての顔に人懐ひとなつこい笑顔を浮かべている。

 「勉強がんばってね。私たちも応援してるわ」

 二宮が、明るい声で、励ました。

 里沙が、『絆』の連絡先を書いたメモを三人それぞれに渡しておいて、こうくくった。

 「これが私たちの連絡先よ。何かあったら、すぐ連絡してね。緊急な場合は、私たちより先に、宮田先生に連絡するといいわ」

 宮田先生? 剛志が初めて聞く名前だったが、三人は一斉に頷いた。

 石原は、なかなか涙が止まらず、肩を震わせて、泣きじゃくっている。

 石原の肩を抱いた畠中も、空いた手で涙をぬぐった。

 中尾も赤くなった両眼うるませている。

 三人の少年たちは、何度も後を振り返り、そのたびに頭を下げながら、公園を後にして行った。


             3


 剛志は身の置き所がなかった。

 四人は、剛志を囲むようにして、立っている。

 『絆』は、自分に、どういう処置をしようとしているのか。

 それにしても、納得がいかないことばかりだった。

 剛志は、ずっと頭から離れていなかった疑問をぶつけた。

 「あいつらのことがどうしてわかったんですか? それに・・・」

 それに、なんで中尾や畠中や石原がここにいたんですか、と続けようとした。

 里沙が、厳しい顔をして、強い口調でさえぎった。

 「ちょっと待ってよ。あなた、ほんとに反省してるの? あいつら、って言葉、おかしいんじゃない。それに、あなたの方から先にそんなことを訊いてほしくないわ」

 バスター役がターゲットに主導権を握らせるわけにはいかなかったのだろう。

 二宮が、ここじゃ暑いから、場所を変えましょうよ、と気を利かしてくれた。

 里沙は、二宮に頷いて見せてから、砂場の傍の木陰のベンチのところへ歩いて行って、剛志を手招きし、先に座らせた。

 里沙は剛志の左隣に座った。

 二宮も剛志の右隣に座った。

 若い女性の健康な体臭と汗の匂いが剛志の鼻腔を打った。

 里沙の腰が触れそうになったので、剛志は慌てて右のほうへ腰をずらした。

 あまり動けなかった。

 右隣には、二宮のふっくらとした腰とももがあった。

 パチンコ店の駐車場で、屋宮の車に乗せられたとき、剛志の太腿ふとももに隣に乗り込んできた里沙の腰が触れた瞬間ときがあった。

 その一瞬の感触と、ほのかな甘い香りが、剛志の頭から離れたことがなかった。

 『絆』は、メンバーの構成でも、いろいろな要素ことを計算に入れているのだろう。新井や屋宮のような強面こわもてタイプの猛者もさが必要であるのと同程度に、里沙や二宮のような、やし系で魅力的な若い女性も必要なのだ。

 屋宮と新井は、それぞれ腕組みをして、別々の樹木に寄りかかって、少し離れた場所から、三人を見守る形になった。

 里沙が、早速、説明はなしを始めた。

 「今度のことは、綾南町の精神科医メンタルクリニックの宮田先生から連絡が入ったのよ。名前を聞いただけではあなたのことだとわからなかったんだけど、高校名を聞いてびっくりしたわ」

 剛志もびっくりした。第一そもそも、なぜ精神科医メンタルクリニックの宮田先生が出て来るのか、それが理解できなかった。宮田修は『絆』の顧問アドバイザーの一人なのだが、剛志は組織の内情ことは知らない。

 「石原秀彦君と畠中祥一郎君が恐喝されて、一週間以上も家に閉じこもっている、中尾弘樹君も恐喝されているらしい、簡単に言えば、そういう内容ことだったわ」

 剛志は耳をふさぎたくなった。

「早速、宮田先生と連絡を取り合って、企画班の亜希子と実行班の私が、石原君と畠中君の家を訪問したの。中尾君の方は、宮田先生が、直接、訪問してくださったわ」

 二宮亜希子が、里沙に目顔でうながされて、説明役を代わった。

 「宮田先生から最初に連絡を受けたのは私だったの。先生は、学校にしらせる前に『絆』に連絡してくださったのよ。面倒な手続きを踏まずに、即座に手を打つ必要があると判断されたんだと思うわ。先生は、周囲のおとなたちが慎重に事を運んでいるうちに、不測ふそくの事態が起こってしまうことを心配されたのね。それに、あなたくらいの年齢としごろはおとなの言うことを素直に受け取ってくれない、そんなことも考えておられたらしいのね。

