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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
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その他

私は殺人衝動者

作者: 高里奏

 思えば昔から人とは美術的感覚に相違が見られたのかもしれない。一般的に美しいと呼ばれるものの大半が、私にとっては醜悪そのものに見えた。反対に人が不吉だ、不気味だと称するものに惹かれた。

 始まりはほんの一瞬だった。ただ、一羽の鳩の絶命の瞬間を目にした。鳩は烏に襲われ、まさに地に落ちる、その瞬間を見た。時間が止まるようだった。ふわりと舞う羽根。アスファルトに叩きつけられる鈍い音が鳴るまでの瞬間、たくさんの羽根が舞い落ちた。そして、引きずり出された臓物がまた美しかった。

 生から死へと移り変わる瞬間。これこそが究極の芸術だと感じたのだ。

 ホラー映画の偽者では我慢ならなくなった。試しに近所の猫を捕らえて殺してみようかと考えたが、それはいささか社会的に問題があるのではないかと思い留まった。

 しかし一度芽生えた衝動が簡単に収まるはずもなかった。

 気付いた時には、私は立派な殺人衝動者になっていた。

 初めは小さな生き物を捕まえて殺す程度だった。リスや猫などを家の付近で捕らえ殺した。死骸を見つからないように処理するのは少し骨が折れたが、なんとか今まで家族に見つからずに過ごしている。

 だが、もう猫じゃ物足りない。

 鮮血の赤が好きだ。断末魔の悲鳴が愛おしい。何より、死にたくないともがく姿が醜くも美しく感じられた。

 社会倫理的に私が問題なのは知識として知ってはいたが、なにが問題なのかはよく理解はできなかった。

 ただ、他の人間と芸術的価値観が違うことだけは理解していた。しかし、人は言うではないか。散る瞬間の花が美しい。散るなと思う時間が愛おしいと。命も同じことだ。愛おしい死の瞬間、終わらせるのはこの手であることがどんなに誇らしいか理解してほしいものだ。

 ある日突然目覚めた衝動は特に理由など無かった。

 ただ、好奇心とでもいうのだろうか。動物ではもう、満たされない。

 私のような人間を社会では精神異常者と呼ぶようだが、私は精神異常ではない。道徳と善悪をわきまえないだけだ。

 ただ、私の芸術はより多くの人間に評価されるべきだと思っている。

 文化的に、歴史的に価値のある偉大な芸術だと評価されるべきだ。

 毛皮の塊を壊したところでなんら芸術的価値を感じられない。世の中には動物の死骸を芸術だと呼ぶ連中もいるらしいが、私はそうとは思わない。

 私が望むのは、そう。命が終わる瞬間の一瞬を永遠に留める美だ。

 いつか見たあの鳩のように、終わるなと願いたくなる美だ。

 私の芸術に必要なのはただのナイフ一本と、材料となる生物だけだ。

 世の中で人間ほど簡単に殺せる生き物はいないという証明でもある。

 月曜日と言うのは酷く憂鬱で退屈だ。いつもと変らない日常の始まり。自殺者が多いのもまた月曜の朝だろう。

 だから、私はナイフを手に、いつもと変らない道を歩く。

 すれ違う小学生の集団から一番後ろの奴の首を一刺し。悲鳴は聞こえずすぐ赤が広がる。

 即死。

 急所を一撃だった。

 次にすれ違う自転車のご婦人の首を一刺し。これも即死。自転車が少し進む。そして倒れる。

 それに気付いたOL風の女性も悲鳴を上げる前に一刺し。まだ楽しみたい。

 理由なんて無い。ただ、そこに居たから殺した。

 寧ろ私の芸術として留まることに感謝して欲しいくらいだ。

 横断歩道を渡り、次のすれ違う集団の中から一人腹を刺す。悲鳴を上げる前に死亡。

 鮮やかな技術は動物たちの犠牲で培われた。

 この国の人間は実に淡白だ。

 集団の中から何人かが倒れても気にも留めない。意識していない。

 次にすれ違った制服姿の少女を一刺し。

 白いブラウスが赤く染まる姿は美しい。

 ふと、悲鳴が聞こえる。

 ああ、連れに見つかったか。ついでなので、連れも一刺ししておく。

 これは日常の一部だ。

 食事をすることと同意義。

 これは生きるために必要な衝動だ。

 次にすれ違った男を背後から一刺しした。

 サイレンが聞こえる。どうやら警察が動き出したらしい。

 面倒だ。殺すか。

 全て殺せば終わる。

「止まれ」

 声が聞こえるが、それを無視して先へ進む。

 蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う通行人に褪めた。

 つまらない。

 芸術は日常の一部にある僅かな異端であるべきだ。

「武器を捨てて両手を挙げろ」

 面倒だ。声の主にナイフを投げる。

 ああ、急所に命中したらしい。

「動機が知りたいって顔だな。そんなの無い。強いて言うならば、月曜日は退屈だから。日常の一部を芸術に変えてやろうと思ったんだ」

 逃げてもどうせ無駄だ。

 けれど。これで私は歴史に名を残す偉大な芸術家だね。

 いつか見た一瞬を永遠に留める。

 そうだ。動機は。

「鳩が死んだから、かな」

 あの鳩がいなければ、この芸術は生まれなかった。

 今日という日は、鳩と烏に感謝すべきだ。

 なにせ、この偉大な芸術家の最高芸術が生まれた日なのだから。

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