 石原君は、私たちが行った時も、あなたのことを宮田先生に話してしまったことをとても気にしていて、おびえていたわ。あなた、ジャックナイフみたいなものを使っておどしていたようね」

 剛志は、忘れかけていたが、石原と畠中の目の前で、小型の折りたたみ式ナイフの刃を入れたり出したりしてみせたことを思い出した。無論、遊び半分だった。ジャックナイフで脅されたというのは心外だ。

 二宮は、剛志の心の動揺うごきにはお構いなしに、話を続ける。

 「宮田先生に、中尾君、畠中君、石原君を、それぞれ、説得していただいて、今日、午後三時半に、この公園に来てもらってたの。どのご両親も、あなたと直接対決させてくれと息巻いきまいておられたんだけど、いじめの問題が一筋縄ひとすじなわでいかないことを知っておられたので、宮田先生のご助言もあって、結局、私たちにまかせてくださることになったのよ」

 剛志は、自分が知らないところでことが大がかりに進行していたことを知って、文字通り身が縮む思いで、肩をすくめていた。

 二宮が続けた。

 「竹岡さんや新井君や屋宮君があなたのことを知ってるって言うんで、強く出るか、おだやかに説得するか、迷うことになったんだけど、結果としては、あなたが、それほどのワルじゃなくて・・・」

 「それは、違うな!」

 新井が、強い言い方で、割り込んできた。

 甘い考えを持たせてはいけないと思ったようだ。

 新井は、剛志の前に立って、決めつけた。

「おまえ、とんでもないワルだ。あの三人が三人とも、おまえの脅しに震え上がって、石原や畠中なんか、ほんとに殺されるかも知れないとおびえ切って、家に閉じこもっていたんだからな」

 屋宮も、新井の脇に出て来て、皮肉った。

 「あきれかえったワルだ。おれたちもおまえの真似はできん。見習わなきゃいかんな」

 剛志が、悄気しょげて、項垂れていると、 切り上げ時だと判断したのか、里沙が言った。

 「宮田先生が学校に連絡してるはずだから、あなたは、近々、学校の指導を受けることになるでしょうね。あなたの恐喝きょうかつが原因で、畠中君や石原君が不登校になっていたんだから、簡単な処分ことではすまないと思うわ。こんないじめのからんだ金銭恐喝は学校がいちばん嫌うことだから、厳しい指導措置になりそうね。一年生の時の吉井君のように、退学を勧告されることになるかもしれないわ・・・そんなことになったら、わたしたちに連絡しなさいね。悪いようにはしないつもりよ」

 剛志の耳に、最後の言葉が、強く残った。

 里沙は、吉井君にもよろしくね、と言って、今度は、『絆』の連絡先が印刷

された名刺状の小さなカードをくれた。



  第十二章 指導措置


               1


 十月二日、午前九時、村山剛志は、保護者同伴で、学校の生徒指導室に呼び出された。両親ともに出てくるように、という厳しい条件がついていた。

 坂中事件の謹慎が解除されて、まだ、それほど日数が経っていなかった。

 生徒指導室の入り口に、父親の俊之、母親の蓉子、剛志の三人が揃うと、学級担任の篠原啓一がドアを開けて、片手で、俊之と蓉子に、どうぞ、という仕草をした。

 俊之と蓉子が、卑屈ひくつに腰をかがめて入っていくと、ドアが閉じられた。

 剛志は、苛々《いらいら》した様子の篠原に伴われて、ドアの外に残った。

 篠原は、中に入ったら丁寧にお辞儀をすること、左右に二つ並んだ長机の右側に両親が座っていて、母親の次が剛志の座る椅子であること、指示があるまでは姿勢を正して立ったままでいること、聞かれたことには素直に答えること、などと、言い含めた。剛志は、もう三度目なので、うわそれで聞いていた。

 まだ暑かったが、上下とも、黒の詰襟つめえりの学生服を着て来ていた。

 篠原は、学生服のボタン、襟章、襟のホック、ズボンの裾、など、前の時より鋭い目つきで点検した。

 一年時に買った特大の制服は合わなくなっていた。

 襟のホックは、いくら首を締めつけても、留めることができなかった。

 人の良い篠原は、ふちなし眼鏡の細長い顔を、剛志の襟に近づけて、ホックをかけてあげようと努力していたが、物理的にかからないとわかると、しょうがないね、と言って、あきらめた。

 五、六分ほど経ったころ、中から声があって、篠原がドアを開けた。

 剛志は、篠原に背中を押されるようにして、中に入った。

 黒褐色の長机が、二メートルほどの間隔を開けて、左右に二つ並んでいる。

 左側の長机を前に、白い壁を背にして、三人の職員が並んで座っている。

 その三人が一斉に顔を向けた。

 一様いちように、けわしい顔をしている。

 坂中事件の時と同じ顔触かおぶれで、生徒指導主任の橋口道久はしぐちみちひさ、学年主任の今岡宗吾いまおかそうご、生活指導担当の白濱博隆しらはまひろたかだ。

 右側の長机を前にして、俊之と蓉子が座っている。

 俊之は、背筋を伸ばして座り、天井の一点を凝視ぎょうししている。

 蓉子は、深く項垂れて、ハンカチを目に当てて、肩を震わせている。

 剛志が入室する前に、今回の件の概要を聞かされていたのだろう。

 剛志は、自分のために用意された椅子の後に、気をつけ、の姿勢で立った。

 担任の篠原は、職員側の長机からはみ出した場所に置いてあるパイプ椅子に、遠慮がちに、座った。

 中央に陣取った橋口が、右手の曲げた指の先で、机を苛立いらだたしげに叩いている。

 橋口道久は、四十歳台半ばで、造作の大きい角張った顔をしている。

 剛志を睨みつけている目に憎悪ぞうおの色があった。

 橋口が、先ず、口火を切った。

 「君は、坂中の件で家庭謹慎を解いたばかりだが、ほかに飛んでもないことをやってたんだな。開いた口がふさがらんとはこのことだ」

 いじめに金銭恐喝がからんだ重大な事例である上に、外部の人間である宮田からの連絡で事態を知らされることになったのだから、橋口のみならず、学校の指導体制そのものが、深く傷つけられていた。

 座れ、との指示がないので、剛志は、直立不動の姿勢を続けた。

 「君が脅し取った金は、わかった分だけでも、十万円を越えている。白濱先生が、今までに判明している分を、読み上げるから、君の記憶と違う点があったら、その都度つど、言いなさい。いいね!」

 橋口は、最後の、いいね、に無念の思いを託したように力をこめた。

 白濱は、剛志の返事を待たずに、手にしていた黒表紙の手帳を開いて、読み上げ始めた。

 三十歳台の後半と思われる白濱は、坊主頭で、大きな丸顔の穏やかな風貌をしているが、柔道五段、百キロはゆうに超える巨体の持ち主で、柔道部の顧問をしていた。

 白濱の読み上げたメモには、剛志の知らない生徒たちの名前や、要求した覚えのない少額の金額や、受け取った覚えのない日付や場所が入っていた。

 剛志が接触していたのは、一学期は中尾弘樹だけだ。

 二学期になってから、中尾の他に、石原秀彦と畠中祥一郎に、二度だけ、接触していた。場所は、体育館の裏庭だけだ。

 剛志は、中尾が事情聴取をされていることを知っていたので、中尾が剛志に渡すために脅し取った分が大半を占めているのだろうと、混乱した頭で考えた。

 菓子パンやパック入りのコーヒーや果物ジュースなどを、何度も、強要して、買わせていた、とも白濱は読み上げた。

 もう解決済みのはずの黒岩とのことを、なんでまた持ち出すのか?

 剛志は、身動きが取れない状況に追い込まれていることを、おぼろげながら、理解した。

 白濱は、項目ごとに剛志に顔を向け、反応を見てから次の項目を読み上げるということを繰り返したので、メモを読み終わるのに、五、六分かかった。

 白濱は、手帳から目を上げ、剛志を見上げて、

 「これだけじゃないと思うが、読み上げた分は間違いないかね」

 と、立ったままの剛志に聞いた。

 剛志は、はい、とも、いいえ、とも、答えられない。

 白濱が、座らせましょうか、と言ったので、橋口が慌てて、座っていい、と許可した。

 県立の進学校には珍しい不祥事に、橋口も冷静さを失っていたようだ。

 剛志は、椅子に座りながら、横目で、俊之と蓉子を見た。

 俊之は、身じろぎもせずに、天井の一角を睨んだままだ。顔が、酒を飲んだ時のようい、真っ赤になっている。

 蓉子は、両手に握ったハンカチで顔を覆い、顔が机にくっつきそうになるほど項垂れて、肩を震わせている。

 橋口が、俊之と蓉子に顔を向けた。

 「お父さん、お母さん、ま、こういうことです。おわかりいただけますね?」

 俊之も、蓉子も、返す言葉がない。

 重苦しい沈黙が続いた。

 俊之が、やっと、橋口に顔を向けて、絞り出すような声を出した。

 「お恥ずかしい限りです。まことに申し訳ございません。つぐないはいかようにでもいたします。このような子どもに育てた覚えはないのですが、こんな大それたことをやっていたとは・・・」

 俊之は、そこまで言うと、急にうつむいて、悔しげに嗚咽おえつを漏らした。

 それから、思い直したように顔を上げて、言葉を継いだ。

 「このようなことを申し上げるような立場でないことは十分承知しておりますが・・・警察沙汰になるようなことだけは、ご勘弁願えませんでしょうか」 橋口は、すぐには口を開かずに、苦渋の表情を見せて、

 「・・・われわれも警察沙汰になることは避けたいと思っておりますが、それは、剛志君の反省次第、ということになるでしょうね」

 と言って、腕を組んで、しばらく瞑目めいもくしていた。

 橋口は、腕組みを解き、目を開けると、剛志に顔を向けた。

 「今日、これから、事故報告書を書いてもらうことになるが、相手の名前、日時、場所、金額、これだけは、金額の多少に関わらず、必ず書いておきなさい。相手や回数が多くて、君自身も全部は覚えていないかもしれないが、こちらで調査したことと照合するから、できるだけ思い出して、書いておくようにしなさい。・・・脅し取った金を返せばいいという問題じゃないよ。中には、不登校になっていた生徒もいる。学校としても、被害にあった生徒たちの家を訪問して、謝罪して回らなければならない。これは、全部明らかになってからの話になるがね。残念だが、状況によっては、警察へ通報することになるかもしれないよ。警察の方で調べてもらうしかないような大それたことを君はやってたんだからね」

 両親向けに言いたかったらしい内容だった。

 それまで黙っていた今岡宗吾が、せきを切ったように、剛志にびせかけてきた。


                  2


 学年主任の今岡宗吾は、五十歳を少し過ぎたばかりの年齢だが、量の豊かな頭髪が真っ白で、黒縁くろぶち眼鏡めがねをかけている。

 身長が百八十センチ近くあり、体型も大きく、貫禄があった。

 しつけにうるさく、校則違反は些細ささいなことでもやかましく叱りつけ、くどくど説教するので、大方の生徒が恐れていると同時に、嫌っていた。

 二年生は、対外模試の成績が例年よりよく、評価の高い学年で通っていた。

 剛志は、その二学年の面目を丸潰まるつぶれにしたばかりか、今回の件は、学校としても、前代未聞の不祥事と言ってよかった。

 「村山、おれの目を見ろ! まともに見ることができるか! 処分を受けるのも、これで、もう、何回目だ! それも、立て続けじゃないか! あきれ果てたやつだ! 性懲しょうこりもなく、今度は、また、何という恥曝はじさらしなことをしてくれたんだ! ばかが! 

 一年生を殴った上に、掃除用の汚いバケツを頭にかぶせて、蹴りつけたことがあったそうだな! 信じられんことに、その一年生から、刃物まで持ち出して、金を脅し取ろうとした! 同級生も脅して、たかりをやり、おまけに暴力までふるって、肋骨ろっこつを折るような大怪我をさせた! あの時、やっぱり、おまえを退学やめさせておけばよかった。そういう意見が多かったんだ。あの時のおまえの反省文には殊勝しゅしょうなことが書いてあったが、あれは、いったい、何だったんだ!」

 今岡は、八方をふさいで、逃げ場がないような叱り方をする。

 「無職少年の吉井和己というのが、学校の中まで押しかけてきて、暴力事件を起こしたが、おまえは、あのワルとつるんで、他にもいろいろやってるようだな! 吉井は、退学前には、くわえタバコでパチンコをやってたそうだが、おまえも、あのワルと同じで、タバコやパチンコの常習だろうが!」

今岡は、生徒指導関係の連絡網を使って、吉井の情報を得たのだろうが、今岡の口から出ると、真偽しんぎが定かでないことも真実らしく聞こえる。

 「おまえをパチンコ屋で見かけたという情報が何度もあって、現場でおまえをつかまえようと、先生方が交代で見回っていたんだ。おまえほど学校に迷惑をかけるバカ野郎は、この年齢としになるまで、見たことも聞いたこともない! おまえの成績を改めて見てみたが、ひどいもんだ。放課後の課外授業では、ほとんど見かけたことがない。おなさけで二年生に進級させてもらっていながら、その自覚がまったくない! 石原や畠中は、学年でもトップクラスの成績だ。おまえとは月とスッポンだ。そんな生徒が、おまえのような劣等生のおかげで、不登校になってたんだ。全く皮肉なもんだ。

 服装のことでも、何回、注意を受けた! 今も、襟のホックを外したままだ! よくここに入って来れたもんだ! 成績は悪い、校則は守らない、下級生や同級生に暴力はふるう、刃物まで持ち出して悪質な金銭恐喝はする。おまえみたいなやつを、人間のク・・・」

 今岡は、人間のクズ、と言いかけたのだろうが、さすがに、言い過ぎたと気づいたのか、言葉を打ち切った。

 剛志は、項垂れて、膝の上に置いた両拳りょうこぶしを握りしめて、歯を食いしばって、ぶるぶる震えていた。

 俊之も蓉子も顔を上げることができない。

 橋口は、今岡がまくし立てている間、腕組みをしたまま、瞑目めいもくしていた。

 白濱は、今岡の方をちらちら見て、口をつつしまませようと目顔で知らせようとしていたが、それが通じないので、何度も大きな尻を動かしては、座り直していた。

 篠原啓一が、たまりかねたように、椅子から立ち上がった。

 今岡が剛志に浴びせかけた辛辣しんらつな言葉の数々は、そのまま、担任である篠原を責める言葉に聞こえたはずだ。

 責任感の強い篠原には、耐え難いことだったろう。

 「この場は、これくらいにしていただけませんか。本人の言い分も聞かないといけません。これから、事故報告書を書かせますから、詳しい事情聴取は、また、その後ということで・・・」

 橋口が、うなずきながら、腕組みを解いた。

 「そうですね。お父さん、お母さんに概要あらましを知っていただいたわけですから、これで結構です」

 橋口は、そう言っておいて、改めて、剛志に目を向けた。

 「この後、詳しい事故報告書を書いてもらうことになるが、次の四つの事項に分けて書いておきなさい。

 一つ目は、金銭恐喝について。これは、さっき言った通りだからね。特に気をつけて書いておきなさい。二つ目は、君の暴力行為について、いつ、どこで、誰に、どのような暴力だったか、一年生の時から二年生の現在に至るまでのことを全て書いておきなさい。三つ目は、喫煙について、単独で吸った時のことは勿論だが、複数だった場合は、いつ、どこで、誰と・・・常習になってるかもしれんな・・・その場合は、一日に何本ぐらい吸ってるか、それを書いておくんだな。四つ目は、パチンコ店への出入りについて、いつ、どこのパチンコ店に入ったか、今までの出入りについて、残らず書いておきなさい・・・バレないと思って、いい加減に書くんじゃないよ。わかったね!」

 橋口は、わかったね、に力を込めた。

 剛志は、膝の上に置いた両拳りょうこぶしを握りしめて、殊勝げに項垂れているしかない。

 橋口は、その様子をしばらく見ていたが、今度は、俊之と蓉子に顔を向けた。

 「朝早くからおいでいただいて、ありがとうございました。脅し取った金の使い道など、重要な部分が解明できていませんが、概要おおよそのことは、お聞きの通りで、おわかりいただけたと思います。

 今後これからのことですが、判明した分だけでも、謝罪にまわっていただき、被害額を弁済していただけば、警察沙汰にせずにおさめることができるかもしれません。

 立て続けの不祥事で、剛志君に対する指導措置は厳しいものになるでしょう。今回の事例の性格からすると、自主的に退学を申し出ていただくことが一番の解決策で、それ以外に、学校長や職員を納得させて、この件を収めることは難しいかもしれません。

 本日は、これで結構です。担任と打ち合わせてからお帰りください。剛志君は、明日以降、自宅待機になりますが、今後、学校からの連絡は担任がいたします。なお、本日、剛志君は事故報告書を書いてから、さらに、事情聴取があります。下校は午後遅くになると思われます。万一のことがあるといけませんので、下校する時間になりましたら、お宅に連絡いたしますので、迎えにおいでください。ご苦労様でした」

 橋口は、俊之と蓉子に、殊更(ことさら)に丁重な口調で語りかけたが、結局、難しい条件をつけた上で、自主退学を勧告したのだった。

 学年主任の今岡が並べたてた内容ことが、橋口の言葉に影響を与えたらしいことは明白だった。

 家庭謹慎中は、両親のどちらかが在宅しなければならない、という内規きまりがあるが、橋口は、それを口にしなかった。剛志を学校に残すつもりがないことを暗に示していた。

 橋口、今岡、白濱の三人は、生徒指導室を後にした。

 篠原は、剛志に事故報告書の用紙を四、五枚渡して、書いておくように指示しておいて、俊之と蓉子を、隣接した教育相談室に案内して行った。

 肩を落とした俊之は、足元がふらついている。

 蓉子は、ハンカチで口元を覆い、肩を震わせている。

 俊之と蓉子の、うちひしがれた様子が、剛志の目に焼き付いた。


                3


 剛志は、事故報告書は、できるだけ正直に書こう、と思った。

 鉛筆を動かそうとしてみたが、何をどのように書いたらよいのか、わからなかった。

 金銭恐喝については、中尾からしかお金は手にしていなかったが、その中尾からの分にしても、日付や金額はおろか、その回数さえも、はっきりと記憶に残っているわけではなかった。まして、中尾が他の生徒たちから脅し取ったらしい分については、皆目、見当がつかなかった。

 畠中と石原からは、実際には、お金を受け取るまでには至っていないが、それを書いたところで、二人を不登校に追い込んだ罪が消えるわけではなく、意味があるとは思えなかった。

 暴力行為については、吉井のやったことはあざやかによみがえってきたが、黒岩に対する暴力こと以外は、事故報告書に書くようなことをしたという自覚がなかった。

 黒岩の事件ことでは、すでに指導措置を受けていて、今さら、報告する必要があるとは思えなかった。

 パチンコ店への出入りは、一年近くにわたっていて、かなり頻繁だったので、その一つ一つについて、具体的に思い出すことは不可能だった。

 タバコは吸ったことがなかった。喫煙のことは、今岡が並べ立てた言葉を聞いていた橋口が、急遽きゅうきょ、付け加えたものだろう。

 今岡は、吉井のことを全く知りもしないのに、タバコの常習だと言った。

 吉井のことを、あのワル、あのワル、と繰り返し、くわえタバコでパチンコをやっていた、などと暴露ばらして、吉井をこき下ろした。

 剛志は、吉井がタバコを吸っているところを見たことがなかった。

 パチンコ店のくわえタバコにしても、学校を退めようと思っていた吉井が、合同補導の日を知っていて、計算ずくでやったことだった。

 俊之と蓉子の前で、剛志の全人格を否定するようなことを並べ立て、成績のことでは、畠中や石原を引き合いに出して、あからさまな差別用語を使った。

 怒りがこみ上げてきた。

 その怒りはおさえようのないものに変わっていった。

 鉛筆が動かないまま、時だけが過ぎていた。

 時計を覗くと、午前十時を十二、三分ほど過ぎていた。

 二時間目の授業が終わるまでには、まだ、時間があった。

 剛志は、生徒指導室を出て、職員室に向かった。

 廊下に人影はない。

 大職員室は、同じ二階を右に進むと、二つの資料室、次ぎに放送室があって、その先にあった。

 剛志は、二学期になってからも、シャツをズボンの外へはみ出させていたという理由だけで、今岡に呼びつけられて、今岡の座席の後の床に、正座させられていたことがあった。

 今岡は、昔気質むかしかたぎで、一徹いってつだった。

 今岡の座席は、大職員室の中ほどにあり、三つある出入り口のうちの真ん中の出入り口に一番近いところにある。

 剛志は、出入り口のドアを少し開けて、首だけ出して中を覗いだ。

 今岡は、すぐ目の前の座席にいて、頭を俯けて、机の上に広げた書類に書き込みをしているところだった。

 剛志は中に入って、今岡の机の脇に立った。

 「先生、話があるんですけど・・・」

 今岡は、書類から目を上げて、剛志に顔を向けた。

 剛志だとわかると、目をいた。

 憤然ふんぜんとした様子で椅子から立ち上がって、剛志の前に立ち塞がるようにして立った。

 背丈や体格は剛志に劣らず、体全体に、年齢相応の脂肪がついている。

 「なんだ、おまえは! 勝手に出歩くな! 篠原先生に許可をもらって来たのか! それに、襟のホックも・・・」

 と、言いかけたとき、剛志の両手が今岡の両肩をつかんでいた。

 思いっきり引き寄せておいて、右脚で腹部に膝蹴りを入れた。

 黒岩と違って、体格がよく脂肪がついている分、衝撃を弱めたのか、今岡はくずおれない。剛志は、肩をつかんだ手を離さず、二度、三度と、今岡の身体を引き寄せては、膝蹴りを入れた。

 夢にも思っていなかったことが起こり、驚愕きょうがくと激痛に、醜

《みにく》く顔をゆがめた今岡は、おまえ、なんてことを! と、あえぐように叫びながら、床にくずおれた。

 今岡の叫び声を聞いて、職員室の中にいた教員たちが、驚いて駆け集まってきた。

 床にくずおれた今岡は、右の脇腹を下にして、身体を二つ折りに縮め、腹を両手で抱えて、うめいている。

 今岡の一つ置いて右隣の席に座っていた若い女教師の島崎千佳子が、今岡をさらに足蹴あしげにしようとしている剛志の右腕にすがりついてきた。

 島崎は、剛志のクラスに英語の授業に出ていて、ちょっぴり美人で、剛志が気に入っている教師の一人だった。

 剛志は、逆上して、何がなんだかわからなくなっていた。

 「村山君、やめて! やめて!」

 と、叫びながら、剛志の腕にすがりついた島崎の細い腕を邪険じゃけんにふりほどいたので、小柄な島崎は、悲鳴を上げながら、床に転倒した。

 島崎は、白いブラウスにレンガ色のスカートを着ていた。転倒しかかるのを左足を踏ん張ってこらえようとしたのが裏目に出て、スカートが大きくめくれ上がって、白い太股ふとまたが奥の方まで丸見えになった。

 他の職員たちは、驚愕で顔を引きつらせている。

 取り囲んだまま、一瞬、手を出しかねていた。

 白濱も職員室の中のどこかにいたらしく、職員たちを押しのけて、剛志の正面に出てきた。

 間髪を入れず、後にのけぞるような姿勢で、右足を飛ばして、剛志に足払いをかけた。剛志は、今岡の机の角に激しく頭をぶつけてから、床によこざまに転倒した。

 白濱は、巨体に似合わず、動きが敏捷だった。

 体勢を整えるや、大きな体で乱暴にのしかかり、剛志がうつぶせになるように押さえつけておいて、右腕をねじ上げた。

 白濱は手加減をしなかった。

 ボキッと音がした。

 気が遠くなるような激痛が走った。



  第十三章 退 学


               1


 剛志は、結局、退学することになった。

 俊之も蓉子も、県下有数の進学校を続けさせることに拘泥こだわったが、教頭の柏原に、警察沙汰にしなかった学校側の配慮を何度もほのめかされて、引き下がるしかなかった。

 学校側が、今岡の件をおおやけにせず、警察沙汰にもしなかった理由の一つは、白濱が剛志の右腕の骨を折っていて、そのことが問題になることを恐れたからだろうと思われたが、俊之も蓉子も、法律をたてにとって居直ることができるような人間ではなかった。何よりも、肝心の剛志が、学校を退める、と言って聞かなくなっていた。

 剛志は、会社を休んだ俊之と、パートの仕事をめた蓉子に伴われて、『被害者』宅回りをした。

 中尾弘樹との関係がかなり判明して、謝罪対象の訪問先は限られていたが、俊之も蓉子も憔悴しょうすいしていた。

 石原の家では、秀彦が、真っ先に、玄関先に出て来た。

 白濱に折られた剛志の右腕は、ギブスで固められ、首から大きな三角巾で吊られていた。

 秀彦が心配そうに、どうしたんですか、と訊いたが、剛志は、泪目なみだになって、面映おもはゆげな微笑を口元に浮かべただけで、その話題を避けた。

 「学校やめるんですか? 親たちが、嘆願書たんがんしょを書いて、学校にお願いに行ったりしてるんですよ。ぼくは、畠中君と、毎日、二年生のクラスを見て回って、村山さんを探してたんですよ。いい先輩になると約束してたのに、学校やめるなんて・・・」

 秀彦は、そう言って、涙を流して泣き出した。

 母親の克子も、親身になって慰めてくれて、嘆願書のことをしきりに話題にした。

 今岡の件は部外秘ぶがいひになっていた。教員に暴力をふるったことが明るみに出ていれば、嘆願書など話題になるはずがなかった。

 秀彦や克子の態度がこのように百八十度変わったのは、里沙や新井や屋宮や二宮のおかげだ、剛志は、改めて、そう思った。

 剛志の頭の中には、学校を退学することになったら、連絡しなさい、と言った里沙の言葉が、闇夜の中の一本の松明たいまつのように輝いていた。それに支えられて、この時期を過ごしていたと言ってよい。

 剛志は、里沙からもらった名刺状のカードを取り出した。何度も取り出しては、見つめていることが多かったので、手垢てあかで汚れていた。

 剛志は、連絡先の番号を何度も確かめてから、期待と不安に胸をどきどきさせながら、不自由な左手の指先で、ケータイを操作した。

 緊張で汗ばんだ手で、ケータイを握り直して、耳に当てた。

 呼び出し音が聞こえ始めても、何と言って話を切り出したらよいのかわからなかった。

 相手が出たが、言葉が出てこない。

 若い女の、とりすましたような声が聞こえてきた。

 「もしもし、K大学・相馬研究室です。失礼ですが、どちらさまでしょう?」

 K大学は里沙と新井が在籍している大学名であることはわかっていたが、『絆』とは全く縁のなさそうな、研究室、と聞いて、剛志は驚いた。

 番号を間違えたらしいと思ったが、電話を切るわけにもいかず、

 「あのー・・・ぼく・・・」

 と、言いよどんでいると、相手が頓狂とんきょうな声を出した。

 「あっ、村山君、じゃない! 村山君でしょう?」

 剛志は、突然、名前を呼ばれて、びっくりした。

 里沙の声ではなかった。

 「えっ・・・? はい・・・あのー ・・・そちらに、里沙さん・・・竹岡里沙さん、という方はいらっしゃいませんか?」

 「あら、やっぱり、村山君ね? 二宮よ、ニ・ノ・ミ・ヤ、覚えてるでしょう?」

 二宮亜希子だった。

 「あ、はい・・・すみません」

 「あは、はは・・・。里沙だけ覚えてたのね。許せないわ。電話切っちゃおうかな」

 二宮は、明るい声で笑って、いたずらっぽく、最初のっけから冗談を言った。

 剛志は、いっぺんに緊張がほぐれた。

 「すみません。里沙・・・竹岡さんには、二回会ったことがあって、二宮さんには、一回しか会ったことがなかったもんで・・・」

 剛志は、バカ正直な言い訳をした。

 「まあー、リサ、だなんて、呼び捨てにして! 里沙に言いつけてやるわ。よくって? あは、はは・・・」

 二宮は緊張をほぐすのが上手だった。

 剛志は、あっという間に、何でも言えそうな気にさせられていた。

 「ところで、何かあったんじゃない?」

 二宮の声が急に真面目になった。

 「話があるんでしょう? 里沙は・・・そうね・・・あと、三十分ほどしないと帰って来ないわ。里沙じゃないとダメ? 私でよかったら、何でも話していいのよ」

 「あのー、ぼく・・・学校・・・退めました」

 「・・・そう・・・やっぱりね」

 ちょっと間がいたが、二宮の声に驚いた様子はなかった。

 「宮田先生に尽力していただけば、退学はしなくてすむと思ってたんだけど、あなた、学校の先生に暴力をふるったそうね。宮田先生も、想定外の事態だとおっしゃって、驚いておられたわ。それで、私たちも改めて話し合いをすることになったんだけど、学校に残れるように関係方面に手を回したりするのは、本人あなたのためにもよくない、という結論になったの。あなたが退学になった後のことも話し合ってあるのよ・・・そうね・・・明日の午前中・・・十時ごろでいいわ、また、ここに電話を入れてくれる? 今度は、きちんと話し合いをして、結論を改めて確認し合って、その結果を教えるわ」

 二宮は、そう言ってから、電話してみて驚いたでしょう、相馬敬一郎教授の児童・青年心理学教室が『きずな』の連絡先の一つになってるの、と言った。


 剛志は、その日、自分の部屋から外に出なかった。

 蓉子が、心配して、何度ものぞきに来た。

 夕食は、蓉子が階段を何度も上り下りして準備してくれたが、半分しか食べられなかった。なぜそんなに緊張しているのか、自分でも、わからなかった。

 翌朝、蓉子が朝食を持って上がって来たが、食べる気がしなかった。

 事情を知らない蓉子は、どう剛志を扱ったらよいのかわからない様子で、べそをかいたような泪顔なみだがおになっている。

 やっと、十時になった。

 ケータイは、二時間も前から、目の前に置いてある。

 はやる気持ちをおさえて、しばらく待ってからにしようと思っている

と、先に呼び出し音が鳴り始めた。

 胸をどきどきさせながら、不自由な左手を使って、受信ボタンを押して、耳に当てた。

 「もし、もし・・・」

 声が上ずって、言葉が続かない。

 期待していた声が言った。

 「村山君ね? 元気? 竹岡よ。昨日、電話してくれたのね?」


                      青春の岐路(七)に続く

                           (*乞 タイトル入力後、検索) 

                                 




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